第12話 花より……

 澄み渡る青空、満開の桜の下で僕たちは……巨大なシュークリームと対峙していた。


 いや、最初こそ度肝を抜かされたが正直なところ嬉しい。シュークリームが食べたいと先生に言ったのは覚えているし、まさか先生が買ってくるなんて思ってもいなかったから。


 でも……ただでさえ真衣さんたちの作った料理がたくさんあるのに、そこにこの大きなシュークリームである。しかもシュークリームだから生もの。早いうちに食べきらなきゃいけないわけで……。


 デザートは食後にという事で先生がシュークリームを箱に入れ直して保冷材で包むが、この後のことを考えると不安でしょうがない。


「……食べきれるのかなあ」


「少なくともお弁当は大丈夫よ。わたしと蓮がいるんだし」


「そうだな、だから安心していろんなものを食べてくれ」


「そうそう、気にしないでいいわ。ほら、早く食べましょう」


 真衣さんに急かされるまま、全員で手を合わせる。


『いただきます!』


 さっき見せられたシュークリームが頭から離れないでいるが、すでにみんなが各々食べたいものを自分の皿に盛っていっているため、僕もすぐに箸と皿を手に持ちお弁当を見ていく。


 ひとまず僕がリクエストした唐揚げを幾つか皿に取り、次に取るものを探していると……恐ろしいものを見てしまった。


 それは真衣さんのお皿だ。同じ大きさのお皿なんだよな?と思わず疑ってしまうほどに多く、そして山のように高く積まれていた。あの時は分からなかったけれど、まさかここまで食べる人だったとは……。大食いチャレンジにも余裕で挑戦できるんじゃないだろうか。


 なんてことを考えていると、すでに料理が何種類か無くなりそうになっていた。どれもそこまで少なかったわけではないと思うのだが……。


 しかしそれだけみんなが取っていっているにも関わらず、フライドポテトやポテトサラダ、そしてコロッケなどさまざまな料理がまだまだ顔をのぞかせている。その中には料理名だけでなく食材そのものが分からないものもいくつかあった。ちょっとしたバイキングのようだ。


 ……仮に前日などに仕込みを行っていたとしても、これだけの料理を作るのにはいったい何時間掛かったのだろう。僕は真衣さんの凄さを改めて実感した。


 箸が止まっていたからか、蓮からどうかしたか?と聞かれたため、少し聞きたいんだけど、と質問をしながらポテトを何本か取っていく。


 主に分からなかった料理名や食材についていくつか聞いてみたのだが、料理についてはたまに真衣さんが反応してたくさんの補足を入れてくれた。


 例えば鶏肉の山賊焼きという料理。これは長野と山口に出典があり、全くレシピが異なるそうだ。今回作ったのは長野の郷土料理として広まった揚げ物タイプらしい。揚げているのだから唐揚げなのではと思ったが、揚げる前に醤油タレに付けている点などで微妙に違うらしい。ただ端的には鶏もも肉の唐揚げの大きいもの、という扱いらしい。


 また長野のレシピの方では山賊焼きという名がついた由来についても2つの説があり……と、思っていたよりも料理は名称の由来を含めいろいろと深い世界らしい。


 それを言うと、もう解明出来ることはないだろう謎の深いオリヴィエ・サラダというサラダがあって……といろいろと語られた。正直面白かった。人気料理なのにレシピは開発したシェフの記憶以外にどこにもなく、だれも味を正確に再現できないままにシェフが亡くなってしまったために本来のオリヴィエ・サラダはもう食べられないそうだ。少し中二心がくすぐられる。


 すっかりオリヴィエ・サラダに意識をもっていかれていたが、話を戻し、豚のような鳥のような見た目で6,7mmほどはある少し厚めのハムのような肉について何なのか聞いてみた。


 蓮は笑顔でこの肉は合鴨あいがもスモークという合鴨のお肉を燻製にした肉だと教えてくれた。そしてそれを焼き上げてきたとのこと。


 独特な食感や味をしているらしく、結構人を選ぶのだそうな。とりあえず食べてみろと勧められ、言われるがままに食べてみる。


 ……なるほど、これは確かに独特だ。少し弾力があるから鶏肉などを食べるよりもしっかりと噛む必要がある。でもホルモンほど弾力があるわけじゃなく、何回か噛んでいればすぐに噛み切れる。


 味に関しては……何と説明したら良いのだろう。少し塩っぽくて……なんというか……うん。説明が難しい。ただ、ハマったら癖になりそうな味であることは分かる。


 蓮はそれを聞くと笑って、鴨はお酒のおつまみとしても人気だから酒が呑めたらもっと美味しく感じられるのかもしれないなと教えてくれた。


 聞きたかったことも全部聞き終わったので、割と楽しみにしていた唐揚げを食べる……前にご飯をお皿に盛る。


 食べるための準備も終えたところで、唐揚げに塩を振りかけ早速一口さっそくひとくちパクリ。


「んっ……!?」


 思わず唸る。それも仕方がない。何せまだ暖かいのだ。


 唐揚げは作られてからそこそこ時間が経っているはずなのに肉厚でいて肉汁が溢れるほどジューシーだ。決して中はパサパサとしておらず衣もカリカリに仕上がっており、まぶした塩が丁度いいアクセントにもなっている。あまりにも美味しいから唐揚げだけでお腹がいっぱいになるほど食べられそうだ。しかしやはり日本人としてご飯は外せない。肉と油を味わいながら別のお皿に盛っていたご飯をかきこむ。米と肉と油。合わないわけがない。ご飯をどんどんと口の中に放り込む。噛む。唐揚げも放り込む。噛む。止まらない。


 このまま食べ続けると本当に唐揚げを1人で食べきってしまうため、どうにか自分を制止する。この後にはシュークリームも待ち構えているのだ。ここでお腹を満たすわけにはいかない。それに他にも料理はたくさんあるのだから。


 みんなも美味しさを表情にあらわしながらパクパクと食べていく。たまに先生がレシピを聞いたり僕が真衣さんに感想を伝えたりしながら。


 そうしてどうにかみんなで食べきった真衣さんのお弁当は、真衣さんと蓮が実に7割ほど食べ尽くしたのだった。……どうして体重や体型に反映されていないのかが不思議でならなかった。

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