安泰が戻りし王国

 暑い夏の日差し、そんな真夏日のような気候の中でもその都では喧騒が響き渡る。

 何と言っても、そこはサハク王国の中枢たる王都なのだから。


「なんだい、その果実?」

「こりゃあ北の辺境から仕入れた珍味ですぜ。そのまま食べてよし、調理してもよしですぜ」

「ここ最近、見たこともない食材がならんでるなぁ」

「薬の価格が安くなって助かるわ!」

「これが噂に聞く、個体燃料ってやつか?」


 数ヵ月前、この都は醜悪な怪物により多くの犠牲者と被害がでた場所であった。

 だが今となっては復興が進み、以前よりも安定し豊かな生活となっていた。

 しかし、それでも完全にはもとに戻っておらず、半壊した建物や、瓦礫もチラホラ。

 だが人々の表情に、もう暗さはない。もちろん、あの時の恐怖を忘れたわけでもない。

 不安のなかでも住民達がここまでに立ち直れたのも、女王メガエラとペトロワ領からの援助があってこそだった。

 

「みなに幸せが戻りつつあるようだ。だがここからだ、より良い国を作っていくにも私もしっかりしなくてはな」


 城のバルコニーから城下を見下ろしてメガエラは呟くのであった。


「父上や母上のためにも、必ずや……」


 前国王たる父と母を失い、王位を継承し今は自分がこの王国の統治者。

 ……正直、最初は不安でしかなかった。自分のような小娘に国家を運営できるだけの学や教養はあるのか。国民達を導ける程の力はあるだろうかと。


「ここにいらっしゃいましたか、メガエラ様」


 と、背後から声が聞こえた。

 振り返ったそこに佇むは初老の男性。顔にやや皺があり髪色は灰色だが、背が高く姿勢も崩れていない。

 見た目に反して、若々しい体力を内に秘めているような気配を感じさせる。


「ギルフェか。私に何かようか?」


 側近にそう言って、メガエラは街並みに視線を戻した。


「お聞きしましたが、メリッサ様の出動要請を許可したそうですな……」

「うむ、たしかに許可したが」

「よろしいのですか? ……ここ最近、騎士達の出動理由や事後報告に、どうも不審な点が多いのですぞ。今回の要請も、どうも怪しげなことがあります。クバルスの落雷による災害の調査目的での騎士の増員などと」

「それは分かっているが……」


 ギルフェが、やや厳しくそう言うたくなるのもよく理解できる。

 何分、今だに王国の機能が完璧に戻ってはいない。そんな中でここ最近、精鋭たる騎士やそんな彼等を束ねるメリッサの行動に不審なところが多いからである。

 隊長である彼女に内容説明を問いただしても「……どうか理由は聞かないでほしい」と頭を下げての必死の説得に、ついついこちらが押し負けてしまうのだ。

 ゆえに、それはそれで女王としていかがなものかと言われても仕方ないことであろう。

 けして騎士達が何かを企てているとは思えないとは言えだ。


「ああも必死に言われてはな。それに、彼女は時が来たら真実を語ると言っていた。どうしても今は表沙汰にせず秘密裏な行動が必要なのだろう……まあ一番のところは騎士達を信頼してるからだ」


