第10話 好み
先生の
「今日は何をするつもりなんだ?」
「えっと……みんなをお花見に誘おうかなと思っていまして。それでお花見に持っていくもので何を作るか考えようかと思ってました」
蓮からは今日も作ると聞いていたけど……やめたのだろうか。まあ、先生への説明やら何やらでそれどころではないのかもしれない。ちょっと残念だなと思いつつも、とにかく今日を切り抜けられることを祈った。
「そうか。そのお花見はいつ行くんだ?」
「今週の土曜日はどうかな~、と……」
「君たちはどうなんだ?」
「えっあっまあ大丈夫ですけど」
「俺も良いですけど」
「よし。では何を作る?」
「お決まりのお弁当とかどうかなあと思っているんですけど。……あの、先生も、来るんですか?」
「もちろんそのつもりだ。副とはいえ部の担当を任されたわけだしな。部長としての真衣の考えや活動を邪魔する訳じゃないが、間違いが起きないように監視ぐらいはさせてもらう」
そう言うとチラッとこちらを見る。どうも前回のことで、特に目を付けられているらしい……。蓮がしまったなあ、とポリポリと頭を掻く。
「まあ安心してくれ。変に口出しする気はない。何か変なことをしなければな」
相変わらず
生徒の主体性を尊重する、みたいな小難しいことを言いそうな状態だ。
「生徒の主体性は尊重するつもりだ」
言った。
「そうッスか。じゃあ透、何か食いたいもんのリクエストあったりするか?」
「それは良い案ね、実は透くんの
「え、歓迎会?」
「ええ。しばらくはこの部に通ってくれるのでしょう?だったら歓迎会をしないとねって二奈と話してたの」
真衣さんにピッタリの二奈さんが頷く。先生がいることでまた喋られなくなってしまったのだろうか。
「んで俺もその話を聞いて、そうするか~ってなったんだが……。こんなことになっちまったな」
「私が付いていくのは
「いえ
口ではこう言っているものの、その通りだよと言わんばかりの満面の笑顔で蓮が返す。
「まあとりあえず、何か食いたいもんはあるか?」
「う~ん、すぐには浮かばないなあ。というかその、いつになったら1から料理練習出来るんだろうなあっていう本音が出てくるというか……」
「ハンバーグの件は気にするな。全部真衣のせいだから」
「え、いや、確かに用意した私のせい……かもしれない……けれど、あれは、その、遅くなると大変かなって思って、その――」
少し顔を赤らめ、両手を前に合わせてもじもじとしながら言う真衣さん。……可愛い。
「はいはい。とにかく、練習はこれからだな。今までの事は忘れてこれからだ、これから。何事もな」
バシバシと僕の肩を叩いた後、スマホの画面を見せてくる。そこにはお弁当に
「何も浮かばないってんなら、弁当として食べたいものから考えてみたらどうだ?それだったら、何かあるだろ?」
「弁当としてかあ。……あ、あれが食べたいなあ。唐揚げ。作ってもみたいし」
「唐揚げか、ピクニックの弁当としても定番だし、ありだな。」
「良いわね。じゃあ唐揚げを多く作っていきましょう」
「あ、俺もちょい手伝うわ。油とか危険だしな。透は揚げ物は家でもやったことないだろ?」
「うん。だからやってみたい。そういうのはささらに任せたりやらせたりするの嫌だし」
「ほんっとそこだけブレねえよな透は。下手するとシスコンって言われるぞ」
「えっ、だって心配じゃん!」
「気持ちは分かるけどな。大切だから傷つけたくないってのは。ただそこまでいくと、引かれてもおかしくないかもってのは自覚しとけよ」
「そういうものなのかなあ」
「他人からしたらそう見えるってのはよくあるからな。印象悪くいるよりは印象良くいたいだろ?1回線引きでもしてみたらどうだ?ささらのことを尊重して見届けるっつーか」
ええーとなるものの、その通りなのかもしれない。ささらももう中学3年生なのだし、彼氏だって出来てもおかしくはないのだ。でも線引きかあ……。でも蓮に言われるほどなんだし、意外とそう見えるのかもしれない。尊重して見届ける……。見届ける……。下手に干渉しない……。うん。まあ意識するようにはしてみよう。
「まあ俺だったら料理させることすらしないけどな」
「蓮の方がシスコンじゃん!」
蓮は顔色一つ変えず、カカッと笑うだけだった。
それから蓮と真衣さんは一緒に他にお弁当に詰めるものを考え始めたらしく、僕の歓迎会ということなので、出来ればお弁当の中身は楽しみに取っておきたい。そう思って離れるものの、1人でいるのも変なので、先生と話そうと思えば話せる微妙な距離にあるイスに座った。
スマホでゲームでもしようかなと思ったものの、朝霧先生の目もあるうえに警戒されているのだから何を言われるか分かったものではないため念のためやめておこうと思い、同じように眺めることにした。
喋る事もなくただただボーっと眺めていたが、10分程度ならまだしも30分40分と時が経つと流石に段々と辛くなってきた。何より
しかし今話せるような人は先生しかいない。だがただでさえあんなことをしでかした後で何を話すと言うのか……と自己問答を繰り返してしまう。
それでも状況が良くなるわけでもないため、問答を繰り返すうちにテンパってきた僕は、気が付いたら先生に話しかけていた。
「あの、先生は、料理ってするんですか?」
「……まあ、人並みにはするぞ。最近はあまり凝ったものは作れてないけどな」
「そうなんですか。……あ、得意料理ってあるんですか?」
「そうだな……得意料理はと聞かれても、パッとは出てこないな。強いて言うなら、肉じゃがを叩き込まれたな」
「肉じゃがですか?叩き込まれた?」
「母に教わったんだよ。男を落とすにはまず胃袋から、なんて言われながらな」
「ああ、そういうことですか」
「おかげで得意=好きじゃないのが少し恥ずかしいんだがな」
「……じゃあ、好きな料理ってなんですか?」
「辛いもの全般だな。
「え、なんというか、意外です。冷たいものとかそういうのがくると思ってました」
「似合わないか?」
「い、いえ、好みに似合うも似合わないもないと思いますけど……。なんというか、ある意味でイメージ通りというか……」
「可愛い顔してケンカを売りに来たのか?その通りなら買うが」
「いえ、その、全然、そんなつもりは、なくて……。すみません」
「なら気を付けることだな」
「はい……」
テンパっているにしては上手く話せていると思ったところでこの始末である。やらかしたなあ、とがっくりと
「では聞き返すが、君はどんな料理が好きなのだ?」
「……僕ですか?僕は甘いものですかね」
「なんだ、あるじゃないか。それを言えば良かったのに。洋菓子か?和菓子か?」
「いえ、あの、お弁当に求めるものではないと思うので。えっと……どちらも好きですね」
「ふむ、まあそれもそうか。それではどちらが今1番食べたい?」
「どちらか、ですか?今だと……、洋菓子ですかね」
「具体的には?」
「え?ええっと……。そうですね……。シュークリームやエクレアのようなカスタードクリームが入っているのが食べたいですね。口の中を甘いものでいっぱいにしたいです」
「そうか」
その言葉を最後に先生は話さなくなってしまい、僕もこれ以上話題を掘り下げられる気も話を振れる気もせず、何とも言えない微妙な空気のまま時間が過ぎていく。どうやらお弁当に入れるものも決まって今日の部活は終了したようだ。辺りは既に薄暗くなっていた。
そして夜、先生との会話を思い出しもっと上手く出来たんじゃと布団の中で悶絶するのだがそれは別のお話。
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