まだ戦える
それは、まさに最古にして最もこの世で信用できる武器。
しかし高度な文明を誇る者達から見れば時代遅れどころではなく、原始的、下等、野蛮、愚か、と嘲笑われるだろう。
……肉体、素手、言うなれば己自身。それがその武器の名前。
だがしかし犬面タイプの強化服を纏う少年が見つめるそれは、あらゆる武器も兵器も魔術も奇跡も凌駕する超肉体。
はたしてどちらが高等か下等か?
「……いちだんと大きく、そしてより強靭に」
並の生命を超越したオボロの肉体を前に少年は密閉された仮面の中で囁き、ぶるりと身震いする。
しかしその驚愕は一瞬にして、呆れに変わり果てた。
「どうだっ? これ、すごいだろ!」
熊の超人が全裸だからだ。
もちろん、それだけなら辛うじて大目にはみれるかもしれない。
だが最大の汚点は、より強くなった
「おきたばっかだから、元気ビンビンだぜっ! だぁーはっはっはっ!!」
「……まったくもう、相変わらずだなあの人」
恥じることもなく朝勃ちを大胆に見せびらかしてゲラゲラと笑う超人。
少年が溜め息をつきたくなるのは当然であろう。
「グゥガオォォォ!」
しかしそんなふざけた情景を邪魔するがごとく、頑強な外骨格と同じ成分で構成されてるであろうオンバルロの破砕球が犬面少年に襲いかかる。
「……とっ!」
叩き潰さんとする振り下ろしたかのような一撃。
少年は横に跳び、これを避ける。
「ようし、あとは任せておけ。参考にはならねぇが、魔獣の倒しかたを見せてやる」
生体音波砲と破砕球の攻撃になすすべがない少年達を見て、オボロは交代と言わんばかりにズシンと大地を揺るがして踏み出た。
確かに参考にはならないだろう、超人の化物退治。
常人には不可能な戦闘になるのだから。
「待ってください!」
しかし犬面少年は、その超戦闘の開始を制止させると高く跳躍して、オボロの脇に着陸した。
「僕達は、まだ戦えます。全てを出しつくしていません。あなたは、まだ手を出さないでください」
強化服の仮面のせいで彼の表情は読み取れないが、しかし強い視線をオボロに向けているに違いあるまい。
「……ほう、そうか」
少し間をおいてオボロは、どこか愉快げに少年に返答した。
その瞬間、オンバルロの破砕球が二人目掛け投じられた。
「くっ!」
「下がれ」
破砕球を避けるために犬面少年は慌てて身構えるが、オボロは避けるそぶりも見せない。
そして高速で間合いに入り込んできた破壊の球体を超人は目に見えぬ速さの左ジャブで迎え撃つ。
超人の拳と魔獣の破砕球がぶつかり強烈な音が響き渡り、破壊の球体は投じられた以上の速度でもと来た軌道を帰っていき、未だに人面少年へと音波砲を発射し続けるオンバルロの後頭部に着弾した。
「グゥアッ!?」
「おお! 飛んだ飛んだ! 頭に直撃したぜ」
「……はね返した」
殴り返した破砕球が魔獣の頭に見事直撃したことにオボロは意気揚々とするが、犬面少年は仮面の中で声を震わせることしかできなかった。
確かに戦いの参考にはならない。
魔獣の破砕球を軽々、それも素手ではね返すなど。
「グゥガオォォォ!」
すると魔獣はオボロ達を睨むように、獣の骸骨を思わせるような顔を振り返させる。
激怒したのだろうか? しかし攻撃が激しくなるのは確かだろう。
「いいぜ、最後までやってみろ。お前達は、まだ戦えると言うんだ。その戦意をオレは優先する」
オボロは腕を組むと顔をも向けずに少年に言い放つ。
さっき少年は言った。まだ戦えると。
なら彼等の意思を尊重するのが、戦う者達にとっての礼儀だ。
相手が魔獣だから、そんな掟や誇りなどを語ってる場合ではない、と言えなくもないが。
