異質な蛮竜
待ち望んでいたわけではないが、いや見たくもない。
あの醜い人喰いどもの面を見るのは、久しぶりだな。
「アリシア! 対閃光防御をつけろ!」
そう言い放ち、俺は向かってくる敵の方へと足を急がせる。
すでに、そいつらを肉眼でとらえている。
全長約十八メートル、白っぽいヌメリのある表皮、鰻の頭部のごとき顔には不気味な単眼。
間違いなく蛮竜だ。前方約五キロ先、その数五体。
「ムラト、装着したわ!」
足を急がせるせいでやや揺れるコンテナの上から、少女の声が響く。
「いよし」
アリシアが遮光レンズの入った特殊な眼鏡をつけたことを確認し、右触覚から高出力で光線を照射した。
結果、大気が励起し目が眩みそうな程の閃光が拡がる。まもなく日が沈むと言うのに、昼間以上に空間が明るくなった。
それゆえに彼女の視力を守るために眼鏡をつけさせたわけだ。
以前までは光線を照射してもこんなに閃光がほとばしることはなかったが、俺が以前よりも成長したことで光線の出力が向上したことと、何より蛮竜を相手にするには高出力状態での照射が有効だからだ。
「
大気を励起させる程の光線が右端の蛮竜に直撃。
その不気味な体に穴が穿たれるどころではなく、高エネルギーの
一見、一体相手に過剰すぎるエネルギーと思えるが、蛮竜は首だけになっても行動し続ける程にしぶとい。だからこそ、出力を上げて瞬時に跡形もなく粉砕する方が有効だ。
「次だ!」
もちろん一体がくたばったからと言って達成感に浸たるわけもなく、残りの四体にも照準をつけて高出力の光線を照射する。
超精度の照準と光速の攻撃。空飛ぶ蛮竜とて、それを避けることも、ましてや防ぐこともできない。
大気が発光すると同時に、醜い竜は絶叫すらあげる暇もなく蒸発して空気と混じりあい、跡形もなく消え去った。
「すごい! 蛮竜を一瞬にして……この力なら、蛮竜どもを手っ取り早く……」
「安心するのは早い、まだ終わっちゃいねぇ!」
アリシアは五体の蛮竜を瞬時に葬り去った怪獣の力に感激しているようだが、蛮竜はあれだけじゃない。
さっきの五体を葬る前から、既に怪獣の超感覚が目で確認できない蛮竜どもを察知していた。
しかもかなり多い。
俺が声をあげると、周辺のあらゆる場所からいくつもの土煙が上がる。
「穴を掘って、地中に身を隠していたか……」
「すごい数」
俺がそうこう言ってる間にもそこらじゅうから土砂が舞い上がり、地中に身を潜めていた蛮竜が次々と姿を現した。その数の多さにアリシアは苦悶の表情を見せる。
四方八方が六十近い蛮竜に遮られ、夕日の光が閉ざされ一気に暗闇になった。
「……あぐうぅぅぅぅ」
そして一斉に威嚇するように蛮竜どもは、俺達に向けて甲高い咆哮を浴びせてくる。これにはたまらずアリシアは耳を押さえてうずくまった。
「まさか、こいつら!」
恐らく最初に姿を見せた五体の蛮竜は俺をここに誘導するための囮だったのかもしれない。
地中に潜んでいた蛮竜どもが、俺達の包囲あるいは背後を取るための罠。
……凶暴と食欲の本能しか持たない蛮竜が、ここまでの戦術が行えるだろうか?
