本性を表す魔獣

 破壊と殺人の振動が来ると感じた瞬間、犬面タイプの少年は咄嗟に横に跳びこみ大地を転がる。

 そして予期した通り、彼が佇んでいた地面が音の大砲により沈みこんだ。


「……はぁ……はぁ、危なかった」


 苦しい息をあげながら、陥没した元いた位置に顔を向けた。

 もし恐怖に支配されて、少しでも行動が遅れたらどうなっていたことやら。

 恐怖で硬直しなかったのは、やはり日頃の訓練のおかげだろうか。

 だがしかし今は、そんな思いに悠長してる場合ではない。


「グガアァァァァ!」


 オンバルロは咆哮し、そんな声以上に恐ろしく危険な音を撃ち出そうとしているのだから。


「……くそっ、これじゃ近づけやしない」


 音の砲弾の速射、それから逃げるように犬面少年は駆け出す。

 そしてオンバルロの後方へと目をやると、相方の人面タイプの強化服を着込む少年が今度は破砕球を相手しているのが見えた。

 彼にとっては初めて受ける攻撃のためか、対処に悪戦苦闘しているようだ。

 生体音波砲は直線状の攻撃だったが、破砕球はあらゆる角度から飛んでくる攻撃なのだから。

 魔獣は急激な攻撃手段の変化で判断や行動を撹乱させて、相手の隙を突こうとしているのだろうか?


「……ぐはっ……こいつは本当の化け物だ」


 駆ける振動が負傷部に伝わる。だが止まるわけにはいかない、一瞬でも歩みをやめれば音の鉄槌の生け贄だ。

 犬面少年は、その苦痛に耐えながら、呪うように呟く。

 デカくて力が強いだけならまだしも、頭の回転がはやいなんて……。


「……反則だろう、ちくしょお」


 その図体に見合う頑丈さと見合わない俊敏さ、そして強力な武装を有し、独自に戦術を考える程に頭脳も働く。

 優れた頭脳を持つ生きた兵器としか言いようがない。


「だけど、まだまだ!」


 おそらく今の自分達の実力では、とてもじゃあないが魔獣は倒せないだろう。

 しかし、まだやれるだけの事はやってない。だからこそ、今すぐ助けてほしいなどと甘えたくはないのだ。

 だからこそ犬面少年は反撃のためのチャンスを狙っていた。


「……つ……もう一度だ。もう一度、あの破砕球で仕掛けてこい」


 傷から来る痛みに耐えながら、犬面少年は今か今かと走りながら待ち続ける。

 あの破砕球の攻撃が来るのを。

 音波砲の対処に慣れてきたら、おそらくオンバルロはこちらの判断を撹乱するために、また攻撃方法を変えてくるはず。

 と考えていた瞬間、素早い動作で体勢を変えオンバルロが犬面少年に背中を向けた。

 攻撃の切り変えだ!


