神聖なる地

 その領域に足を踏み入れると、木々や草が生い茂っていた光景から、徐々に草木が少ない荒れ地へと移り変わっていく。

 ここは、はるか千年以上も昔にこの世界を構築した一柱たる創造の女神が没したと伝えられる場所。

 ミアナにとっては、夢も友も全てを失った絶望の場。

 ……そして俺達石カブトにとっては、血生臭い殺戮を行った忌まわしき地だ。


「……数ヵ月ぶりだな」


 サンダウロ。

 あまり立ち寄りたくない場所ではあるが、ここを突っ切るのがギルゲスの最短ルートだ。

 俺がどれだけ早くたどりつけるかで、犠牲者の数が決まる。

 ゆえに忌まわしくとも、短い道筋を行くしかないのだ。


「……ここがサンダウロ? 神が死した地とは言うけど、以外と寂しいところなのね」


 そう囁くのは、支援物資をたんまりとつめしこんだ長大なコンテナの上に座り込む少女。

 コンテナは二つありワイヤーが付けられ、俺がそれを掴んで運んでいる。まるで両手で買い物カゴを持ってるようだ。


「お前は、来るのは初めてかアリシア?」


 俺は彼女に視線を向けず応じた。

 今回のギルゲスでの蛮竜掃討任務の随伴者には、アリシアが選ばれた。

 怪獣の身である俺が一人出向いても人々を混乱させるのは目に見える。

 だからこそ彼女達のいずれかの同伴が必要だ。

 姫であるウェルシ様とメイドのスティアは論外、となるとアリシアかハンナのどちらかになるが、落ち着きがあるアリシアが適任であった。


「うん。……と言うよりも、場所が場所なだけに近づくことなんてないからね」


 彼女の言う通りかもしれない。

 女神が死した領域。ゆえに神聖な場所なのだ。

 そんな聖域ともされる地に迂闊に踏みいっては多くの国々の機嫌を損ねかねない。

 だからこそ境界警備も敷かれていないのだ。


「……だがしかし、今だけは通らせてもらう。時がすぎれば、それだけ犠牲が増えるからな」


 別にここで、何か悪さや汚すようなことをしようって訳じゃないんだ。

 問題はないだろう。……ここで殺戮を行った俺にそれを言う資格があるとは思えんが。


「でも何で将軍は、この地を占領しようとしたのかしら。……そのせいで諸外国から批判されたり、バイナル王国とも戦争なんかおきなかったはずなのに」


 アリシアは忌々しげにそう語る。


「知らないのか? サンダウロにはかなりの量の貴金属や貴土類が埋蔵してるんだ。おそらく将軍は、それらを独占し国力の強化に利用しようとしていたんだろう」


 まあ、国を豊かにして国民の生活を良くしようなどとは考えてはいないだろうがな。

 おおかた軍事力を高めて他国を侵攻しようと考えていたに違うまい。

 しかしながら自分の力量も計れず目的と欲求だけで魔術の精鋭たるバイナルに挑むとはとんだ間抜けとしか言いようがないが。


「……ところで気になったんだが、お前達の国の政権を掌握した将軍はどうなったんだ?」

「……分からない。都が蛮竜に襲撃される前に逃亡したから。蛮竜が現れたことを隠蔽して、人々を見捨てて自分達だけ逃げ出したのよ」


 彼女は声を荒げ、その可愛らしい顔を険しくさせる。

 将軍を語るときのアリシアは、強烈な殺意と憎悪が見てとれる。まあ激怒して当然か。


「とは言え状況が状況だ、おそらく将軍は逃亡の最中に蛮竜に食い殺された可能性が高いだろう」

「……私もそう思う。あれだけの蛮竜が襲来したんだから、いくら早々に逃げ出したからと言って、逃げ切れたとは思えない。私達が逃げ切れたのは、ただ単純に運が良かったのと、とにかく臆病に徹したから。だから……私達も国民を助けもせずに逃げて生き延びることを優先したの。本質的に私達も将軍と変わらないのかもしれない」


