第7話 やっとの料理体験……?

「タネやご飯は既に仕込んであるから、成形などをお願いするわね」


 そう言うと机の上にあるタネを分かりやすいように見せてくれる。あれ……


「最初から作るわけじゃないんですか?」


「そうしようとは思ったのだけれど、HRが終わるころには12時を過ぎているでしょう?そこから探り探りで1から作り始めると、お昼ご飯としては少し遅い時間になってしまうと思うから」


「まあ確かにそうだが……、そのタネやご飯はいつの間に仕込んでたんだ?」


「それは先生にお願いしてね」


「ああ、なるほどな。……先生もよくやってくれたな、それ」


「流石にこのぐらいはしないとって言ってたわ」


「まあ少しぐらいは何かして欲しいわな」


 カカッと蓮が笑う。二奈さんがコクコクと首を振り同意する。


「あれ、そういえば顧問の先生ってどうしてるの?誰なのかすら知らないんだけど……」


「ん?ああ、まあ……紹介するのは実際に会ってからで良いか。顧問は掛け持ちしててな。こっちにはあまり顔は出さないんだ」


「え、そうなの?」


「そうよ。だから大きな催し物などがない限りはわたしに任されてるわ」


「だからこんな風に自由にやれてるってわけだな」


「な、なるほど……」


 昨日、突発的だったにもかかわらず僕が参加できた理由が分かった気がする。


「まあそういうことだから、変に気にしなくても大丈夫よ」


「は、はあ……。そうですか」


 いろいろと淡々と言われるものだからすぐに呑み込めなくて、乾いた返事になってしまった。


「では気を取り直して、ハンバーグを作りましょうか」


『はーい』


 真衣さんに招かれ、タネの入ったボウルの前に立つ。


「ちなみに飛ばしてしまったタネ作りだけれど、そこまで難しいわけじゃないわ。タマネギをみじん切りにして炒めておいて、熱を取ってる間に合い挽き肉を練って、塩などを入れてもう1度練ったら、溶き卵や牛乳に浸したパン粉、タマネギを入れてまたさらに練るの。」


「そんなに練るんですか。よく練っているところを見るのはそれが理由だったんですね」


「でも手順が複雑な訳ではないから、とにかく練ることが大事ね」


「初めてでそれをすると、確かに時間掛かるかもです」


「そうね。でもタネの作り方だけじゃなくて、焼く方も大事だから」


「そうなんですか?」


「ええ。でも今は成形しちゃいましょう?焼く時に教えるわ」


「分かりました」


 タネの中に手を入れる。気持ち悪いような気持ちいいような何とも言えない感触だ……。


 顔に出ていたのか、クスクスと笑われながら手に取ったタネを空気抜きのために手の間で投げ合うように何回か往復させる。


 油で表面を覆いながら形の悪い楕円形をなんとか整えること5個。5個……?


