生き残り達

 たどりついたのは斜面に空いている天然の洞窟。

 見るからにジメジメして空気も悪そうな場所だ。

 しかし、上空から昼夜問わず獲物の人間を発見する目を持つ蛮竜から身を隠すにはちょうど良いだろう。


「奥さん、お子さんはここで間違いないですね?」


 勿論、怪獣の超感覚で探査したのだから目的地に違いはないだろうが、念のため女性と子供が隠れ家にしている場所であることを確認してもらうため、彼女が乗っているコンテナをソッと大地に置いた。


「はい、間違いありません。ここです」


 女性はコンテナの上から少しだけ身を乗り出し、洞窟を確認するとか弱い声で言った。


「任せてください」

「……すみません」


 とてもじゃないが足を負傷し、体力がない女性がコンテナから降りるのは困難。

 そこでアリシアが女性を抱き上げるとコンテナの上から飛び降りて、地にスタリと着陸する。

 姫様の護衛たるアリシアは弓の名手で、戦士であるため身体能力は並み人間を上回る。

 痩せ細った女性を抱えて、動き回るなど造作もないことだ。


「……お母さんよ。出てきて」


 もう体力が限界に近いのだろう女性はアリシアに支えられながら、洞窟に近づくと力を振り絞るように声あげる。


「……か、母さん」


 すると暗い穴の中から、ヨロヨロと倒れそうな足取りで九~十歳程の少年が姿を見せた。

 だがその見た目は酷いものであった。もし俺が人間だったら、表情を硬くさせていたであろう。

 頬は痩せこけ、ボロボロの服の破れ目から見える胸部は肋骨が浮き出ており、筋肉などなく骨に皮がついただけの体、まるで木乃伊のようだ。


「……もう大丈夫よ。助けが来てくれたのよ」


 そして母親は両手を広げ、皮と骨だけのような息子を抱き締めた。


「……なんて……ひどい」


 そのあまりにも飢えで苦しんでいる少年の姿にアリシアも驚愕したのだろう、息を飲むように囁いた。

 蛮竜が国中を徘徊する現状、食糧や水の調達もままならない。

 昼も夜も食われかねない恐怖で脅え続け、一瞬たりとも安心できない生活。

 ……おそらく疫病も蔓延してるだろう。

 どれだけの住民が生き残れているか。


「待ってて、今食糧を準備するから!」


 と、二人の姿に見かねて食糧を提供する気なのだろう、アリシアは支援物資が詰まったコンテナを開けようとした。


「まて、アリシア。まだ食事はさせるな」


 しかし、それはまずいので俺は彼女を制止させる。


「何で!」


 止められたことにアリシアは不満そうに見上げてくる、もちろん彼女の二人を助けたい気持ちは十分に理解できる。

 だが今すぐはダメなのだ。


「缶スープがあっただろ。アレを温めて飲ませてやれ」


 そう言うとアリシアは訝しげな表情を見せるが、頷いて従ってくれた。

 キャンプ用コンロと固形燃料で、小さな鍋に移したスープを程よく温め、それを二つのステンレスのマグカップに注ぎアリシアは母親と息子に渡した。


「あ……あの、ありがとうございます。ただその図々しいかもしれませんが……もう少し」


 母親は食糧を提供してくれたことに歓喜を見せるが、まあやはり量が少ないことに不満足なのだろう。


「ムラト、さすがにアレだけのスープじゃ可哀想だわ。二人は今まで満足に食べ物を口にしてなかったんだから、もっと食べさせてあげて」


 アリシアも、やはりこの食事の量には不満な様子だ。


「今はダメだ。今はそれで我慢してもらう」

「どうして?」

「慢性的に低栄養状態だった者が、急速に栄養を補充すると死ぬことがある」


 けして大袈裟な話ではない。

 飢えから急激な栄養補給を行うと、体内の水分や電解質が異常を引き起こし、重篤で致命的な合併症を伴うのだ。


「言っておくが、けして冗談なんかではない。時間をかけて少しずつ栄養を補給するんだ。せっかく生き延びたと言うのに、そんなことで死んだらもともこもない」


 俺の言葉に納得したのかアリシアは押し黙り、母親と息子はゆっくりとスープを口に含んだ。

 缶詰とは言え、久しぶりに口にするまともな料理。

