第2話 料理部

 体育館から戻ってくると、担任になる銀髪の先生が自己紹介を始めた。


「私の名前は朝霧冬あさぎりふゆ。担当科目は国語だ。1年間よろしくな。では早速明日について――」


 明日は1日確認テストをするといった事や、提出物を持ってくるようにといったさまざまな連絡をされた後、ホームルームは終了した。


と、思いきや、朝霧先生がくぎを刺してくる。


「1つ言い忘れていたが、帰り道に寄り道するんじゃないぞ。先生が巡回しているからな」


 蓮が料理部の方に連絡して、部屋が開いているか確認が取れてから行こうという事になった。


 カバンを取りに行こうとすると、間口くんが僕たちに向かって険しい顔つきで手招きしてくるので、何だろうと2人で近寄っていく。


「冬先生って……彼氏いるのかな……」


 真面目な顔でバカな事を聞いてきた。


「開口一番何言ってんだ。ってかそのセリフを実際に聞くとは思わなかったぞ」


「少なくとも教師と生徒でそういう関係になることは無いと思うよ……」


「いやあるかもしれないだろ!そういう展開の本だってたくさんあるし!」


「展開言うな。というかあそこまでの美人だったら普通男が放っておかないと思うが」


「夢見るのは悪いことじゃないだろ!」


「悪いことじゃないけど……。でも応援はしにくいよ」


「そもそもあんなに厳しそうな先生なんだぞ。百歩譲って付き合えたとしても怖くないか?」


「馬鹿だな。ああいう厳しいタイプはプライベートだと甘えんぼになるとか好きになると一途でかわいいとかそういう系なんだよ」


「そうか。まあ彼氏居ると思うし無理だと思うが頑張れ」


 蓮が会話を放り投げたのがよく分かった。と同時にスマホを取り出す。


「調理室も開いたようだし行こうぜ」


「うん。じゃあね、また明日」


「おう、また明日~。頑張って来いよ~」


 間口くんの目の奥が淀んでいたのを僕は見逃さなかったが、見なかったことにした。いつかは現実に直面するだろうから。


 カバンを肩に下げて蓮と並んで歩く。正直かなり緊張していて身体が震えそうなのを堪える。


 蓮がスマホを弄りながら僕に話しかける。


「昼飯って持ってきてたりするか?」


「ううん、家で食べる考えもなくなったし購買で買おうかなって思ってた」


「そうか。じゃあ俺らの分の昼飯も作ろうぜ。2人増えたところで問題ないらしいし」


「良いの?でも何を作るの?」


「お手軽な炒飯らしいぜ。んで3時ごろにまた何か作るらしい。こっちはお楽しみだと言われたけどな」


「へ~。ところで3時にまた作るって、そんな長時間も調理室に入り浸るの?まだ12時前だよ?」


「別に合間の時間でゲーセンに行ってもいいぜ?その間は完全に自由だしそもそも俺らは部員じゃないんだしさ」


「間口君の誘いを断ったけど実は行けたので行きました……って、なかなかにひどいと思うんだけど。何よりもしも行ったとして、ばったり遭遇そうぐうしちゃったらそれこそ……だよ。」


「それもそうだな」


 蓮がひとしきり笑っていると、いつのまにか調理室に着いていた。ドアを開けて中に蓮が入っていくので、続けて僕も入る。


 そこには―――女子にしてはやけに身長の高い人と、小さい可愛らしい人がいた。


 170cmほどはあるであろう人は、背中ぐらいまである黒髪を携えていて、手で梳けば一切引っかかることがなさそうなほどにキレイだった。身体も女性のラインが制服越しでも分かるほどに出るところは出ている良いスタイルをしている。全てを包み込みそうな柔らかい目と整った顔立ちは、一言で説明すると、お姉さんという言葉が似合うような気がした。


 対照的に可愛らしい子は小さくスレンダーな体つきをしていて、薄茶色い髪を肩口で切り揃えていた。目が大きく童顔のようで、どこをとっても可愛いと言ってしまう、そんな容姿をしていた。


