そして僕は夢を見る

@HE-YA

第1話 新生活、新学年

 ジリリリリリと目覚まし時計がけたたましく鳴る。僕、音道透おとみちとおる鬱屈うっくつそうにしながらその目覚まし時計を止めた。


 伸びをしてから時計をゆっくりと見る。時計の針が示す時間は午前7時丁度だった。


 あと70年は休みをくれないかとバカなことを考えながら、ぽかぽか陽気のおかげで気怠い体を強引に起こす。


 カーテンを開けると優しい日光が部屋を覆う。気怠さや寝ぼけた頭も多少は改善されただろう。


 わざわざ朝早く起きた理由は当然ある。今日は僕の通う水楠みずくす高校の始業式の日。要するに2年目の高校生活が始まる日なのだ。


「おはよう。朝ごはん出来てるよ」


 寝室を出てリビングに着くと、既に妹のささらが起きていてご飯の支度をしてくれていた。


「ありがとう。ささらも今日から学校?」


「そうだよ。とは言っても午前中に終わるけどね。お兄ちゃんも?」


「僕も午前中で終わりだよ。じゃあ午後から一緒に遊ぶ?」


「ごめんね。今日はお出掛けする約束をしてて……」


「そっか、じゃあまた今度。ところで、どこに行くの?いつものところ?」


「うん。お友達の家で一緒にお料理の練習をしてくる」


 ――ここ最近からだが、両親が仕事のために家を出るのが早くなった。そのため二人で家事をしているのだ。ある程度は親もやってくれるので洗濯物は干すだけだし掃除も細かいことはせず掃除機をかけるだけで済むのだが、料理だけは成長しなければ本格的なものが作れないのだ。


 だからささらは料理の練習を始めているのだろう。昔からたまに練習をしていた

が、ここ最近は特に練習を重ねている。


 話していると、ささらがトーストとハムエッグの乗ったお皿を食卓に並べ終える。


 二人とも食卓に着いて「いただきます」と言い、トーストを食べ始める。


 ささらが点けていたテレビを見ながら手を進める。気になるのは天気や桜前線程度で、あとはなんとなく眺めていた。


「――今日の天気は1日晴れ模様です。安心してお出掛けください」


 ニュースキャスターが喜ばしいことを言ってくれる。ここのところ曇りや雨が多かったのだ。


「1日中晴れだって。良かったね。でもちゃんと早く帰ってくるんだよ」


「も~ちゃんと分かってるよ。ホント子ども扱いするんだから」


 鬱陶うっとうしいというような表情を見せる。だが心配で心配で仕方がないのだ。


 そのあとは他愛もない雑談をしながら食べる。


 トーストとハムエッグを食べ終えると、制服に着替え、歯磨きをし、高校へ行く準備を終わらせる。


 ささらも準備を終えたのか、何度見てもかわいらしいセーラー服を見事に着こなしている。


「そろそろ出よっか、お兄ちゃん。もういい時間だし」


「そうだね。忘れ物してない?大丈夫?」


「大丈夫だって。ほら、早くいくよ」


 背中をぐいぐいと押されるながら家を出る。しっかりと玄関のカギを掛けて、置いてある自転車にまたがる。


  2人の学校へ行く道は違うので、ここでお別れとなる。互いに「行ってきます」と言い、自転車で駆け出す。


 爽やかな風。満開の桜は通る人全員を祝福するようにその花1つ1つが華怜かれんに咲いていた。


 お昼から自由の身となるため、どう時間を潰そうかと考える。


 そうだ、どうせ家に帰ってもささらは居ないのだしゲーセンにでも行こうかな。あいつとは久しぶりに会うわけだし。


 自転車置き場に自転車を置いていると、不意に後ろから話しかけられる。


「よう透、久しぶりだな」


 話しかけてきたのは親友の相川蓮あいかわれんだった。ゲームの趣味が合う大切なゲーム仲間でもある。


 相変わらずお洒落しゃれ伊達だてメガネをかけて髪をとがらせているキザっぽいやつではあるけれど、成績は優秀という人によっては嫌われるようなタイプだ。でもノリが良いからかいろんな人に好かれている。


