脅えるギルゲスの姫君

「ど……どうしたってんだ?」


 姫様の凄まじい悲鳴と取り乱したありさまに、俺は驚きを隠せなかった。


「やあぁ! こ……来ないでください!!」


 また叫び彼女は腰を抜かした状態で俺の手から後ずさる。

 まるで命乞いをしているようだ。

 たしかに、俺はこの巨体でこんな見た目だ。恐いだろうし、不気味だろう。

 言うまでもなく、誰だって初めて俺の姿を見た人達は驚愕したり恐れる反応を見せていた。

 しかしだからと言って、ここまで狂乱したかのように激しく恐がる人はいなかった。

 いくら何でも、この恐がりかたは尋常じゃない。


「落ち着いてください、俺は別に危害を加える気など……」

「やあぁぁぁぁ!」


 駄目だ。落ち着かせようとしても会話にならない。

 そこまでパニックになっているのか?


「どうしたのですか? 姫様。落ち着いてください、わたし達は敵などではありません」


 と、取り乱す姫様にミアナが駆け寄った。


「りゅ……竜が! みんなを……国の人達を!」

「大丈夫ですから、落ち着いてください。わたし達が、あなた方を安全な場所までご案内しますから」

「……でも竜がぁ!」


 しかしミアナでも彼女のパニックを止めることはできないようだ。


「姫様……どうか今は」


 そんな苦し気な微かな声をあげたのはメイドさんこと、スティアと呼ばれていた少女。

 彼女は疲労困憊どころではないであろう体をわずかに起こして、どうにか言葉を続けた。


「スティア?」


 メイドさんの声を聞いてか、姫様の様子がわずかではあるが和らいだ。


「姫様……今だけは……恐がらず、この方達に」

「い……嫌ですぅ……りゅ、竜は嫌ぁ!」


 スティアの懇願を拒絶するかのように姫様は泣きじゃくりだした。


「姫様、何があったかは存じませんが、泣いたからと言ってどうにかなることではありません」


 そんな少女に見かねたのか、ミアナはややキツい口調で言う。


「見てください。あなたに仕える従者達は負傷して、動けない状態なのです。歩いて行くことは無理なのです。今はムラト……いえ、この巨大な竜に乗らなくては」

「アリシア……ハンナ……スティア」


 ミアナの厳しくも現実を突きつける言葉に、姫様は従者達であろう少女に目を向けた。

 応急処置をしたとは言え、アリシアは複数箇所の骨折に内臓にもダメージがあり、ハンナは溶血による強烈な目眩、スティアは体力を消耗しすぎている、とてもじゃないが彼女達三人は動けたものではない。


(ギルゲスの姫様、聞こえますかな?)


 ……ここはイチかバチか精神感応を試してみるか。

 無論、気味の悪い対話手段と思われて更に脅える可能は否定できんが、現状声での会話は難しいかもしれん。


(……えっ? だ、誰ですの?)


 やはり脅えと驚きを隠せない様子で姫様の返答が来る。


(今、あなたの目の前にいる竜ですよ)


 そう思念の言葉を送りながら、ポロポロと涙を溢す姫様に顔を向ける。

 改めて、その姿を見るとやはりかなりの美少女であることが分かる。

 波打つ蜂蜜色の髪に美しい碧眼。

 だが、それを見てデレデレするような軽い思考を俺は有してはいないが。


(……これは、いったいなんなんですの?)


 脅えを含んだ青い瞳を大きく見開かせて姫様が俺を見上げてきた。


(声に頼らない意思疎通、精神感応ともテレパシーとも言いますかな)

(……りゅ、竜がこれ程の力を?)


 俺の思念を聞いて、姫様はまた後ずさる。

 しかし、それでも先程よりかはマシだ。スティアの説得や従者達の状態を理解したことで多少なり精神が安定したのかもな。


(初めまして、とでも言っておきましょう。俺はムラトと申します、この地の領主に従えている竜です。してギルゲスの姫様、あなたの名は?)

