見えぬ攻撃

 音とは空気の振動である。

 当然のこと、数多の生物はその音を聴覚で感じることで周囲の状況を掴んでいる。

 しかし空気の振動として音を強大なものにすれば……。


「グゥガオォォォ!」


 青色の外骨格を有する魔獣は雄叫びを響かせ、その巨体の両肩部に備わる左右合わせて一門のパラボラ状の砲口から再び強力な砲弾を放つ。

 だがその弾は目視できない不可視の破壊力。


「くっ!」


 音の大砲が放たれる寸前に跳躍する人面タイプの強化服を纏う少年。

 彼の立っていた大地が轟音と共に陥没した。

 もし直撃しようものなら、強化服の装甲に守られているからと言っても無事ではすまないだろう。

 この外骨格の魔獣が放つそれは、もはや単なる音ではなく物理的な圧力波の域に達している。

 指向性エネルギー攻撃能力を持つ強力な個体と比較すれば控え目かもしれないが、それでも既存の武器を遥かに凌駕している。


「またか!」


 そして音の鉄槌を回避した少年は、魔獣がまた音の砲弾を放とうとしていることを感じとり、横へと駆け出した。


「グゥガアァァァァ!」


 魔獣はその少年を追い回すかのように生体音波砲を立て続けに撃ち出す。

 駆け回る少年の後方では、追いかけるがごとくクレーターが形成され続ける。


「ぐうっ!」


 音の砲弾から逃げ惑う少年は思わず呻くような声を漏らす。

 確かに音波砲の直撃は避けられているのだが、着弾後に拡散する余波の轟音が強化服の装甲と鼓膜を揺さぶってくるのだ。

 そして厄介なことに……。


「くそう……反撃ができない」


 魔獣が遠隔攻撃を用いてくるため接近が困難なせいもあるが、振動攻撃ゆえにその発生が察知しずらいのだ。

 発光も発煙もなく、音を発するだけのため何か特殊な動作も必要ないのだろう。

 だからこそ視認だけでは攻撃の発生が読みづらい。

 これでは攻めるのは困難としか。


「グゥガオォォォ!」


 それに魔獣の武器は生体音波砲だけではない、その巨体に不似合いすぎる身体能力も脅威。

 音波攻撃の連射で人面タイプの少年が疲れて鈍くなったことを理解したのか、魔獣は駆け出し一気に距離をつめ、叩き潰すがごとく少年目掛け腕を振り下ろした。


「……うわあぁぁぁ!」


 急激な攻撃手段の切り換えに少年は対処できず、やむなく前方に身を投げ出す。

 どうにか魔獣の叩き潰しは回避できたが、その一撃の破壊力から発生した余波による衝撃で吹っ飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。

 しかしボヤボヤしてる暇はない。

 体勢を立て直して魔獣は今度は踏みつけようと、その巨大な右足を持ち上げているのだから。


「させるかっ!!」


 すかさず犬面タイプの強化服を着込む少年が跳躍すると、今魔獣の支えとなっている左脚の膝目掛けて跳び蹴りを叩き込んだ。


「……グガァッ?」


 その衝撃で魔獣の動きが一瞬とまり、その隙に人面タイプの少年は起き上がるなり横に大きく跳んで四十トンの踏みつけから逃れた。


「大丈夫かい?」

「……ああ、ありがとう。助かったよ」


 駆け寄ってきた犬面タイプの少年にそう礼を述べると、人面タイプの少年は目の前の魔獣を見上げた。


「……くそっ、小型でこれ程なのか」

「こんな化物よりも、もっと危険な魔獣達やつらがウジャウジャいると考えると、ゾッとするよ」


 苛立たしげに語る人面タイプの少年に対して、犬面タイプの少年は嫌そうに応じた。

 どんなにこの魔獣が強く厄介でも、所詮は小物でしかないのだ。

 しかし、そんな低レベルの奴相手でもこのザマ。先が思いやられる。


「今は、そんな先のことを考えてる場合じゃないだろ。来るよ!」


 魔獣が体勢を整えことを理解して、人面タイプの少年が駆け出すように身構えた。

 それに倣い犬面少年も走る準備を整える。

 この魔獣の正面に立つと言うことは、生体音波砲の洗礼が待っていることを意味しているのだから。

 二人を追跡するがごとく、音の大砲が再び大地にクレーターを刻んでいく。


「そう言えば、この魔獣は初めての個体だったね。呼称とかどうする?」

「君は何を言っているんだ。今はそんなことを決定してる場合じゃないよ!」


 音波砲から逃げ回っている状況だと言うのに犬面少年の発言に、人面少年は呆れと焦りを交えてかえす。


「別に呑気な気分で言ってるわけじゃないよ。さすがに、魔獣や化物って呼んでちゃあ分かりにくいだろう。それに奴の情報収集だってしてるんだから、確りとした呼び名をつけておかないと」