「久しぶりって言ったって、昨日も一緒にゲームしたり話したりしてるじゃない」


「実際に会ったのは2週間ぶりだろ」


「そうだけど、久しぶりに会ったって気がしないよ」


「それはそうだな」


 ケラケラと蓮が笑う


 自転車のカゴからカバンを取り出し、2人揃って歩き始める。


「今日、始業式が終わったらゲームセンターにでも行こうと思ってるんだけど、どうかな?」


「悪いな、今日は料理部の方に顔を出そうと思っててな」


 見た目とは裏腹に意外にも料理も好きで、たまに調理部に顔を出しては語り合っているらしい。


「そっか。じゃあ1人寂しく……」


 ゲーセンに行こうかな、と言おうとして、ふと思った。


 料理部。要するに料理の練習が出来る場所。


 晩ご飯の料理は僕もしているとはいえ、ささらのようにどこかに足繁く通って練習しているわけじゃない。かといって料理が上手いわけでもない。せいぜい出来るのなんてチャーハンなどの簡単なものぐらいだ。ささら1人に負担を掛けるのも悪いし、どこかで料理の練習はした方が良いんじゃないか?


 そしてそれには料理部はピッタリだと思う。


 そう考えていると、長い時間固まっていたのか、蓮が心配そうに僕の顔を見ながら訪ねてくる。


「どうした?何か考え事か?」


「ちょっとね。……って、やっぱり混んじゃうか」


 校舎の入り口に着くも、既にそこでは春休み明けにはお馴染みのクラスチェックが始まっていた。少し早めに着いたにも関わらず、人でごった返していた。


「俺が見てきてやるから待ってろ」


「いつもごめんね。ありがとう」


「良いって良いって。俺が好きでやってるんだし」


 なぜ少し早めに来たのか。それは、身長の低い僕は男子の荒波の中だと全くと言っていいほど見えないんだ。


 だからいつも蓮が僕の代わりに見てきてくれる。こういった細かいところで優しいのは女子に好かれそうなんだけど、どうなんだろう。ふと気になってしまう。


 そんなことを考えていると、男子の波をかき分けて蓮が入っていった。手持ち無沙汰な僕はなんとなくスマホを取り出す。すると一件の通知が入ってきた。


「一緒のクラスだったぜ!2-1に早く来いよ!」


 ……友達の間口くんからの僕のクラスについての連絡だった。なんとも間の悪い連絡に、思わず1人苦笑いをしてしまう。と、荒波の向こうから蓮がニコニコ顔でこちらにやってきた。


「おーい、見てきたぞ~。透のクラスは――」


「2-1、でしょ?」


 そう言いながらスマホの画面を見せる。蓮も僕と同じような表情をした後――


「ほんっっっっとうに間が悪いな」


 そうボヤいたのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「まあ俺のクラスがどこなのか見る必要があったからどのみち見に行ってたんだが……。釈然としないな」


 廊下を歩いている最中、再度蓮がボヤく。


「ま、まあ一緒のクラスだったし良かったよ」


 僕と蓮は同じクラスだった。1年の時には他のクラスに友人が居たわけではないので正直クラス替えが不安だったが、蓮と間口の2人がいてくれるならクラスで寂しい思いをせずに済むだろう。


 他愛もない話をしながら歩いていると、間口君の待つ2-1に着いた。教室の戸を開けて蓮が中に入っていく。それに続くように僕も入る。


 教室の中ではすでに何人かが雑談していた。


「俺たちの席はどこだろうな。まあ俺は一番前だろうが」


「僕は角だったらいいなあ」


 張り出されている紙で場所を確認する。


「やっぱり一番前だったわ」


「僕も角と言っていい場所だったよ……。うん……角だったんだけどね……」


 角は角でも後ろじゃなくて前の角のそばだった。要するに蓮の後ろである。


「まあいいじゃん。話す奴が居ない席になるよりはさ」


「それはそうなんだけどね……」


 席に座ってカバンを置く。ファイルぐらいしか入れてきていないカバンは当然だが軽かった。


 一息ついていると、始業式の服装チェック対策なのかキッチリと制服を着こんだ間口くんが側にやってきた。普段はここまでしっかりと制服を着ていないから、春休み前にも一度見たとはいえ、やっぱり少し新鮮だ。


「よっす。一緒のクラスでよかったな~」


「間が悪い連絡が無けりゃもっと良かったんだがな」


「そこは俺の個性ってことで1つ」


「そんな個性誰も求めないと思うよ……」


 挨拶のようなものが済んだところで、蓮がそういや、と言って質問してくる。


「朝、ゲーセンに行こうかどうかで悩んでたよな。何を悩んでたんだ?」


「えーっと……」


 どうしようかと頬をポリポリと掻く。


 少しすると、横で間口くんが、ゲーセンに行くんだったら俺を誘ってくれてもいいんだぜ?と言ってくる。


 どうしようか悩んだけど、そこまで隠すものでもないと思い話すことにした。


「実は、お父さんもお母さんも仕事が忙しくなったから家事をささらと一緒に手伝うようになったんだけど、2人とも帰ってくるのが遅くなっちゃったんだよ。だから晩ご飯を僕たちで作らなきゃいけないんだけど、凝ったものが作れないんだよね……。それで、蓮が料理部に行くって話を聞いて、僕もそこで料理について学ぼうかなと思って」