 楽しそうに話し合っていた2人は僕たちに気がつくと、身長の高い人が呼びかけてくる。


 近づいていく蓮の後ろをトコトコ付いていくと、蓮にグイッと引っ張られながら前に押し出される。


「こいつが参加希望の俺の親友、透だ」


「えっと、音道透、です……。よろしくお願いします……」


 身長の高い子は目を細めて、可愛らしい子は対照的に目を大きくして、僕をまじまじと見てきた。


「わたしは四之宮真衣しのみやまい。隣の子は小坂部二奈おさかべになって言うわ。同じ2年生だから遠慮はしないで。よろしくね。」


「……よろしく……」


 四之宮さんに隠れるようにして小坂部さんが挨拶してくれる。まるで小動物のようだ。


 蓮が肩を竦めるのが僕を握っている手の動きから伝わってきた。気のせいか、四之宮さんも苦笑していたような気がする。


「気軽に真衣、二奈って呼んでやってくれ。その方が楽らしいからな」


「あ、僕も、透って呼んでください……。その、名字で呼ばれるの、あまり慣れなくて」


「分かったわ、透くん。改めてよろしくね」


 ……妙にムズムズするのはなんでだろう。


「さ、もう自己紹介も済んだし、お腹も減ってきた。さっさと昼飯作っちまおうぜ」


「そうね。今日は私たち以外は来ないという事なので、ちゃちゃっと作っちゃいましょう」


 そう言うと2人はテキパキと準備を始める。二奈さんも真衣さんに引っ付くように準備していた。


 蓮にこっちに来いよと言われたため、手持ち無沙汰ですることのなかった僕は縋るように蓮のそばに行った。


 すると蓮は準備をしながら淡々と話し始める。


「今日の炒飯の作り方だが……、まずはラードを入れる。その後に卵を入れてすぐにご飯も入れる。冷や飯だと直後じゃなくてもパラパラになるらしいが、炊いた後に冷めるのを待つのも手間だしすぐに入れるって覚えとけばいい」


 真衣さんの手によって叉焼チャーシューねぎが刻まれていく。僕には出すことの出来ないトントントンというリズムの良い音が心地いい。


「次に塩・胡椒や具材を入れる。そして醤油を入れるんだが……鍋肌に入れるようにするほうが美味しいと言われているな」


 切り終えた葱と叉焼が置かれる。


「最後に葱と叉焼を入れて炒めれば完成だ。炒飯は様々な調理方法があるから調べてみても良いかもな」


 蓮は説明を終えるとフライパンにラードを入れる。そこに二奈さんがさっとご飯と卵を用意してくる。


 見る見るうちにフライパンの中に黄金に輝く炒飯が出来上がっていった。何度見ても、蓮の手際の良さは目を見張るものだと思う。


 見惚れていると真衣さんにさあさあと背中を押され、椅子に座る。机にお皿が並び、炒飯が盛られていく。


 4人分の盛り付けが完了して、一斉に「いただきます!」と言って食べ始める。スプーンを炒飯の中にサクッと入れる。上手く出来なかった時特有のあのべったりとした感じがなく、スプーンを上に持ち上げると溢れたお米がほろほろと崩れていく。口元まで運び、一口。口の中でもほろほろと解れていく。少し焦げ付いた米の食感が堪らない。


「美味しい!」


 炒飯を食べる手が止まらない。やっぱり蓮が作るご飯はすごく美味しい。


「そうだろう?味を少し濃くしてお前の口に合うようにしてるからな」


「そうなの?」


「でも私たちの口に合わないわけじゃないから安心してね」


 真衣さんはエスパーのように、心に浮かんだ不安を打ち消す言葉を送ってくれた。


「どんどん食ってくれよ。たくさん作ったからな」


「うん。あ、でも3時からおやつを作って食べるんだよね……。食べられるかなあ」


「ああそっか、そうだったな。真衣、お菓子って、量はどのくらい作るつもりなんだ?」


「さすがにそこまで多く作るつもりはないわ。それに1個1個は大きくないから食べやすいはずよ」


「おっけ。じゃあ満腹にならない程度にたくさん食ってくれよな」


「うん。ただ、実はもうお腹いっぱいになりそうなんだけどね」


 苦笑しながらそう返す。さっきまではたくさん食べるつもりでいたのだけど、なぜかもう満腹感でいっぱいなのだ。


 普段は人並みには食べているのだけれど、今日はびっくりするぐらい小食になってしまっている。緊張しているからなんだろうか?


「おっと、そうだったか。じゃあ後は俺がいただこうかな」


 そう言った蓮は真衣さんに確認を取ってから、残っていた炒飯を食べていった。


  ————————————————―――――――――――――――


「ふう。さすがに食い過ぎた気がするな」


 椅子にぐったりともたれながら満足げな顔で蓮が言う。


「あれだけ食べたらそうなるでしょうよ」


 真衣さんが呆れたように言う。


 そうなってしまうのも仕方なく、蓮は炒飯を400gほど食べたうえで残っていた500gほどをペロリと平らげてしまったのだ。


 挨拶をしてからずっと黙りこくっていた二奈さんも、真衣さんの言葉に同意しているのか苦笑した表情だった。


「はっはっは。まあ安心しろ。ちゃんとお菓子も食えるからさ」


「毎回思うけど、貴方の胃袋はどうなっているのよ……」


「それで太らないっていうのも腹立たしいよね…」


 そう。蓮はよく食べるのに太らない体質なのだ。蓮が自炊を始めた理由も外食より安く多く食べられるから、という理由だったりする。


 今日初めて来たとはいえ、蓮の食べっぷりから察するに、節約して食べられない分をここで発散しているのだろうなぁ……。


「ところで、この後はどうすんだ?いつもみたいにボードゲームで遊ぶのか?」


「いえ、お菓子の材料が少し足りなかったから、透君との親睦しんぼく兼買い出しに行こうと思って。歩いている時って意外と会話も弾むものだし」


「それは良いアイデアだな。行くところはいつものショッピングモールか?」


「ええ。お腹が落ち着いてきたら行きましょう。透君も大丈夫よね?」


「あ、はい。特にこの後予定があるわけでもないので……」


「なら少しだけ休憩しましょう」


 そう真衣さんが言うと、僕たちはみんな机に突っ伏しながら怠惰たいだに過ごしたのであった。

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