「……勝手にしてくれ」


 態度を変えない犬面少年に、人面少年は面倒くさそうに応じた。

 そして、そう言われたために犬面少年は自分の判断で、今現在対処している魔獣の呼称を決定した。


「分かったよ。……オンバルロ……怪響猛殻獣かいきょうもうかくじゅうオンバルロ」


 そして、そのオンバルロと名付けられた魔獣は生体音波砲の射撃を止め、二人目掛けて駆け出した。


「グゥガオ!」


 さすがにこのまま音波砲を撃ち続けてるだけの単純な攻撃では、拉致があかないと判断したのだろう。

 巨大な生き物は知恵がなく愚鈍と思われがちだが、この星外魔獣と言う存在は巨体でありながら知能が高く俊敏という怪物。

 それを証拠づけるように強化服によって機動力が向上している少年達にたちまちに肉薄する。

 体高七メートルにして体重四十トン相当。そんなものが高速で向かってくる、それだけで十分に恐怖である。


「うわぁっ! 来た来た来た来たっ!!」


 いきなりに接近してきた巨体に犬面少年は叫びを響かせた。

 だがいずれにせよ近寄ってきたと言うことは、格闘を仕掛けてくるのは確かだろう。

 オンバルロはその脚力で跳躍すると一気に距離をつめ、そのまま落下して二人を潰そうとしてきた。


「とりあえず二手に分かれよう。そうすれば奴は、どちらか一方に攻撃を集中するしかなくなるはずだ!」


 犬面少年の咄嗟の提案、さっきまで魔獣の呼称などと呑気そうなことは言っていたが、その思考はいたって真剣かつ冷静であった。


「グゥガオォォォ!」


 オンバルロが着地する寸前、少年達は別々の方向へと飛び上がる。

 そして少年達がいた位置に巨大な足が叩きつけられ、土砂を舞い上がらせた。

 無論、オンバルロは避けられたことは理解してるためすぐさま立ち上がり小さな獲物達に目を向ける。

 二人は全く真逆の方向にいる、となると両方を一度に攻めるのは無理な話だが。


「グゥガオォォォアッ!!」


 オンバルロは考える素振りも見せず、人面タイプの強化服を着用する少年へと体を向けた。


「ボクを目標にしたか、それでいいさ」


 目をつけられた少年の判断は早い。何と言ってもオンバルロの正面は音の砲弾が降り注ぐエリアなのだから。

 そして当然、生体音波砲が速射された。

 少年はその攻撃を上手くかわし続ける。音波砲の発生を察知するのは困難だが、その武器は肩に固定された形、ゆえに構造上は真正面にしか放てない。

 ならば正面にさえ立たないように動き回れば、回避もそう難しくはなかろう。


「よしっ! がら空きっ!!」


 そして何も彼等は防ぐ避けるだけではない。

 人面少年が攻撃の目標となっている間に、犬面タイプの強化服を纏う少年が魔獣の背後に回り込んでいた。

 駆ける犬面少年は無防備なオンバルロの腰辺りに跳び蹴りを食らわせようとしたが、その一撃は球体状の物が前方に叩きつけられたことで阻まれた。


「どわぁっ!」


 少年を叩き潰さんと前方の大地にメリ込んだそれは、イボのような突起で埋め尽くされた青い殻で形成された球体状であった。

 そしてその直径一メートル程の球体がフワリと浮き上がると、また犬面少年を殴り飛ばそうと突っ込んできた。


「なっ……なんだこれ?」


 さながら空中に浮く鉄球に襲われるようなものだ。

 これもオンバルロの攻撃なのかと思い、球体を避けながら目を凝らす、良く見ると球体は極めて細いワイヤーのような物で魔獣の背中に繋がれているのが分かった。

 これで理解できた、この外骨格で形成された球体も魔獣の武器なのだと。

 さながら視認が難しい鎖で繋がれたモーニングスターと言うべきものか。

 二手に別れれば、どちらかの迎撃がおろそかになるのでは、と読んでいたが……。

 一人の敵に集中しながら背後を無防備にするわけがない、やはり魔獣とはバカでもなければ間抜けでもない。とことん隙がなく厄介なのだ。

 と、いきなりに遠くから破裂音が響き渡る。


「……な、なんだ?」


 犬面少年はオンバルロの破砕球から距離をおき、音がした方へと顔を向けた。

 そして、それは立っていた。

 巨大な筋肉山脈が余剰エネルギーを放出するがごとく赤い体毛を発光させている姿に。

 それは熊の毛玉人なのだが、その容姿はあまりにも異質すぎた。


「坊主ども、助けに来たぜ!」

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