「あの……、なんで5個なんですか?」


「タネを作る代わりに先生にもくれって事でね。その1個よ」


「そういうことですか」


「ええ。じゃあタネを焼き始めましょう」


 すでに油をひいて温めてあるフライパンを中火に設定してタネを置いていく。


「ハンバーグで大事なのはしっかりと火を通すことよ。生の部分が残ってたら大変だから」


 真衣さんが淡々と説明していく。


「でも焼いてる間に中を確認する方法はないわ。焼き過ぎず、肉汁を残してしっかりと焼く。これが大事よ」


「なるほど……目安はどのくらいですか?」


「このサイズだと片面で3分ほどかしらね。ただ最後に弱火で蒸らすから、蒸らさない場合だともう少し焼いた方が良いわ」


 だんだんと焼き色がついていく。いい匂いとそこそこ時間が経っている事から、お腹が一気に唸りを上げ始める。


 またクスクスと笑われ、もう少しの辛抱よ、と言われ恥ずかしくなりながらハンバーグをひっくり返す。


「焼き色に関してなのだけれど、だいたい薄茶色になってきたらひっくり返すといいわ。蒸らさない場合は焦げ茶色くらいが目安かしら」


 両面に色が付いたところで弱火にして、ふたを被せて待つ。


 5分ほど空腹と格闘していると、ふたを開けましょうと真衣さんが言う。


 パカッと開けてみると、少し焦げ茶色になったハンバーグがハッキリと顔を見せる。テカテカと光るその体は、内側に大量の肉汁を秘めているのだろうとワクワクさせてくれる。


 落とさないように慎重にお皿に移すと、中華ソースとケチャップを混ぜ合わせてソースを作る。


 ご飯も盛り付けて席に着き、ハンバーグにソースをかける。


 タネからとはいえ作り始めて約20分経っていた。1から作った場合もっと遅くなったと思うと、胃が耐えられたか分からない。


『いただきます!』


 箸でハンバーグを半分に割ると、中から透明な肉汁が溢れてくる。


 肉汁が零れ落ちないように急いで口に持っていき、ご飯をかきこむ。


 空腹と自分で作ったというのもあってか、格段に美味しく感じる。食べる手が止まらない!


 ……と思っていたのだけど、きっかり半分食べた辺りでお腹がいっぱいになってきてしまった。


「……蓮、ごめん。僕の分も食べてくれないかな」


「しゃあねえなあ。やっぱちょっと重かったか」


「うん……。最初は意外と食べられるかもって思ったんだけどね。途中から一気にお腹が……」


「しかし俺も食えないことはないが……。真衣が食うか?」


 急に話を振られた真衣さんがえっ、と驚いた顔を見せる。


「最初に割ってから箸は付けてないんだろ?」


「うん、そうだよ」


「だから別に男女だの箸を付けたのだのといったどうのこうのなんて気にしなくていいんだって。それでも要らないってんなら俺が食うけど」


「……………………」


 しばらく黙っていたかと思うと、皿を持って行ってご飯を盛り、食べ始めた。


「やっぱり少し物足りなかったんだな」


 蓮がニヤニヤしながら言う。


 真衣さんは顔を赤くさせながら食べるだけで、何も言わない。


「なあ透、もし次があったらこれからは多めに作るようにしようぜ」


「え、どうして?」


「みんなの胃袋はなるべく満たしたいだろ?」


「?。うん、まあ……そりゃあそうだけど、残すのも勿体ないでしょ?」


「全く、お前は相変わらず察しが悪いな。真衣はこう見えて大食いなんだよ」


「そうだったの!?」


 真衣さんは何も言わずに食べ続ける。顔がりんごのように真っ赤になっているのだけは分かる。


「えっじゃあ……昨日の炒飯は真衣さんに食べてもらえば良かったんじゃ……」


「恥ずかしかったんだよ。イメージもあるしな。おまえが驚いたのがその証拠だ」


「ああ、なるほど。確かに、ちょっとイメージと違ってビックリしちゃったな」


「だろ?だからなるべく隠してるんだよ」


「え、でもそんな大事なことを僕に明かしちゃってもいいの?」


「いや、どうせこれからここに通い続けるだろ?今日も結局包丁に触れてないし」


「う、まあ、通っても良いなら……通うかな。調理法方や料理は覚えたいし」


「それなら大丈夫よ。歓迎するわ。二奈も良いわよね?」


 いつの間にか平らげている。


「……うん」


 あっ、珍しく喋った。


「というわけで透はここに通ってもいいわけだ。で、そうすると真衣の大食いはどうせ隠せないからな。今のうちに明かしといたほうが楽ってわけだな」


「僕がここに通うって言わなかったらどうするのさ……」


「それは俺とおまえの仲だからな。そう言うのは分かってたよ」


「都合の良いことを言っちゃって……」


「ハハハッ、まあいいじゃねえか。これからのことも無事に決まってさ」


 その通りなんだけど、なんだか腑に落ちない。


「では今日はどうしましょう?もう解散しましょうか?」


「いやいや、通う事になったんだし、みんなの秘密が露見したけど……透だけまだ明かしてないだろ?」


「え」


 今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られる。


「という事で……ゲームセンターに行くぞ!!」


 ……僕がゲーム好きであるということと、真衣さんが大食いであることは、果たして同じレベルの秘密なんだろうか。それに、別に僕隠してるわけじゃないし……

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