第16話 蓮は考える

 透が休憩時間はおろか授業中まで寝るようになってから、頻繁ひんぱんに女子が集まるようになった。


 童顔に低身長、そして可愛らしさも相まってもともと女子からひっそりと人気はあったが、レアな寝顔が見れると知って近づいて来たのだろう。


 サプライズの事について考える時間が出来るから寝ていてくれるのはありがたいが、透の寝顔を見ようと毎時間集まってくるのは流石に鬱陶うっとうしかった。まあ透の迷惑にはならないようにしてくれているみたいだからそこは良いんだが。


 たまに撮影しようとする女子がいるのでそれは制止する。こういう時はメガネをかけていない方が威圧しやすいよなあと思う。


 そんなことをしていると、突然男子たちが色めき立した。何事かと思ったら、どうやら真衣らしい。


 所作しょさが美しいだのお淑やかだの付き合いたいだの、いろんな声が聞こえてくる。


 学校にアイドルがいるとあんな感じの反応になるんかね、なんてどうでもいい事を考えていると、真衣がこちらにくる。道を譲るように人垣ひとがきけ、透を囲っていた女子たちもそっと去っていく。なるほど、アイドルはモーゼだったか。俺も間違いなくそうしてるな。


 しかし周りからいろんな声が聞こえてくるのに真衣はよく堂々としてられるよなと変なところで感心させられる。


 真衣がアイドルのようににこやかな表情でこちらを見ながら歩いてくる。が、透を見ると少し残念そうな表情になった。


「よう。わざわざ来てどうしたんだ?」


「透くんにちょっと聞きたいことがあって来たのだけれど……ぐっすり寝てるのね」


「ああ。最近はずっとこんな感じだよ。委員の方が忙しいんだろうな」


「手伝いなのよね?」


「手伝いだぞ。打ち上げに誘われるぐらいにはいろいろとやってるらしいけどな」


「そこまでいくともう手伝いとは言わない気が……」


「俺もそう思う。手伝いと言いやがったあの野郎には手厳しく言っておくよ。まあ透が忙しいおかげでこっちもいろいろとやれてるからある意味では助かってるんだけどな」


「なんていうか……お疲れ様。頑張った分、こっちで楽しんでもらいたいわね」


 真衣が透に向かってそっと手を前に伸ばし、しかしその手を止めて下ろす。……。


「そういえば、聞きたいことってなんだ?代わりに聞いといてもいいが」


「いえ、また今度にするわ。そう急ぐものでもないし」


「そうか」


「ええ。朝霧先生にもよろしくね」


 すぐに立ち去るのかと思いきや、再度透を見る。


 そしてまた手を伸ばそうとして、下ろす。結局そのまま何もせず教室を後にした。


「……そんなに気になるのか」


 真衣が透を見つめるその目は、柔和にゅうわな切れ長の目だった。


 ―――――


 真衣がいなくなったことで教室の空気も次第に元に戻り、一段落着いた……と思っていたら、間口が異様な速度で俺の前に来た。


「朝霧先生にもよろしくってどういうことだよ!?」


「真衣のことには一切触れてこないが先生のことには全力で触れてくるのな」


「で、どういうことなんだよ!」


「どういうこともなにも、料理部の顧問が朝霧先生になった。それだけだよ」


「……つまりおれが料理部に入ればお近づきになれる可能性があるんじゃ?」


「んなわけねえし入れさせるわけもないだろ。ってか何回この流れ繰り返すんだよ」


「おれがお近づきになるまでだよ」


「はいはい。だが料理部には絶対入れさせないからな」


「なんでだよ~」


「なんでもだよ。……体重がとかあんなこと言ってたのに、あんなに想った目を見せるのな」


「なんか言ったか?」


「言ったけどおまえには関係ねえから聞こえてなくていいよ。それよりおまえ、透を酷使しやがって――」


 間口にグチグチと言っていると、もうすぐ休憩の終わりを知らせる予鈴のチャイムが鳴った。普段は気にしないくせに、その音が鳴った瞬間そそくさと逃げていきやがった。全く……あとでどんな風に反省してもらおうか。


 しかし、真衣にどんな心境の変化があったのだろう。あんなに愛情のこもった眼差しを向けるなんて。


 ……いや、昨日今日の話じゃないな。同じような目を前にも見た気がする。あの時は確か……。


 そうだ。花見の時だ。あの時も同じような目をしながら透を見ていたはずだ。あれも透が寝ていたときだったよな……。さっきまで透を囲っていた女子たちと同じように寝顔が可愛くて仕方がないといった感じなのだろうか。


 ……待てよ?もしそうだとすると真衣がさっきここに来た理由って、実は寝顔が見たかったからだったんじゃないのか?


 可能性はあるな。ラブはラブでもアイドル好きのようなラブであることも否定出来ない。二奈も似たような目をしているところを見たことがあるし。もしそうなると、俺の早とちりだったということになる。……恋のラブだったら面白かったんだがなあ。


 スマホが震える。真衣からだった。


「相談なのだけれど、みんなで一緒に買いものに行かない?」


 買い物か。一緒に行った方がその場のノリで決められることもあるだろうしありかもしれない。


 しかしこのサプライズも急遽きゅうきょ決めたことだし、時間も少ない。いきなり予定を差し込んでまで一緒に何かしてる暇なんてないんじゃないか。そう考えたが、待てよ、と冷静な自分がある可能性に気付く。


 このままでいくと、あの娘と真衣たちはお互いに全く顔を合わせないままサプライズの日を迎えるんじゃないかということに。


 そうそうないとは思うが、初対面故しょたいめんゆえにどぎまぎしてしまう可能性も否定できない。当日でそんなことが起きるのは流石にマズい。


 となると、一緒に買いものに行くのは交流を深められるという意味でもやっておくべきだろう。


 真衣にOKと返事をして、日程を取り付ける。向こうはまだスマホを見れないだろうし、具体的なことはまた後だ。


 いろいろ考えなきゃならないなあ。まあ面倒と同時に楽しいから良いんだが。


 ふう、とため息を1つ。楽しいからといって疲れないわけではない。


 ゆっくりと透が頭を動かす。おっと、これは起きるな。スマホの画面を見られないよう気を付けないと。


「……ぁ、おはよう」


「おはよう。疲れは取れたのか?」


「んー……」


 顔をもにゅもにゅして目を覚まそうとしている。それでも目はボーっとしたままだ。そしてその目には隈が出来ている。


「まだ眠いなら寝ててもいいぞ?次の授業も平気なやつだし」


「でも……さすがに寝すぎな気が……それに体もバキバキだし……」


 透が少し体を動かすだけで体のどこかの関節がパキポキと鳴っている。


「まあ、ある程度寝過ぎると寝る必要がなくても眠く感じる事はあるらしいな」


「そうなの……?じゃあ、少し起きてみようかな……」


「それでも眠くなったらまた寝ればいいさ」


 20分後にはぐっすりと寝ている透の姿があった。

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