成長したミアナ

「処置が終わりました」


 アリシアの右腕に包帯を巻いたチャベックさんは、彼女に応急処置を終えたことを告げた。


「あ……ありがとうございます」


 戸惑った様子でアリシアは、処置してくれた異星人に礼を口にする。

 やはりまだチャベックさんの容姿に、なれてないのだろう。


「先ほどは大変失礼をいたしました。せっかく助けに来てくれた方々に武器を向けるなど……」

「いえいえ、構いませんよ。状況が状況でしたから、仕方ありますまい」 


 救助に来た俺達に刃を向け威嚇したことをアリシアは、まだ気にしているようだ。

 だがチャベックさんの言うとおり、あんな状況では彼女達がああなるのも仕方あるまい。


「ここまでの経緯を聞きたいところだが……それはゲン・ドラゴンに帰って彼女達がちゃんとした治療を受けてからだな」


 俺は、包帯だらけのアリシアと今だに顔色が悪く横たわるハンナを一瞥する。

 なぜギルゲスの者達が、この領地にいるのか。

 それを説明してほしいところだが、アリシアは複数箇所を骨折してるし、ハンナは息切れが激しくまだ強烈な目眩があるようだな。

 そして、メイドさんとギルゲスの姫様とやらは、まだ互いに寄り添い不安げにしている。

 とてもじゃないが、まともに会話などできそうにない。


「歩けそうにないみたい。……いったい何が?」


 と、横になっているハンナの容態を伺っていたミアナが問いかけてきた。

 無論、原因は分かる。メガロバットともに行動していた翼妖獣の仕業だ。

 彼女達を負傷させた翼妖獣は、普通の魔物などではない。


「魔物どもの中に紛れていた翼妖獣の怪音波のせいだな」

「……よくようじゅう? そんな魔物、聞いたことがないけど」

「当然だ。変異性魔物は、まずこの領域でしか現れないからな」


 化学や機械を主体とする場所以外でこの手の魔物を見かけることは普通はあり得ないこと。

 賢明なミアナでも認知してないのは当然だ。


「翼妖獣の翼は発振器官になっていて、そこから赤血球の細胞膜を物理的に破壊する振動を発生させる。言うなれば奴は溶血作用の音波を武器にしているんだ。それでハンナは、ひどい貧血状態にあるんだろう」


 変異性魔物は通常の魔物と比較して桁外れに危険だ。

 並外れて肉体は屈強で身体能力も高いうえに、なかには異質な能力を武器として有している個体もいるからな。

 ハッキリ言って、アリシア達が助かったのは運が良かっただけとも言えるぐらいだ。


「……変異性魔物。何かしらの要因で突然変異した魔物でしょ、ここに来てから初めて耳にした言葉だわ」


 これは驚いたな。ミアナが変異性魔物のことを知っているとは。

 俺が知らぬ間に学習に励んでいたのか。


「この領地に来てから、色々と学んだみたいだな。環境を度外視した科学の発達の産物だ。昔程ではないにしろ、現在も変異性魔物は度々出現する」


 文明の発達は人々を豊かにする面もあるが、扱いを違えるとこのような危険も生み出す。

 元を正すと科学や機械などは領地ペトロワ内で編み出された物ではない。あくまでも大仙から供給された物。

 つまり使用法は分かるが原理は知らない、と言うことでもある。

 今は改善されたが、かつてそんな未熟な状態で科学がもたらす利便に性急に飛びついた代償が変異性魔物や宇宙生物の出現といえる。

 一見この領地は豊かで平和にしか思えんが、そう言った裏側は闇の部分もかなり多いのだ。


「……とりあえず、彼女達を都市につれていってあげましょ。話はちゃんとした治療を施してからでしょ」

「そうだな」


 ミアナの言葉に頷く。

 意外だな。ミアナが積極的に彼女達を保護しようとするとは。

 バイナルとギルゲスは一つの地域を巡って紛争状態にあった。それゆえにアリシア達や姫様を敵視するのではないかと、思っていたのだが。

 逃げ込んできた当初よりも、だいぶ落ち着きを見せるようなったな。

 オボロ隊長やアサムとの触れあいや、色々なことを知ったことで心境が変わったのかもしれん。


(……ギルゲスの輩と分かって、てっきりお前は彼女達を罵声を浴びせるんじゃないかと思っちまった)


