拒絶される者
ギルゲスの姫様一同を保護してゲン・ドラゴンに帰還した俺達の出迎えは酷いものであった。
……まあ、こうなるとは予想できてはいたが。
「何をしに来たぁ!」
「ここから出て行けぇ!」
「人でなしどもめぇ!」
「全部、お前達のせいだぁ!」
都市の北門付近で罵詈雑言が響き渡る。毛玉人達の怒りの叫びだ。
無論、俺に向けられたものではない。
北門の近くでキャンプをはるバイナル王国の避難民達の怒りの矛先は、俺の足元近くで座り込む美少女達に向けられていた。
「……
中には入れさせんとばかりに、都市の門を塞ぐように立ち並ぶバイナル王国の毛玉人達を前にしてギルゲスの姫であるウェルシ様が脅えたように小さな悲鳴をあげる。
アリシアやハンナは、なぜ自分達に罵声が浴びせられているのか理解しているのだろう、負傷の痛みを我慢して困惑しながらも納得してるような様子だ。
「たのみます、そこを退いてください。今の彼女達は治療が必要なんです。現在でも敵対している国の者とは言え、今はそのことで争ってる場合では……」
難民達を退かせるためにも俺は説得は試みるが、怒りで難民達は我を忘れているようだ。
それこそ鈍器のように薪を掴む者もチラホラ。危険で一触即発な状況だ。
「なぜです! なぜそのような者達を助けたのですか!」
「そうよ! ギルゲスが戦争さえおこさなければ、私の夫が死ぬことも、家を失うこともなかったのに!」
「すべてはギルゲスのせいだ! 奴等が原因で我々の国は崩壊したんだ!」
……駄目か。本質的に彼女達には、何の罪もないのだが。
無関係な輩にまで怒りをぶつけてしまう。それほどまでに毛玉人達は、ギルゲスの者達を憎んでいるのだろう。
サンダウロでの戦争は表沙汰ではバイナルとギルゲスの最高精鋭同士の激戦により、両者全滅したことになってる。……実際は俺達が一方的に殲滅したのだが。
そして、それが要因となり大きく軍事力を失い、その隙をつくようにゲーダー帝国に攻め落とされた。
おおやけには、そう公表されている。
確かに難民達が、彼女達にやり場のない怒りや憎悪を向けてしまうのは仕方ないことだ。
「みんな、お願いやめて!」
「わたくし事情はよく分かりませんが、負傷者もいるのでどうかお静まりください」
そして、この場をおさめようとミアナとチャベックさんも避難民達の前に立ちふさがった。
「ミアナ様? と、なんだアレ? ……な、何をおっしゃいますかミアナ様! その女達のせいで我々はこんな惨めなことになったんですぞ。多くの犠牲者がでて、生き残った我々はどれほど苦しい思いをしたことか」
二人の姿に一瞬毛玉人達は、たじろぎを見せるがやはりおさまりそうにはない。
……たぶん「なんだアレ?」とはチャベックさんのことだろう。
「確かに、ギルゲスとの戦争が原因で多くの騎士達を失い、その結果帝国軍に国を滅ぼされたのは事実。でも今は、そんな怒りや憎しみをぶつけてる場合じゃないはずよ」
ミアナの言う通りだ。
ここで揉め事を起こしても、何かが解決するわけでもないし、みんなが助かるわけでもないのだ。
ただたんに無益な犠牲がでるだけだろうに。
「何を腑抜けたことを、ギルゲスが存在する限り争いはなくなりません……そのようなことをおっしゃるとはミアナ様、やはりあなたはあの戦いの時、臆病風に吹かれて逃げ惑っていたのですね。そして仲間達を見殺しにした!」
と、ミアナの言葉を聞いて犬の毛玉人青年がそう叫んだ。
「……わ、わたしはそんなつもりじゃ」
「じゃあ、なぜ貴方だけが生き延びたのです! みんなが死んだのに何をおめおめと……しかも失った腕までも直してもらうなんて、随分といい御身分ですね。そんなんで死んだ騎士達に向けられる顔があるのですか」
オドオドと反論しようとしたミアナの言葉を、犬の毛玉人は彼女を罵るように遮った。
「そうやって国王様も見捨てて、ここに避難してきたのではないのですか?」
「おいっ!! いい加減にしろ!」
さすがにその言動には我慢できず、俺は怒号をあげた。
