第6話 試験と飯と

「おはよ~」


「よっ、おはよう」


 朝からニコッと爽やかな笑顔を浮かべる蓮は、しかし心なしか昨日より眠そうな顔をしていた。……よく見ると、クマが出来ている。一晩中CDを聞いていたんだろうか。


 天気は昨日と変わらず寝てしまいそうな晴天のぽかぽか陽気で、蓮がテスト中にうっかり寝てしまわないかとそっちも不安になってしまう。


 そんな僕の心配を他所よそに、蓮が早く行こうぜと急かすので慌てて自転車に乗ってペダルを蹴りだす。


 もうすぐ発売するゲームを買うか買わないか、あのゲームも面白そうだったからどうか、なんてことを話しながら学校の教室に着くと、間口くんが項垂れていた。


「俺ぁ……、もうダメかもしれねえ」


「どうした?先生にフラれたか?」


「まだ告ってもいねえよ……。そうじゃなくて、今日はテストなんだろ?赤点取る気しかしねえよ……」


「おまえはホンットに人の話を聞いてないな……。0点取っても勉強してないバカと思われるだけでお咎め無しだぞ?」


「マジで!?寝放題ねほうだいじゃん!!」


「それは点数に関わらず怒られると思うんだけど……」


「だが寝放題に変わりはない」


「蓮!?何言ってるの!?」


「流石だ、我が友よ」


「貴様もな」


 2人は固く握手を交わし、戦友のようになっていた。


 と思うと、蓮がパッと手を振り払い――


「そんな嘘もほどほどにしてだな、流石に学力テストで30点以下はマズイと思うぞ」


 唐突に裏切られた間口くんは絶望を露わにし、蓮はゴミを見るような目をしながらそう言った。


「よしんば朝霧先生に告白したとして、そんな点数だったら相手にされる訳がないだろ」


「いや、点数だけじゃなくて意外と内面見る人かもしれないじゃん!」


「内面を見る前に出来が良いか分かるテストを見られるだろ。例え点数を抜きにしても、素行が悪けりゃアウトだ。寝るなんてもってのほかだな」


 グサグサと刺していく蓮の攻撃に耐えきれず、間口くんは頽れて机に突っ伏してしまった。


「少しは人の心ってもんが無いのかよ……」


「脈ないまま砕け散ってボロボロになるよりマシだろ」


「そうかもしれないけどさあ……」


「まあでも、ほら、先生の趣味とか知ってそこからお近づきになれるとかあるかもしれないし、諦めるのはまだ早いよ」


「透…………。それってつまり、学力を上げてっていう正攻法は出来ないって言ってるのと一緒だよな……?」


「い、いやほら、趣味から攻めるのが正攻法になってるマンガとかあるし、うん!」


「それって大体他に良いところあるだろ?魅力的なところが。こいつにそんなところってあるか?」


「………………………」


「せめて1個ぐらいは言ってくれよぉ!」


「で、でもほら、これから作っていけば――」


「つまり出てこないどころか存在すらしねえってことだよなぁ!!」


「出来たころには卒業しちまってるかもだけどな」


「そこまでどうしようもないの俺!?」


「まあ冗談はほどほどにして、あの冷酷無比れいこくむひのような先生に趣味しゅみがあるのか、あったとして教えてくれるかどうかが最大の課題だけどな」


「うっ、それは、まあ、確かに…………」


「だからとりあえず成績と素行を良くするしかないんだよ。他は分かったらだな」


「うう……頑張るしかないのかあ……」


「頑張るしかないんだよ。こういうのはさ」


 HRを知らせるチャイムが鳴り、朝霧先生が入ってくる。慌てて席に着くと昨日と変わらない冷淡な表情と声音でテストの注意事項を読み上げていく。


「以上だ。再度言うが、カンニングなどは必ずしないように」


 と、釘を刺すと、HRを終えて出ていった。


 ……やっぱり、簡単に自分の事を語るような先生じゃなさそうだよなあ。


 そんな事を思いながら、別の先生が配り始めているテストに臨むのだった。


(ふう……)


 ひとまずテストも解き終わり、20分ほど暇な時間を過ごすことになった。


 僕の席からは間口くんがギリギリ見えるため、時々バレないようにチラッと確認するのだけど、蓮に言われたからか珍しく真面目に問題を解いているようだった。


 恋かぁ……。間口くんがああなったように、そんなに人を変える力があるんだろうか。マンガでもよくヒロインとかが言ってるけれど、やっぱり自分がそうなってみなきゃよく分からない。


 パッと出てくるそういう相手って……真衣さんだろうか。でも真衣さんだしなあ。彼氏がいてもおかしくないし、僕なんか相手にされなさそうだなあ。


 まあ、今はささらの面倒も見なきゃいけないし、そういうのにかまけてる暇はないか。それに恋に恋したってしょうがないって、マンガでも言ってたし。


 ――そう結論付けると、僕はそれでも残った時間を無理やり消費させていった。


 無事にテストも全て終わり放課後になると、間口くんは今日も遊びに行くようで、「アドバイスのお礼に大物が手に入ったら上げるからな!」と言って去ってしまった。


 ……こう言ったら何だけど、あれをアドバイスと捉えられるそのポジティブさは間口くんの良いところ、かなあ?


 蓮も同じことを思っていたのか、目を合わせると2人して苦笑いしてしまっていた。


 大物ってなんなんだろうね、と2人で考えながら歩き、調理室に入る。


「こんにちは、透くん、蓮くん」


「こんにちは」


 二奈さんもペコリ、とお辞儀をしてくれる。少しぐらいは心を開いてもらえたかなあ。


 真衣さんはそれを見ると微笑み、パンと手を鳴らすと


「もういい時間ですし、さっそく作り始めましょうか」


 と、部活開始の宣言をしたのだった。

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