(……ウェルシ……ウェルシ・ランダース)


 俺が人と対話できる程の存在であることを理解してくれたのか、恐る恐ると姫様の思念の言葉が返ってきた。

 円滑な意思疎通を行うためにも、まずは互いに名を知ることが重要だろう。

 互いに名を名乗る、それだけでも姫様は落ち着くはずだ。


(ではウェルシ様、単刀直入に言います、もし俺の手に乗らないのであれば、ここから一番近い都市まで自力で歩いていただくことになりますが、よろしいですかな? 近くと言っても、人の足ではそれなりに時間はかかりますぞ)


 たとえ一国の姫様といえど、甘いことを言うつもりはない。

 選択は、乗るか、乗らないのか、だけだ。現状を考慮して、それしかないのだから余計な言葉は必要ない。


(……そ、それは……で、でもぉ)


 脅えるなか、子供らしく思い通りならないような駄々を含んだ返答。

 しかし、それでも現実は何も変わりはしないのだ。


(あなたが、なぜ俺にそんなに恐怖を抱いているのかは分かりません、しかし他の方々はもう歩けない状態です。俺が彼女達を搬送してやらなければ、いけないのです。彼女達と一緒に乗るか、一人で地を歩くか今すぐに決断していただきたい)


 負傷者がいるのだから、早いとこ決めてもらわなければならない。


「うー、うー。……分かりました、乗ります」


 駄々をこねるように唸ったあと、一拍置いてウェルシ様は苦し気に囁いた。





 やはり慣れる様子はないか。

 ゲン・ドラゴンに帰還する道中、左手に乗るウェルシ様は今だに頭を抱えるようにして脅えている。もちろん俺に対してだ。

 そんな姫様を安堵させようと、傍らでミアナが彼女の背を擦ってはいるが、あまり効果はないようだ。

 ……そもそもこの姫様は、怪獣である俺に脅えてると言うよりかは、発言から察するに竜そのものを恐れているようだ。


「ご安心ください、わたくし達チブラスの医療技術を用いれば、この程度の負傷など楽勝ちょちょいのちょいでございます。あとは美味しい物を食べれば、たちまちに元気になりますぞ! ほっほっほっ!」


 暗い雰囲気の左手とは違い、右手側はやかましい。

 とは言え、うるさいのはチャベックさん一人だけだが。

 アリシアとハンナとスティアの容態を確認しながら、相変わらず陽気に笑ってる。

 これには美少女三人も苦笑いしか見せられないようだ。

 ……まったく状況など気にした風もなく、この人は能天気だ。

 とは言え、けして悪気があるわけではないので憎めないが。


(ミアナ、お前は今回の件どう思う?)


 道中の時間を無駄にするのも、もったいないと思いミアナに思念の言葉を送った。

 俺達は常に危険や異常事態に備え思考しておかなければならないのだから。


(……どうって言われても、今の情報量じゃなんともよ)


 そしてミアナの困惑した返答が来た。

 確信を得るには、やはり彼女達から何があったのか直接聞き出すしかないか。


(そう言うあなたは、どう思うのムラト?)


 と、また彼女から言葉が送られてきた。


(いずれにせよ彼女達が難民のようにやって来たあたり、ギルゲスで何かあったのだろう)


 自分なり思考した結果を伝えた。


(その何かって?)


 その何か。

 ウェルシ様の幾つかの発言で、その何かも予測はできている。

 そして彼女達が身に付けている物にわずかに付着している成分等からも多いに情報も得られた。


(おそらくギルゲスは、蛮竜に襲われたようだ)

(……何を言ってるの? 何を根拠に)


 ミアナの納得がいかない様子の返答が来た。もちろん反論されるのは分かっていた。

 それに対し俺は裏付けを述べる。


(姫様の発言の重要そうな部分を選択し収集し、そんで彼女等の体に付着してる成分を分析した、それらを踏まえた結果だ。ウェルシ様の国民が竜に襲われた、とおぼしき言葉。それと彼女達の体に付着してる成分は蛮竜の体組織や体液に合致している)

(……ムラト、あなたいったい何を……そんなことをいったいどうやって理解したと言うの)


 俺の言葉を聞いて、驚愕した様子でミアナの言葉が返ってくる。


(俺は通常の脳以外に、独自の量子学的演算を行える別の脳器官が存在している。それによる情報の観測と記録と計算、それを応用した高精度の分析と解析、ひいては一定の未来予測も可能なんだ。俺達が今行っている、この精神感応もその器官によるものだ)

(……ムラト、あなたはいったい……ゴメン私ではとても、今のあなたを理解できない)


 だろうな。俺だって、この量子脳をほとんど理解できていないし、完全な制御もできていない。

 ……もし完全に制御ができるようになれば、瞬間移動や異世界に渡る次元航法も可能になるはずだ。

 これらを理解してきたあたり、俺と怪獣の精神同化がかなり進行しているのだろう。

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