黒き蛮竜、そして交渉

 ここで蛮竜に初めて遭遇……いや襲撃された時から思っていたが、連中の行動が異常すぎる。

 ただ本能と食欲に任せた動きではなく、待ち伏せや身を隠しての奇襲など。

 明らかに知性を感じさせる、いや奴等が頭を使って行動してるのではなく、おそらく高い知能を持った何者かが蛮竜達を制御していると考えるべきか。


「……もう少しで首都か」


 アリシアと離れた位置から首都は、かなり離れてはいるが、そこはやはり怪獣の走行力。

 朝日がのぼる前に、ギルゲスの中枢部が見えてきた。

 そして、その多くの人々が暮らしていたであろう都に群がるように飛び交う無数の影も。


「……百単位どころじゃない、軽く千はこえている」


  それは人食いのバケモンの数。そして都からは人間とおぼしき生命反応は皆無だ。

 そこは、もう人の住む場所ではなく、蛮竜どもの巣と言えるだろう。


「来やがったか」


 そして都まで後一キロと迫ったところで、都内や周辺にとどまっていた無数の蛮竜どもが飛び立ち翼を扇ぐ音を響かせてこちらに向かってきた。

 その光景は、まるで屍に群がっていた夥しい数の烏が新たな餌を見つけてた言わんばかり近寄ってくるようで、不快なものだ。

 それに合わせ、俺も触角を前に向けて迎撃体勢になる。


「銛状の舌で刺突してくるか? あるいは強酸溶液を噴射してくるか? 牙か爪か尾か?」


 思うは蛮竜の攻撃手段。怪獣の能力で連中の思考を読んだとしても、あるのは食欲だけと言う獣以下の本能。

 考えるだけ無駄だ。こいつらとは意思の疎通など不可能。

 全て殺すだけだ。来やがれ!

 しかし蛮竜どもは、いきなりに攻撃はしてこず俺に激突する手前で周辺に広がるように散り、俺を包囲してきた。

 千はゆうに越える数。肉眼で確認できる光景は、全て蛮竜に占領された。


「何かの陣形か?」


 四方八方から絶え間なく攻撃を仕掛ける魂胆か? あるいは何か別の目的か。


「貴様ら、どけい!」


 と、蛮竜の翼の音に混ざり大きな声が響き渡る。間違いなく、それは人語だった。

 すると途端に周辺を飛び回っていた無数の蛮竜は、俺を中心にして円陣を作るように大地に降り立つ。

 そしてバサバサと翼を凪ぐ音をならしながら、それは上空から降下してきて俺の眼前で空中停止する。

 それは蛮竜ではあるが通常の半透明な白色ではなく、漆黒の表皮。

 その姿を見て、彼女の言葉を思い起こす。


「……そうか、思い出したぞ。人語を操る蛮竜」


 数ヵ月前のこと。蛮竜に襲われ傷を負った希竜のトウカを救助した時のことだ。

 言葉を発する黒い蛮竜の存在を知ったのは。


「なるほどな。ゲン・ドラゴンに蛮竜の大群を出現させたのも、今回のギルゲスの崩壊も、お前の仕業と言うわけか」


 そう言って俺は睨みつけるように、黒い蛮竜に視線を向けた。

 今までの蛮竜関係の災害は異質なものだ。人語を理解できる程に高い知能を持ったこいつが蛮竜を先導して引き起こしたと考えるのが当然か。


「そうだ、お前の住みかにしてる都市を襲わせたのは俺だ。……だが、お前のせいで転移魔術での襲撃は失敗し、いやあの場合は敗北したと言うべきか」


 黒い蛮竜は単眼をギョロリと動かし、溜め息でも吐くように言った。


「たとえ言葉が通じても、てめえも人を食う蛮竜にしかすぎん。この場で、まとめて掃討する」


 ゲン・ドラゴンに襲撃した首謀者である以上ただの外敵、何よりただの害獣。問答無用に殲滅するだけだ。


「おいおい、まてよ。俺はお前と話しがしたくて語りかけてるし、それに今蛮竜どもが手をださないように制御している。お互い話合おう、同じ竜じゃないか。お前の絶対的な力を見たときから、接触してみたかったんだよ。話だけ、いやちょっとした交渉だけでも聞いてくれねぇか?」


 蛮竜が交渉だと?