「だから悩んでたのか」


「うん。ささらは最近友達と料理の練習をし始めてて。僕だけ何もしてないってのも不甲斐なさを感じちゃってね」


「は~、なるほどなあ。そんな事情があったのか。……あ、つまり、ほぼ毎晩妹の手料理が食えるってことか。どうだ?妹の手料理は?」


「すっごく美味しいよ。美味しくない訳がない」


 すぐにそう返答した。


「そういうと思ったよ」


 蓮は、はは、と苦笑しながらそう言った。


「で、今そんなことを考えてるってことは、料理部に顔を出そうと考えてるとかか?」


「少し、ね。見るだけでも良いかもって思って」


「まあ良いんじゃないか?そんなガチでやるやつでもないし。よくお菓子とか作っているけど、自分たちが食いたいからってだけで。事情を伝えれば手伝ってくれると思うぜ?良いやつらばっかだし」


「う~ん……。まあそうだね、どうせ午後からは暇なんだし、見に行くことにするよ」


「ってことは俺は振られちまったわけか~。しゃーねー、1人で寂しくクレーンゲームでもしてくるわ」


「ごめんね。次は一緒に行こうよ」


「俺も一緒でな」


「楽しみにしておくわ~」


 間口くんはひらひらと手を振りながら去っていく。どうやらもうすぐホームルームが始まる時間のようだ。いつのまにか教室は30人弱ほどの生徒で埋まっていた。


 話したこともないけれど、見慣れた顔もいれば全く見覚えのない顔もいる。果たしてこのクラスで上手くやっていけるのかと少し不安になった。


 チャイムはもう鳴っているにも関わらず、再開を喜んでいるのか自然と騒ぎが収まることは無かった。


 すると、ガラッと戸を開けてスーツを着こなした教師が入ってくる。


「みんな、席に着いて」


 一年生の時には見覚えのない先生だった。新任の先生なんだろうか?


 一度見たら忘れない長い銀髪をなびかせるその女性教師は、表情を変えることなく生徒を一瞥する。


 威圧感を感じさせる割にそのルックスやスタイルから20代前半だろうということが分かる。……ミスを許さないというような、そんなキリっとした風貌。


 これからの事に少し警戒していると、体育館で始業式を行うから移動しろ、とのことらしい。


 体育館シューズを持って蓮と間口と一緒に移動し始めた。


 体育館に着き、体育館シューズに履き替える。クラス毎に列を作って並び、順々に座っていく。


 しばらくすると壇上に教師が上がってきて、何やら喋り始める。相変わらず耳に入らない言葉を聞き流しながら、料理部のことを考える。


 よくお菓子を作ってるって言ってたけど、ということは女子が多いのだろうか。いやまあ料理部なのだから女子の方が比率が高いのかもしれないが……。


 やっていけるのかな……なんてことを延々と考えていると、いつの間にか服装チェックが始まっていた。


 特に何事もなくチェックを終え、校長先生が話し始める。


 5分ほど話して校長先生が壇上から降りると、司会役の先生が最後の言葉を述べる。


「これで始業式を終わります。生徒は、3年生から順番に退出してください」


 その言葉を皮切りにそこかしこで一斉に談笑が始まった。それと一緒に3年生が退場していく。


 僕は今更湧いた疑問を聞くために、蓮に話しかける。


「そういえば何時から活動してるの?料理部って」


「今日は確かホームルームが終わって各自集合が終わり次第のはずだから、終わったらすぐ行くぞ」


「そんなに早くから活動するんだ」


「まあ他の部は昼飯食ってからだろうが、こっちはその昼飯を作って食うだからな。活動がやけに早いのはそういう理由だ」


 3年生が退場を終え、2年生の僕たちが退場していく。通路は肌寒く、鳥肌が立つ。


「いきなりそんなことするなんて、意外と厳しいの?顧問の先生って」


「いや?部費で食費が落ちるからってのが一番の理由だ。むしろ顧問は優しいししっかり教えてくれるぜ」


 ……なんとも世知辛い理由だった。

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