魔獣襲撃の謎

 けして自惚れる気はないが、例外を除けば王国随一の実力者である。

 最強の剣聖の元で剣技を磨き、そして生来の高い魔力があるのだから。

 ……だが、そんなものは何の役にもたたない。

 そんなものが通用するのは、自分が認知できている極小の世界りょういきの範囲内だけの話。

 想像を絶するはるか強大な領域では、国一の自分など虫ケラもいいところだ。


「急いで彼等に知らせねば!」


 メリッサは慌てながら街の出口目指して駆ける。

 ……星の外より飛来せし怪物が出現したことを伝えなければならないから。

 仮に国家の総力を動員しても、奴等の前ではあまりにも非力。

 早く手を打たなければ、どれ程の命が失われようか。

 そんな脅威に唯一対抗できるのは彼等だけ。


「そう、焦るな」


 そして街の門を潜り抜けると、平静を失いつつあった彼女の疾走を止めたのは背後から聞こえたやや濁り気味の一言であった。


「……何者だ?」


 脚を止めたメリッサは謎の声が聞こえた方へと顔を向けた。


「な……何者なんだ」


 メリッサは思わず言葉を繰り返して後ずさった。

 くぐもった声で呼びかけてきた、その者があまりにも異質な容姿だったゆえに。

 その肉体は大柄で背後には九つの尾が揺らめく。

 毛玉人とは思われるが、頭部の大半が隠れる不気味な仮面のせいで顔は分からず、そして見たこともない服装。

 別の国の者か? だが、こんな風体をした住民がいる国など聞いたことがない。


「まさかっ!」


 と、いきなりにメリッサの脳裏に一つの答えが過る。

 聞いたことも、見たこともない。ならば考えられるのは、この大陸の者ではないと言うこと。


大仙たいせん!」


 その国名を知るのは歴史や地理の学問を受けた時ぐらい。

 ゆえに教養の乏しい一般人など、そんな国があるなど知らないだろう。

 ……しかし教養がある者でも、その国がどのような社会や文化を有しているかまでは知るはずもない。

 なにぶん、よく分からない、興味もない、はるか遠くの国としか認知されてないのだから。


「出自はな。今は別の拠点で活動している」


 九つの純白の尾をなびかせ、その謎の男は女隊長に歩み寄る。


「……お前はいったい?」


 未知との遭遇、メリッサはそう感じることしかできないだろう。

 近寄ってくる男に動揺し、また後ずさった。


「そう警戒するな、俺はお前達の敵ではない」

「……すまない」


 謎の男のその言葉に嘘はないと感じたのか、メリッサは少し間をおいてから応じる。


「俺の弟子は強かっただろう。ニオンの才覚は突出しているからな」

「……まさか、お前……いえ、あなたが!」


 何気なさそうな男の一言に、メリッサは目を見開いた。

 眼前の男が最凶の魔剣士の師であることに偽りはないだろう。その証拠に独特の圧倒されそうな気配を感じさせ、腰にはニオンと同じ刀と呼ばれし武器を挿しているのだから。

 そして甦ってくるは、そのニオンと一戦交えた時に受けた、苦痛と徹底的な敗北感の記憶。

 だがそれと同時に途方もない高揚も押し寄せる。


「あなたが、ニオンに剣技を仕込んだ方なのですか。お会いできて、光栄でございます!」


 最強の剣聖、最高の勇者、精鋭たる数多の剣士達を打倒した魔剣士を鍛え上げし者、言うなれば剣士の最高峰との出会い。

 自分も剣士であるがゆえにメリッサは敬意を抑えられず、女王を前にしたがごとく、条件反射のように方膝をついていた。


「そんなに敬意を払わんでもいい」


 そんな彼女の丁寧な態度にハクラは、頭を横に軽く振る。


「お前の判断は間違いではない。石カブトに星外魔獣が出現したことを伝えようとしていたのだろう?」

「そ、そうです! 早く報告しなければ犠牲が……」


 メリッサは今だに魔獣たるマグネゴドムとの闘いで死にかけたことを引きずっている。

 敗北の恥辱、死の恐怖、そして現人類じぶんたちがどうあがいても歯が立たないと言う無力感と虚無感を味わったがために。


「落ち着け。石カブトの奴等も、もう気づいているはずだ」

「……申し訳ありません。取り乱してしまい」