 例え簡素な物とは言え、二人には相当に美味しく感じるのだろう。

 その味に安堵と生きている実感をえたのか母親は頬に涙を伝わらせ、子供の方は久しぶりに食べ物の味と言うものを感じたのか驚くような表情を見せた。

 そして俺は、ふと洞窟の近間にある作られたであろう二つの土の山に目を向けた。

 山の上には、何かを表すかのように石が乗せてある。


「……ご家族ですか?」


 そう言って俺は、スープを味わいつくした母親に視線を向けた。


「はい。旦那とまだ産まれて半年の娘でした」


 女性は悲しげな声で応じた。

 やはりこの土の山は墓標だったか。


「……家族全員で蛮竜から逃げることはできたのですが……夫は日々の食べ物の調達での過労と病が原因で、娘は栄養不足と厳しい避難生活に耐えられずに二日前に……もうこの子だけなんです」


 女性は少年を抱き寄せた。生き甲斐であるように大事そうに。


「……くっ」


 ふとアリシアが食い縛るような声を漏らす。


(悔いているのか?)


 俺は精神感応で直接彼女の心へと問いかけた。


(もしかしたら娘さんは助けられたかもしれないじゃない。……もう少し私達が来るのが早かったら、死なないですんだかもしれないのよ。もし私がもっと機転を利かせて、もっと早くあなた逹に依頼を出してれば間に合ったはず。それに、国の人達がこんなに苦しい思いをしてる時に、私達は四人で豪華な御馳走を食べたり、楽しく買い物なんかをしてたのよ!)


 悲痛と後悔、そして自分自身への怒りの言葉がアリシアから返ってくる。

 確かにギルゲスの人々が苦しんでる時に、彼女達が楽しんでいたのはたしかだ。それに早く救援を実効してたら赤ん坊も助かったかもしれない。

 だが俺達に依頼を出すと言う考えはミアナに伝えられたことで至ったことだし、アリシア達もゲン・ドラゴンに来たばかりでそこまで実効する考えも余裕もなかったはず。

 遅くなっても仕方ないことであったとは思うが。

 それに今は後悔したり怒りを抱いてる場合ではない。


(いずれにせよ後悔も反省もあとまわしだ。少しでもいいから急ぐぞ、今はそれが人々の助かる確率をあげることができる)


 重大な任務の時こそ個人の感情に浸らず、ただ目の前の問題に迅速に取りかかる。

 それが石カブトの鉄則だ。





 そして俺逹は親子を伴いちょっとした村に到達した。いくつもの生命反応を感じた位置だ。

 建物は壊れはててはいたが、おそらくここの住民達であろう人々は、地下に穴を掘って身を隠すことで蛮竜どもから生き延びていたのだろう。

 もちろん俺が到着した直後は誰も顔を見せなかった、蛮竜の十倍以上の巨大を持つ竜が襲来してこの世を終わらせるようにしか思われていなかったようなのだ。

 アリシアの説得のおかげで、みなが警戒をとき今は支援物資の到着に喜び安堵の表情を見せている。


「よくぞ……よくぞ、来てくださった」


 アリシアは村長とおぼしき老人に手を取られ何度も礼をのべられている。

 そして最初の救助者達である親子は、やっとのこと安心して休める時がきたことで今は二人とも毛布をかぶって深い眠りに入っていた。

 住民達も各々に届いた支援物資を用いて作業をしている。食事を作ったり、治療にあたるなど。

 一応のこと、これで一段落した。

 ならば、あとは俺が大仕事に赴くだけ。この災いに終止符をつけるために。

 思いの外、蛮竜の駆逐は早く終わるかもしれない。


「アリシア、ここの連中は任せたぞ。俺は、このまま首都を目指す」

 

 決着をつけるために。


「ちょっとまって。あなたがいなくなったら、安全の確保は?」


 まあ、彼女の思うとおり確かに俺が不在になって蛮竜に襲撃されたらひとたまりもないだろう。

 だが、その心配は大丈夫だ。


「国中の蛮竜どもが、国の中心部に集結している。おそらく総力をもって俺を迎え撃つ考えなのかもしれない」


 ……問題はなぜに蛮竜が、そんな組織的な行動をしているかではあるが。

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