「ちっ! こんだけの数になると光線で一体一体狙うのは、少し面倒だな」
こいつらの脅威は、やはりその数の多さだ。
これだけの数相手に光線による点での攻撃では殲滅に時間がかかる。
人々が助けを求めている以上、悠長に一つずつ潰してるわけにはいかない。
と、いきなりに背後にいた一匹が雄叫びをあげながら俺の背中めがけて襲いかかってきた。
「やかましい!」
すかさず巨大な尾を振り叩き落とす、どころではなく破裂音と湿った音が合わさったような響きを鳴らしてバラバラの肉片までに粉微塵となった。
すると肉片と化した同胞を見て、察したのか他の蛮竜どもは俺から少しばかり距離を離した。
「おかしい、一斉に向かってくると思ったが……蛮竜が恐怖を感じて怖じ気づくとは思えねぇ。迂闊に近寄ると殺られると感じてか?」
異様すぎる。待ち伏せによる罠と囮による誘導にしても、迂闊に襲いかかって来ないなど。
こいつらに、それほどの頭脳があるはずが……。
いや、まて。こいつらはかつて転移魔術でゲン・ドラゴンを襲撃してきたことがある。
その際、何か知性ある者が蛮竜を使役してるのではないかと話があったが。
「まあ、いい。この任務でその事に関しては、何か分かるかもしれない。今は目の前の敵を掃討するだけだ」
俺は両手に持っていたコンテナをゆっくりと地面に置き、それに覆い被さるように身を屈めた。
そしてコンテナの上にいるアリシアに指示をくだす。
「アリシア、念のため伏せていろ。連中を一掃するぞ」
「……分かった」
と、少女は一瞬呆気にとられた様子を見せたが、素直に俺の言う通り身を伏せた。
よし、いい子だ。ちなみに俺の方が人としては歳上である。
「いつまでもモタモタするわけにはいかねぇ。敵が大量にいるなら、点ではなく面での攻撃だ」
そして、うずくまるような姿勢になり胴体と腕でコンテナとアリシアを包み込む。
蛮竜からは巨大な背中と無数の背鰭を無防備にさらけ出しているようにしか見えないだろう。
しかし、この形でいいのだ。
より強くなるために自分なりの訓練を続けていたが、けして何も考えずにがむしゃらに鍛えていたわけではない。
今まで闘ってきた外敵に対し、どうすれば効率よく倒せるか考えを練っていた。
今回の蛮竜掃討に応じて、少しばかり肉体構成を作り替えておいた。
「くたばれ!」
そう言って俺は背鰭一つ一つに意思を伝わせる。
とたんに周辺を飛び回っていた蛮竜どもの体がボコボコと膨れ上がり、もがき苦しむように絶叫を響かせる、そして煮えたぎる体液が表皮を突き破り水を入れすぎた風船のごとく弾けとんだ。
六十近くの蛮竜の血渋きと黒焦げになった肉片が、破裂音とともに辺りいったいにぶちまけられ焦げ臭さと生臭さが立ち込める。
「終わったぞ」
周囲に生きた蛮竜が、もう存在しないことを確認し俺は身を起こしてコンテナから体を離した。
「片付いたの? ……うっ!」
と、コンテナの上から周辺を見渡したアリシアは気分が悪くなったかのように口もとを押さえる。
まあ、この光景を見てなおかつこの異臭を嗅げばこうもなるか。
広範囲に散らばるは炭化した肉片と、生焼けの
そしてその塊からあがる煙と蒸気と化した蛮竜の体液により、強烈な焦げ臭さと生臭さが充満している。
「……ムラト、どうやって蛮竜を掃討したの」
と、アリシアは吐き気を我慢するように息を整えながら問いかけてきた。
もっと良い手段はなかったのか? と言いたげだ。
「今回の仕事が蛮竜の殲滅と聞いて、背鰭中に特殊な有機磁性体を形成しておいた。それと高電圧の生体電流を用いることで、背鰭から強烈な高周波電波を周囲に放射したんだ」
言うなれば、無数の背鰭一つ一つを強力な電波の発振器として機能させたと言える。
そうなれば周辺の極性分子(主に水分子)は連続的に回転することで加熱していく。
言うまでもなかろうが水分の多い生物はひとたまりもないだろう。
メーザー兵器が効率的だと分かっていたから、思い付いた戦い方だ。
「アリシア、急ぐぞ。モタモタはしていられない」
蛮竜どもが異様すぎるからな。こんな化け物が知的な行動をしてると考えると危険すぎる。
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