しかしそれでも少年は手助けは望んではいないし、まだ全てを出しつくしてはいないと言う。
けして甘えたくはない、そういう意味だろう。彼等を思うのであれば、見守るべきとオボロはそう思ったのだろう。
「今の僕達の
そう言って犬面の少年はオンバルロ目掛け駆け出した。
「グゥガオォォォ!」
犬面少年の接近を認識すると、オンバルロはやはり音波砲を人面少年に向けて速射しながら牽制しつつ、背中に備わる破砕球を中空で振り回し始めた。
頭部に一撃を貰ったからと言って、けして激昂してるわけではないようだ。
より加速され、破壊の球体が見にくい程に高速旋回してその破壊力を高めていく。
「さあ、こい!」
空中を旋回する破砕球を見上げ犬面少年は身構える。
モーニングスターのような鎖付きの武器と言うものは、その鎖の動きで軌道をある程度予測することができる。
しかし魔獣のこれは……。
「うわっと!」
凪ぎ払うように横から高速の破砕球が迫ってきた。
瞬時に少年は後退し、その一撃をギリギリにかわす。
高速で弧を描いた破砕球は、また上空に戻り旋回しだす。
「……くそっ! 軌道が予測できない」
これまた厄介な武器だ。
この破砕球は鎖ではなく、非常に細く視認が困難なワイヤーのような繊維で魔獣の背中に繋がっている。
そんなワイヤーの動きを見て、破砕球の軌道を読むなど今の彼の実力で無理としか言えまい。
そして今度は叩き潰すように縦に弧を書く一撃。横に移動して振り下ろされた破砕球をかわす。
球体はそのまま大地に激突しメリ込む。
そして引き戻され、また視認困難なワイヤーにより振り回される。
「……拉致があかないよ」
魔獣に接近して攻撃を加えたいが、破砕球でそれが拒まれる。
遠くにいる相方の人面タイプの強化服を着込む少年も音波砲の回避で手一杯なようだ。援護も囮も望めまい。
音波砲と破砕球を用いて、二人同時に相手にするなど見た目によらずかなり器用である。
そしてまた破砕球が振られた、下から突き上げるような攻撃。少年を天高く吹っ飛ばす威力を秘めているにちがいない。
……だがしかし、その一撃は少年の手前の地面にぶつかり大地を削り飛ばした。
「うわあぁぁぁ!」
削り飛ばされた大量の土砂が少年を襲う。
どうやら破砕球は少年を狙ったものではなく、彼に削り飛ばした礫をぶつけるのが目的であったようだ。
姑息ではあるが、ルール無用の殺しあいなら工夫をこらしたと言えるか。
「……えげつなっ……やばっ!」
礫の洗礼で怯んだ少年は反応に遅れた。
もうすでに次の一撃が来ていたのだ。横に殴り飛ばすような軌道。
もはや回避は間に合いそうない。
少しでもダメージを軽減させようと少年は破砕球の進行方向へと飛んだ。
そして轟音ととも強烈な衝撃が襲いかかり、何十メートルも吹き飛んだ。
「……がはっ!!」
大地を転がった少年は仮面の排気口から吐血を噴出させた。
強化服を着ていなかったら、間違いなく肉塊に変わり果てていた。
破砕球が直撃する瞬間、飛んでいなかったら意識を失っていただろう。
……しかし、それでも不屈の精神で少年は立ち上がった。
「……うぐう!」
あまりの痛みに少年は呻いた。
内臓は損傷しているし、所々の骨も折れているだろう。
「グゥガオォォォ!」
だがそんなこと魔獣が気にすることはない。
負傷者、病人、女、子供、弱者だろうが強者だろうがお構い無く機械的に殺すことが本能ゆえに。
そしてオンバルロは体の向きを変え、今度は犬面少年へと生体音波砲の照準をつけていた。
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