「……来たっ!」


 少年は足を止めて見上げる、空中で破壊力を増幅させるために高速で旋回し始める破砕球を。

 遠方では相方の人面少年が音波砲との第二ラウンドの追いかけっが開始させていたが、今はそっちを気にしてる場合ではない。


「さあ、こいっ!」


 判断と行動をミスれば、今度こそ破砕球での死は免れないだろう。

 その攻撃を見きるため、少年は身構え振り回される破壊の球体に意識を集中する。

 そして、その一撃が放たれた。


「……ちがう、これじゃない」


 凪ぎ払うような一撃を少年は落ち着いて後方へと素早く下がり避ける。

 破砕球は凄まじい突風で砂を巻き上げながら弧を描き、再び上空へと戻りビュンビュン旋回を始める。

 そして少年は次の攻撃に備え体勢を整える。

 次はどの角度で来るのか、高速で回る破砕球に集中する。

 すると回されまくって充分に加速をへた破壊の球体は、少年を押し潰そうと直線状に突っ込んできた。


「これだっ!」


 少年は僅かに横に移動して破砕球を回避する。

 強力な運動エネルギーを持った球体は大地に激突し、土砂を巻きはあげる。


「もらった!」


 破砕球が地面が食い込むと同時だっただろうか、犬面少年は舞う砂埃や地の振動に怯むことなく駆け出した。

 そして大地に沈み込む自分を叩き潰さんとしていた一メートル程の球体に掴みかかる。

 かなりの高密度物体なのだろうが、強化服のおかげで少年はその破砕球を持ち上げることができた。

 この時を待っていたのだ。

 大地にメリ込んだことで破砕球の動きは一瞬ではあるが止まり、さらにモーニングスターのような武器は攻撃後に引き戻すまでにわずかではあるが時間がかかる。

 この隙に破砕球を奪おうと、考えていたのだ。

 ……だがこんな物を獲て、いったい何をするのか。

 答えは簡単だった。


「くらえぇぇぇぇぇ!」


 犬面の少年は雄叫びをあげ負傷部から酷い痛みがこみあげながらも、持ち上げていた破砕球を渾身の力で放り投げた。


「グゥガアァァァァ!」


 投擲された破砕球はオンバルロの右膝裏に直撃。

 その巨体を大きく揺るがす。

 オボロが跳ね返した時程には及ばないが、魔獣のバランスを崩すには十分だったようだ。


「今だっ!」


 そのおかげで音波砲の砲撃が止み、間をおかず人面少年はすぐさまに反撃に転じる。

 跳躍して破砕球が直撃した脚の膝目掛け跳び蹴りをかます、魔獣の体がさらに大きく傾いた。

 そして、それと同時に犬面少年も駆け出していた。


「僕達の攻撃では、お前にまともなダメージは与えられないけど、やっぱりお前自身の武器なら通用するようだ」


 オボロが破砕球を跳ね返して魔獣に着弾したとき、多少なりにダメージを負っていた。

 彼は、その時にこんな手段を思いついたのだろう。

 敵の武器だって有効な攻撃方法に使えると。


「くらえ!」


 そして犬面少年も跳躍し、同じくオンバルロの右足に跳び蹴りを叩き込んだ。

 強化服によって常人を遥かにこす威力を発揮できる。それでもまともなダメージにはならないだろうが、衝撃を与えるには事足りた。


「グゥガオォォォ!」


 ついに魔獣の頑強だった巨体が崩れ、転倒し大地を揺るがしたのだ。





「ほう、やるじゃねぇか」


 ダメージはないだろうが、それでも大きく一矢報いることができたであろう。

 それに対して遠方から眺めているオボロは称賛を送った。

 だが起き上がったオンバルロを見て、オボロは諦めたように囁く。


「……だが、ここまでかもな」


 ネズミごときを狩るのに炎を吐く竜はいない。だが本気になったら出し惜しみはしない。

 魔獣が全能力をいきなりに発揮することは少ない、ならば今の少年達の攻撃で今度こそ本性を表すだろう。





「くっ、やっぱりダメージは無しか」


 何事も無げに起き上がるオンバルロを見上げ人面タイプの少年は思わず舌打ちをする。


「仕方ないよ、これが僕達の限界だから」


 犬面少年も忌々しげに眼前の巨体を見やる。

 確かに負傷を与えることはできていない。

 ……それでも、まだやれる。

 そう決意して身構えた瞬間、周囲が真っ黒な物に包まれた。

 オンバルロが口腔から漆黒の煙を勢いよく吐き出し始めたのだ。

 

「な、なんだ?」

「煙幕? ……離れないようにしよう」


 人面少年の驚く声に、犬面少年は慌てずに応じた。

 そしてもはや肉眼では周りの状況が確認できない程に景色が真っ黒と化した。

 この漆黒の煙幕が敵や味方の位置を遮蔽する目的なら、今は下手に動かない方がいいだろう。

 互いの位置が分からないまま動き回るのは危険だ。

 それにいくら目眩ましをしようが、オンバルロはあれほどの巨体だ。動いた音でだいたいの位置は掴める。

 そう高を括った時だった。


「……な、なんだ……音が聞こえない」


 突如として周囲の音が聞こえなくなったのだ。

 風の音も魔獣の足音も鳴き声も、自分の声と動き以外の音が一切聞こえないのだ。

 まさに無音の領域。

 ……とたんに犬面少年は悪寒を感じた。

 生き物とは視界や音で危険を察知するもの。敵前で、それらを遮断されたらどれ程に恐ろしいか。


「……や、やつはどこに?」


 とにもかくにもオンバルロの位置を探るためあらゆる方向に顔を向けるが、あまりにも濃い黒煙のせいで数センチ先を見るのも困難である。

 ……明らかにこのままではまずい。動くべきだろうか、と思った時だった。


「……がっはあぁぁ!!」


 音がしない中、不気味に響いたのは人面タイプの強化服を着込む相方の悲鳴と打ち付けるような鈍い音。

 相方の少年が攻撃を受けたことを理解した。

 ……どの程度の負傷か、助けないと、まさか即死、でも敵の位置が分からない。

 視界と聴覚を封じられた空間、それは犬面少年を追い詰め焦らせる。


「うあぁぁぁ!!」


 そしてついに犬面少年にも攻撃が飛んできた。轟音とともに強烈な衝撃で大地に叩きつけられる。

 どうやら生体音波砲を食らったようだ。

 ただでさえ負傷していたのに、そこに追い討ち。少年は仮面の排気口から吐血を、またも噴出させる。

 ……悔しく、無力なものである。小型の魔獣が本領を発揮した瞬間、これ程あっさりやられてしまうとは、情けないもの。

 そう思いながら犬面少年は意識を手離した。

 



 周囲の音、つまりあらゆる空気の波を観測してそれらとは逆の波形を発生させて周囲に響かせたらどうなるだろうか。

 音は相殺され、やがて消滅する。

 オンバルロはそうすることで無音領域を形成していたのだ。

 自分に有利な環境と領域を形成する、魔獣は能力だけでごり押しする馬鹿ではない、嫌でもそれを意味してるとしか言いようがない。


「グゥガオォォォ」


 そして視界不良の黒煙の中、オンバルロは犬面少年にとどめ刺そうと右足をあげる。

 四十トン以上の質量で潰すつもりなのだろう。

 無論、魔獣は少年の位置など分かりきっている。並の生物とは違い、あらゆるセンサーのような器官を有してるのだから。

 視界不良ごとき見失うはずがない。


「させるかよぉ!!」


 だが少年にとどめを刺すことはできなかった。

 凄まじい衝撃ととも魔獣の巨体が吹っ飛んだのだ。

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