 そして俺はミアナに精神感応を試みた。


(そう思われてたなんて心外ね)


 この声に頼らない対話手段に慣れきったような様子で彼女の言葉が返ってきた。


(あの戦争の発端は現統治者である将軍によるものだから。姫様や彼女達に何の罪はないもの。むしろ将軍の反乱で父である王を殺されたんだから、彼女も被害者の一人よ)


 ……そうだったな。元々は両国とも良好な関係だったんだ。

 こうなっちまったのも、一人の独裁者とそれに賛同する連中の仕業だ。

 敵対する相手は彼女達でないことを、ミアナはしっかり理解している。


(すまなかった、お前を見くびっていたかもしれん。ここに来た時の頃よりも、だいぶ良い意味で変わったな)

(……でも、たぶんあの時のわたしだったら、あなたの言うとおりきっと彼女達を非難していたと思う。心境が不安定だったせいもあるけど、あの時のわたしは本当に未熟だったと思うから)


 ここに逃げ込んできた時の彼女は、もうこの場にはいないな。

 魔力を失ったが、今のミアナが一番たくましく見えるぜ。

 当初の彼女は周囲が見えてない行動や言動に、俺は苛立ちや不安を感じていたが、もうその必要はない。


(……ところで、ムラト。どうしても気になってたんだけど)


 と、訝しげにミアナが俺を見上げてきた。


(あなた本当に竜よね? あなたと話してると、どうしても人と喋ってる用にしか思えないのよ。いくらなんでも饒舌すぎるような気もするし、それにあらゆる分野に詳しすぎるし)


 さすがに元大魔導士だな。お前のように勘のいい奴は嫌いじゃない。

 なかなかのところを見抜いてくる。


(……当然だろ、こんな見た目なんだから。ただ単に人並みに知能があるだけだ。人と対話ができる希竜と同じだ)


 無論、本当のことなど言えるはずもなく。どうにか誤魔化すしかないが。

 見た目は怪獣、中身は異世界人などと言えるはずもない。


(いくら希竜だって、あなたほどの思考力と知識を持つ者はいないとはおもうけど……)


 確かにミアナの言うとおり、希竜は人並みの知能はあるが、人なんかより純粋な思考をしている。

 言うなれば、欲望や傲慢や嫉妬心など悪意のような部分が乏しい。

 しかし俺は中身が人間ゆえに、そう言った人の薄汚さを理解しているし、人のような高度な知性が編み出した産物や分野にも精通している。

 今まで会話の中で、そういった単語や表現などで違和感を持たれていたのかもしれないな。


「……とにかく、今は姫様達を連れて都市に帰還することが先だ」


 これ以上突っ込まれると、話がややこしくなりそうだ。

 誤魔化すために、精神感応を止め、出発の準備を始めることにした。


「どうしたのですか!? スティア、しっかりしてください!」


 と、いきなりに子供の叫ぶような声が聞こえた。

 それはグッタリと倒れこんだメイドさんに、すがる姫様のものであった。


「過労でしょうな。恐らくここまでの道中、相当に無理をしてきたのでしょう」


 倒れこんだメイドさんこと、スティアに近より容態を確認するとチャベックさんは彼女の状態を伝えてきた。

 こりゃ早くゲン・ドラゴンに連れて帰って、休ませてやらねぇとな。


「ミアナ、チャベックさん、彼女達を俺の手の上に」


 そう言ってしゃがみこみ、チャベックさんと姫様とスティアの近くに手をゆっくりとした動作で置いた時だった。


「いやあぁぁぁぁっ!! 来ないでください! ……りゅ……竜があぁぁぁ!」


 響くは、幼い子供の泣き叫ぶ声。

 姫様が尻餅をつくと、まるで逃げ出すかの手足をジタバタさせ地を這いつくばっていた。

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