 ハクラの言葉を聞いて、メリッサは呼吸を整えると安堵したように息を大きくはいた。


「魔獣エンボルゲイノは現在ペトロワ領内に出現している。奴の発見は遅れたが、石カブトのことだ十分に対処はできるはずだ」

「……それなら、よいのですが」


 石カブトの本質は星外魔獣の殲滅にある。

 考えても、そんな彼等がこの事態に気づいていないはずがないのだ。

 ならば部外者がこれ以上関わることはなかろう。

 やっとのことメリッサは全身から力が抜けた。


「だが一つ、気掛かりなことがあってな」


 と、いきなりハクラは街の南方へと顔を向けた。


「気掛かりな、こととは?」


 そして、いつもの冷静な様子でメリッサは問う。


「今だに復興中の王都ならともかくとしてだ、なぜに魔獣がこの街に現れたのかだ。魔獣が街を襲撃する前に、ここから少し離れた位置で落雷があったそうだな」

「……たしかに」


 なぜにニオンの師がその情報を認知しているかは分からないが、たしかに街中で聞き取りを行ったさいに気が動転していた毛玉人の門番が言っていた。


「何にも分からないんだ。南の方で雷が落ちたもんで火災がおきたから動ける奴等を召集してたら、今度はいきなりに街のいたるところに雷が落ちはじめたんだ」 


 一緒に門番をしていた相方の丸焼けの亡骸の傍らで、彼はそう泣き叫んでいた。


「最初の落雷があった地点を調べてみる必要があるな。少し手伝ってくれ」


 そう言ってハクラは何かを指差す。


「……何ですか、あれは?」


 それを見てメリッサは首を傾げた。

 初めて見るものであった。乗り物のようだが、陸竜やガーボに引いてもらうような荷車なんかではない。

 前後に車輪と思われるものがあり、車体は黒い金属で覆われていた。


「原動装甲二輪車『嵐号らんごう』。側車を取り付けた、乗れ」





「パァオォォォン!」


 形容しがたい甲高い音が空に響き渡る。まるでこの世のものとは思えない。

 しかし、それは生物の咆哮なのだ。

 通常生物ではあり得ない程の巨体が空を舞う。

 翼のような器官もないのに、なぜ飛翔できるのか?

 ……それが奴等。宇宙から飛来せし化け物なのだ。


「ピィギャアァァァァ!」


 するとエンボルゲイノと名称された魔獣は飛翔速度を落とすと、突如として空中で停止した。

 そんな円盤のような頭部の先が向けられたのは、地上である。

 大地が裂け、丘がせり上がり、収納されていた数多の砲台やロケット弾発射装置がその姿を現していた。





「よおし倒せはしないでしょうけど、ちょっとした損傷くらいなら」


 スチームジャガーの秘密の一室でコンソールを叩きながら、ボサボサ髪の女性がモニターに映る紫色の魔獣を見やる。

 今まで使用されなかった、密かに設置していた魔獣迎撃用の兵装の数々が活躍するときが来たのだ。

 スチームジャガーは研究と開発の街であるがゆえに、必然と星外魔獣に襲撃される確率は高い。

 それにそなえ、みなには内緒でマエラが独自に準要塞化していたものである。


「発射っ!」


 雄叫びをあげマエラはコンソールで兵装群に攻撃開始のコマンドを打ち込んだ。

 そして砲弾やらロケット弾やら数え切れない程の弾の嵐が現場上空のエンボルゲイノに襲いかかる。

 モニターに映る魔獣は、たちまちに継続的発生する爆炎と黒煙に覆いつくされた。


「どうよ、この威力! 多少なりのダメージは与えられたはず」


 そして一分近く砲撃を続けると、魔獣の状況を確認するため砲撃を一旦中止させた。

 モニターに映るのは砲撃で発生した黒煙、それが徐々に晴れてくる。


「どげぇっ! 効いてないじゃん!」


 そこには傷一つすら負っていないエンボルゲイノの姿があり、思わずマエラは女性らしからぬ驚愕の声を上げた。


「……くそぉ。そんなに奴の表皮が頑丈なの? でも傷一つすらつかないなんて。……てか汚れすらついてないし、おかしいわ。……もしや一種の力の場、バリアを発生させてるんじゃ」

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