 と悔やむようにアリシアは、もの悲しげに顔を伏せさせる。


「……だが、それは仕方のないことだ」


 確かに国民を見捨てたことには変わりないだろうが、しかし将軍が突如として消えてあらゆる情報が反映されず、何が起きているのかも分からない混乱しきった状況だったはずだ。

 アリシア達の最優先事項はウェルシ姫の命を守ること、変に正義感をかざして姫が命を失ってはもともこもない。

 確かに許されないことかもしれんが、彼女が間違っているとも言えない。


「……ゴメン、こんな話ばっかり言って。竜相手に愚痴ばっかりたれても仕方ないよね。あまりにもムラトが竜とは思えないほどに饒舌だったから、ついね」


 そう言ってアリシアは仕方なさそうに息を吐いた。

 たぶん彼女は、まだ俺のことをただの動物的な存在としか思ってないのだろう。まあ俺の事情など分からないのだから当然か。

 愛玩動物に悩みや苦しみを訴えてもしょうがないと言いたげだ。


「いや、いくらでも話なら聞くぜ。確かに俺はただのデカい竜だが人並みの頭はある。急いでるとは言え道中はやや退屈でな、それに今回の任務はお前と俺でやるんだ、多少なりに親睦は深めておかないとな……見てみろ」


 と、俺はその場所に気づき足を急がせつつも東の方へと顔を向けた。

 そして俺の声と頭の動きに合わせアリシアもコンテナ上からその方角へと視線を向けた。


「……あそこがどうしたの?」


 彼女が思ってるとおり、そこに映るのは別に何の変哲もない草木のない荒れた大地。

 しかし俺にとっては……。


「ちょうどあの辺りで、俺達はミアナが所属していた騎士隊とお前達の国の軍と闘った。ミアナの仲間達を肉片にかえ、ギルゲスの兵達を灼熱の炎で焼き払った」

「……あそこで」


 俺が告げると、アリシアは身を震わせ顔色を青くさせる。

 彼女もあそこで何が起きたのかは、確りと理解してるはずだ。いや、鮮明に分かるからこそ震えているのだろうが。

 俺の能力で情報と言う形で、アリシアの脳へと定着させたのだから当然だ。

 だがしかし、今はそれに対して後味の悪さを感じてゆっくりもしてはいれない。


「……アサムから聞いた話だが、かつてはこの荒れた地は緑に溢れた場所だったらしい」

「どういうこと? それって言うなれば女神が没する前の話になるけど」


 そして俺の唐突に放った言葉に、アリシアは目を丸くする。

 

「……さあな、俺も詳しくは分からねぇ。恐らく、その女神様がここで死んだがために地質が変化して、植物の生育が難しくなり、こんな荒れ地になっちまったと俺は推測している。……まあ何故にアサムがそんなことを知ってるのかは、分からん」


 半妖精ハーフフェアリーは不老長寿にして、今だに謎は多すぎる。

 しかしアサムは、まだ二十八の男性だ。そんな大昔のことは知らないはずだから、たぶん千年以上も行き続けている同族から伝わったのかもしれん。

 それにしても、彼等の一族はいったいどこで暮らしているのか?

 いずれにせよ、ペトロワ領地内のどこかではあろうが。





「境界を越えるぞ、ここからは蛮竜どもの巣みたいなものだ。いつ何時に奴等が現れるか分からん。索敵は俺に任せておいて良いが、気を緩めずに備えておけよ」


 そして夕暮れのなり始めに俺はアリシアにいいつける。

 情景に草木が多くなり始めた。まもなく境界を越えてギルゲスに入る。

 ここからは先は蛮竜どもの魔窟だ。

 ……複数の生命反応がこちらに近づきつつあるな、間違いなく蛮竜。

 それを察知、いつでも対空迎撃ができるように光線照射器官たる頭部の触角を前方へと向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る