サンダウロでの激闘後、ミアナがどれ程の苦難の連続だったかは直接彼女から聞いている。
無論、俺はミアナが心身ともにどれ程の苦痛を味わったかは理解はできんが。
彼女から聞いただけでは、その痛みを理解したとはとても言えない。
……唯一生き残った彼女は多くの人々から蔑まれ、恥知らずだの臆病だのと罵り声を浴びせられてきたらしい。
しかし断じて彼女は人々から爪弾きにされていいような奴じゃない。
「国王を見捨てるだと? ミアナが、そんなことするわけねぇだろ! ミアナはなレオ王子を助けるために苦渋のすえ国王を置いていくしかなかったんだ! 戦場のなんたるかも知らないお前に、ミアナを攻める資格があるのか!」
そう言って俺は出過ぎたことを言った犬の毛玉人を睨み付けた。
「……いえっ、そのぉ」
百メートルを越す俺に睨まれたためだろう、犬の毛玉人は身震いして言葉をつまらせた。
俺は気にせず、周囲の毛玉人達を鋭い目で見下ろした。
「先日、この都市が巨大な怪物に襲撃されたことは、みんなも知っているな?」
星外魔獣であるゴドルザーのことだ。もちろん宇宙生物であることは伏せ、彼等には得体の知れない巨大な化け物と言うことで通してある。
「あの時、ミアナはお前達や住民を守るために、化け物と戦おうとして死にかけていたんだぞ」
結果は、お世辞にも隊長の助力になったとは言えないものだが、国民を死守しようとしていたのは確かだ。
「命がけでお前達を守ろうとしたミアナに、それでも恥知らずだの臆病者と吐き捨てるのか?」
「……もう、いいよ。ムラト」
と、ここでミアナに止められた。
彼女のその顔は悲しげだが、どこか満足げにも見える。
「ありがとうムラト、わたしなんかのために。……でも確かに、わたしが何にもできなかったのは事実。みんなから攻められても仕方ないことなんだと思う」
「……そうか、お前がそれでいいってんなら。それでいいのだろう」
思うところはあるが、ミアナ自身がそれでいいのなら俺に何かを言う資格はない。
それに彼女の仲間を皆殺しにしたのは、この俺だ。全責任はないにしろ、俺も出過ぎたことを言える立場ではないだろう。
「そこまでっ!!」
と、いきなり大声が鳴り響いた。しかしその声質にいかつさはなく、若々しい青年のもの。
そしてその声の主が北門から姿を表す、通り道を塞いでいた毛玉人達は譲るようにその場から立ち退いていく。
「ニオン副長」
白い軍服を纏った絶世の美青年を見て、俺は自然とその人の名を口にしていた。
最凶の剣士にして、最高の科学者、そして万能の職人。ついついその名を言ってしまうのも仕方あるまい。
そして、そんな副長の背後からレオ王子を抱いたアサムがひょっこりと可愛らしい顔を覗かせていた。
「ここは領主エリンダ様がおさめられる地です。勝手なことはお控えいただきたい。領主様の指示のもとギルゲスの方々を保護いたします、異論はありませんね?」
そう言って副長は周囲の毛玉人達に険しい視線を向ける。
ここにいる以上、規則には従ってもらうと言わんばかりに。
「……す、すみません」
「……勝手なことをしてしまいました」
さすがに自分達に衣食住や医薬品までも提供してくれるエリンダ様の言葉には反発できないのだろう。
納得はいかない様子ではあろうが、毛玉人達は静まりかえるのであった。
「さあ、彼女達をこれに」
副長がそう言うと、門からまた何か現れた。
それは車輪式(ゴムタイヤ)がついた大きなカプセルようなものであった。しかもキッチリ三台。
「副長、それは何ですか?」
「連合軍で正式採用してる、自律制御の担架でございます」
副長のかわりにチャベックさんが語りだす。
「カプセル内に負傷者や患者を収容したあと、自律行動をして医療施設や各目的の部屋まで運んでくれるのです。我々チブラスが開発しました」
……この
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