「ふざけるな、人食いの化け物と交渉などできるか」

「お前は何故に人間なんかの味方をしている?」


 と、俺の発言を無視して黒き蛮竜は語りだす。


「人間なんぞ、助けたところで何の得にもならんだろうに。それよりも、お前の力ならこの世を掌握することなど簡単なはずだ。そうすれば、どんなことだって思うがままだろうにもったいないぞ」


 知能が高い分、クズ野郎や独裁者が抱きそうなことを知っていやがるようだ。

 だが俺は世界の支配など、そんな幼稚なものに興味はない。

 話すだけ無駄だ。


「言ったはずだ。てめえ等のようなバケモンと交渉などせん、馬鹿馬鹿しい」


 光線で凪ぎ払ってやる。と、そう思ったとき。

 物凄い違和感を察知した。


「てめえ、その体……」

 

 透視能力で黒い蛮竜の肉体を確認し、そしてその違和感を分析する。

 明らかな人工物がある。


「脳と胴体に埋め込み式装置インプラントを持っているな」


 構造を解析することで、その機能も探る。

 脳波を増幅して放射するシステムと魔粒子を集束させる力場を形成する装置。

 脳波を増幅させ放出することで他の蛮竜どもの脳に干渉し洗脳、そして手足のように使っているのか。そう考えると、蛮竜は特定の脳波で支配されるように遺伝子レベルからプログラムされているのだろう。

 それと魔粒子の集束が可能なら、魔術も用いて別の地点への転移することも理論上できる。

 ……それらがあれば、全世界に蛮竜をバラまくことも。

 そうなった場合、どれ程の犠牲がでるか。こいつはここで確実に息の根を止めねばならない。


「……サイボークかてめえは? なぜそんな高度すぎるシステムを蛮竜がもっている?」

「人間の仕業だ」


 人間のせいだと。……副長から以前聞いたが、蛮竜は人工生命体と聞いている。

 そして黒い蛮竜は憎悪を吐くように、言葉を続ける。


「人間どもが俺を、こんな風にしやがったんだ。生きたまま身体にわけのわからない物を埋め込まれる、これがどれ程の苦痛か分かるか?」


 そして拒絶反応にも苦しめられる。


「そして俺は失敗作として捨てられた。インプラントが上手く機能しなかったんだ」

「どう言うことだ、今は問題なく機能しているだろう。……お前はいったい誰に作られたんだ?」


 蛮竜とは異形獣と並ぶ生体兵器。

 その元凶は、かつて大仙で活動していた闇の組織が殲滅され、その残党がこの大陸に渡り密かに続けられる不当な兵器開発の実験の産物。

 この大陸の中心部に、そう言った奴等が潜伏しているなら、この蛮竜からその所在を聞き出せるかもしれない。

 ただでさえサハク王国は異形獣と狂った偽者の王によって甚大な被害がでたんだ。

 それらの背後にあるものを突きとめなければ、また同じことが繰り返される。


「そいつが知りたければ、俺の交渉に乗れ。お互い損はしない話だ」

「……おおかた、お前が望んでいることは分かっている。人間への復讐だろ」

「話が早くて助かる。俺が受けた苦痛を、そして失敗作として捨てた人間どもに味あわせて後悔させてやる。一人残らず蛮竜どもの滋養にして殺してやる」


 黒い蛮竜の単眼が充血し怒りで吠え猛る。


「それで俺に人類の殲滅に手をかせと?」

「そうだ。俺はとにかく人間どもがもがき苦しみながら死んでいければ満足だ。お前だって利用され続け、そのうちに人間に捨てられ迫害されるだけだ。その力を恐れられてな。だからこそ人類など滅ぼして、未来永劫この世界に君臨すればいい。俺達のような怪物を永遠に受け入れてくれる奴などいるわけがない」


 反論はできないな。

 確かに現在はともかく、数百年先、数千年先のことなど分からんからな。

 だがこれだけは言える。


「誰かのためにとか平和とか、そんなガキ臭いことを言うつもりはない。お前にも深い事情があるんだろうが俺は自分の意思で蛮竜を殲滅する、それだけだ。お前の目的には乗らん、倒した後でお前の脳から情報を引き出してやる」


 俺はけして正義とか平和とかのために戦ってきたわけではない。全ては自分の意思だ。

 今はギルゲスを崩壊させた蛮竜を殲滅する、それだけだ。


「やはり交渉は決裂か、まあこうなるとは思っていたが。仕方ない、蛮竜どもやれ!」


 黒い蛮竜の脳内に埋め込まれた増幅装置から特定の脳波が放出されると、千を越す人食いの化け物達が一斉に飛び立った。 

 

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