 そう言ってメガエラは笑みを見せ、城で働く者達にも目を向けた。

 真面目に警備に当たる兵士や窓を磨くメイド達。

 城の者達はみな現女王を慕い、そして支えてくれる程に優秀。


「城の者達は素直についてきてくれるし、悩み事や困り事があれば私を助けてもくれる」


 ここまでこの王国が復活できたのも彼等と国民達のおかげとも言えよう。

 もちろんメリッサが率いる親衛騎士達もそうだ。

 不明瞭なところは確かに、ここのところ多いだろうが、おそらくそれも国や人々のことを思ってのことに違いない。

 根拠はないが、そんな彼等が問題を引き起こすとは、とても思えないのだ。


「しかし、ですなぁ……」


 それを聞いてギルフェは顔を険しくさせる。


「すまんな、ギルフェ。……お前も、この国を思って私に注意を呼びかけてくれているのだろう」


 そして、その男とは正反対に穏やかな様子でメガエラは応じる。

 この初老の側近も優秀な人材である。元は父である前国王の側近。

 父が存命していた時から手助けしてくれていた人だ。

 ギルフェも国の将来を考えて、厳しくしているのだろう。


「……それと石カブトについても、お考え直しください。あのような常軌を逸脱した戦力を持つ者達を放置しておくなど、危険すぎます」

「何を言うかっ!」


 だが話を切り替えてギルフェがあの者達のことを語りだした瞬間、メガエラは先程とはかわって声を荒げた。


「あの時、彼等がいてくれたからこそ私や多くの人々が助かったのだぞ! それを危険などと……」


 異形獣が都市で殺戮と破壊の限りを尽くさんとしたとき、石カブトの多大な働きによってこの国は守られたのだ。

 そんな彼等を不穏分子のように語るのは、あまりにも無礼である。


「あれほどの戦力をたかが辺境の領主が独占するなど、あってはなりませぬ。……万が一にも謀反などを企てられたら我々はひとたまりもありませぬ」

「な、何をバカなことを! 彼等がそんなことをするわけがあるまい。今でも、あの者達は援助してくれているのだぞ」

「ともかくも石カブトを差し押さえるか、我が正規軍に編入すべきです。さすれば国民達も安堵します」


 ギルフェのその提案を聞いて、メガエラは声に怒気を含ませた。


「いい加減にせよ。以前にも言ったはずだ! 石カブトを政治の道具にするなど許されぬこと。それを条件に石カブトと友好的な立ち位置にあるのだ」


 それは絶対条件であった。

 国家間の揉め事には介入しない、そのためにも国家の正規軍に荷担するような頼みは容認しない。

 石カブトが動くのは自然災害時、国家の法に反する組織等などが人々に害を与えた時、国の自衛能力をこえる程の強力な人類共通の敵が発生した時のみなのだ。

 友好関係を保つうえで、それが石カブトと結んだ約束ごとなのだ。

 そのときだった。メガエラの頭の中にキィーン、と甲高い音が響き渡った。



× × ×



 ギルゲスの姫様を保護したと言う、重要案件。

 エリンダ様に許可を得た俺はこの事態を伝えるべく、この国家の女王メガエラ様に精神感応を試みる。

 魔術士に頼んで念話の魔術で対話すると言う手法もあるが、魔力も詠唱もいらない、てまひまかけずすぐに対話が可能と言うことで俺が報告の役割を買って出ているのだ。

 ……完全に魔術士達の仕事を奪ってるな。


(聞こえますか、メガエラ様?)


 王都は遥か南にあるが、この能力により距離の枷なく対話ができると言うものだ。


(……ム、ムラトか? これはいったい何事なんだ)


 案の定、驚愕の念話が返ってきた。

 メガエラ様と精神感応をするのは初めてだから、この反応は仕方ない。


(一種の精神感応ですよ、メガエラ様)

(お前、こんな能力ちからまでも持っていたのか?)

(驚いてるなか申し訳ありませんが、単刀直入に言います。今からあなたの脳内に直接情報を送信します、頭痛が伴うかもしれませんがよろしいですか?)


 本来なら丁寧に説明したいところだが、今は今後について考えなければならない。

 そのためにも短時間で情報のやり取りを終えたいところなのだ。


(……いったい、どういうことだ?)

(重要な情報を今から、あなたに送ると言うことです。現在、俺達の領地で何かと問題が山積みになってましてね、その事に関してです。情報処理で多少頭痛がすると思いますが、我慢してください。あなたの脳内に情報さえ送ってしまえば、全てが把握できますよ)

(よく分からんが、そうすればお前が何を伝えようとしてるのか瞬時に理解できるのだな? よし分かったやってくれ!)


 さすがだ。難解な言葉の中でも、だいたいのことは理解しているのだから。

 やはりこの方は十分な知性を持っている。


(それではいきますよ)


 そう言って俺は彼女の脳へと情報を送信した。


(あぐぅ!)


 やはり頭痛が走ったのだろう、苦痛の言葉が返ってきた。


(……ギルゲスが崩壊? 姫君を保護しているのか? バイナル王国に続いて、また一つの国が)


 戸惑った様子が見られるが、問題なく情報の送信ができたようだ。

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