破壊されしクバルス

 いくつもの建物の屋根や壁が破損し、中には倒壊したものも。

 所々では今だに煙が漂い、散らばる残骸には焼け焦げたあとがあり、炭化しきった木材もある。

 ……一見、大火災のあとのようにも思われる。

 が、しかし街の地面にクレーターらしきものが数多く穿たれ、あたかも爆発でもあったかのように表面には焼けたあとがあった。


「……惨いな」


 王都に一番近い街、クバルスと呼ばれしその栄えし街の中央広場に並べられた百近い遺体を眺めながら、国家直属の騎士達の長たるメリッサは顔をしかめる。


「うあぁぁぁ!」

「……父さん……父さん」


 所々で遺族達の慟哭が鳴り響く。

 建物の倒壊や火災によって亡くなった人々、だがそんな中に異様な死体が紛れていた。

 熱傷を負った遺体。しかし、それは火によるものではない。


「ひどいものです。これは感電死ですね、隊長。雷が落ちた位置から近いところにいたのでしょう」


 青白い顔で言ったのは彼女の部下であるまだ若い青年騎士メップ。

 彼の言うとおり、それらの遺体に刻まれしは電流痕。

 だが、まだこれは綺麗なものであった……。


「うっ……これは」

 

 歩きながら眺めていたメリッサの鼻をいきなりに刺激してきたのは異臭、これにはたまらず呻くような声をあげる。

 そして、その遺体の数々を目にとめるとあまりにも凄惨な姿形にメリッサは声を濁らせて言う。


「直撃を受けた者達か」


 身元が分からない程に真っ黒に焦げついた亡骸だ。

 裂けた部位から生焼けの内臓がはみ出ていたり、頭蓋が砕けて茹でられたような脳味噌が漏れ出て眼窩から眼球が飛び出している。


「うぅ!」


 これには思わず口元を押さえるメップ。

 騎士である以上、闘いや遺体には多少なり慣れてはいるが、しかしこの惨さは予想を上回るものだったのだろう。


「しっかりするんだ、メップ!」


 メリッサは屈み込みそうになった傍らの青年を気遣うことはせず、厳しく言いつける。

 自分達は国家直属の精鋭。多くの民衆の前で醜態を見せるわけにはいかない。

 ただでさえ偽者の王が引き起こした国家動乱の影響で、不信感を抱く者も少なからずいるのだから。

 これ以上の失態は許されない。


「……す、すみません隊長」


 どうにか立ち直りはしたが、それでもメップの顔色は悪い。

 そして、そんな彼にメリッサは淡々と指示を告げる。


「一先ず、情報の収集だ。他の騎士達に聴き込みをするように伝えなさい」

「了解しました」


 この場所から走り去るメップを見送ると、メリッサは再び亡骸達に目をむける。

 騎士達に要請が伝えられたのは、まだ日が昇りきらない時であった。

 彼女や彼等騎士達が動員されると言うことは、自然や魔物がらみの大災害や他国からの侵攻や得体の知れない異常が発生したことを意味している。

 そして今回の一大事はクバルスでの集中的な落雷。


「今回のこれは異常現象だな。……だけど」


 そう言って今度は彼女は街並に視線を移す。

 街の三分の一が焼失していた。

 死者も負傷者も共にかなりの数。


「異常とは言え、あまりにも度がすぎる」


 当時、雷雲などなかったはず。にも関わらず落雷の発生。しかも一度や二度ではなく幾度も。

 そして何故か雷が街の中だけに落ちると言うもの。

 不自然もいいところだ。

 ……もはや異常の一言どころではない。





 そしてそれは聴き込みの最中である。一人の毛玉人の前でメリッサは顔色を変えていた。

 よほどの事がなければ、動揺しない彼女がだ。


「……ギルドマスター、それは本当なのか」

「ああ、本当だ。なぜだかは分からないが」


 騎士に包帯を巻かれながら、そう応じるはギルドマスターたるグンジ。

 疲れたように座り込む彼は、左肩を負傷していた。

 そして、その周囲には重軽傷の冒険者達。

 屈強な彼等でも、この災いの前ではどうすることもできなかったことが分かる。


「なぜか魔術が使用、いやっ発揮されなかったんだ。なんで魔術が使えなかったのか?」

「……魔術の行使が不可能だと」


 グンジのその言葉でメリッサは戦慄で背筋を震わせた。

 魔術が行使できない現象、正確には魔術の元となる魔粒子の凝縮の妨害。

 そんなことができるのは……。あの化け物しかいない。


「まさか宇宙の怪物どもが、この地に?」


 メリッサは誰にも聞こえないような囁きを溢した。


「再び魔術が使えるようになったのは、落雷がおさまって数刻してからだったよ。もし魔術さえ使えていたら、火災の広がりを食い止められていたし、こんなに犠牲者もでなかった。……くそ」


 悔しげにグンジは右拳を地面に叩き付ける。

 魔術さえあれば、せめて火災の拡大くらいは抑えることができたはず。

 そうすれば、こんなに人々が死ぬことはなかった。

 しかし、彼のその悔やむ声にメリッサは反応を見せずに、ただただ目を見開くだけ。


「馬鹿な、この街に機械の類いはないはず」

「メリッサ隊長? どうされたのです」


 隊長の様子の変貌を感じたのか、メップは心配げに声をかける。

 あの冷静で人望が厚い彼女が、心の平静を失っているのだ。

 ゆえにメップもことが重大かつ危機的であることを薄々と感じたのだろう。


「……メップ、一先ずこの場を頼んでも良いか。今は何も聞かないでほしい、それだけ事が大きく、秘匿にしとかなければならないことなんだ」

「えっ? ええ、それはもちろん構いませんが」

「助かる。やらなければならないことがあるのでな、すまんが私は一度クバルスをでるぞ」


 メリッサはこの場を部下達に預けると、一人慌ただしい様子で街の門を目指すのであった。


「隊長は、どうされたのだ。いつもと様子が?」

「いったい、なにが……」


 彼女が立ち去る姿を見送ると、他の騎士達も不安げな声を並べた。




 上空には何もないはずだ。青い空と白い雲しか映らないのだから。

 だが空間がわずかながら歪んでいるようにも見える。

 視認しにくい、何かが泳いでいるようにも感じられる。

 ……何もないのに、何かがいる。そんな矛盾ありえるのだろうか?

 だが星の外から飛来せし魔の怪物なら……。


「ピギャアァァァァパァオォォォ!!」


 何とも形容しがたい咆哮が大気を振るわせる。

 超音波と甲高い獣の鳴き声を合成させたような響き。

 そして空間に色素が染み渡るように、巨体が姿を現す。

 飛翔するその怪物は六十メートルはあろう。

 ふとましい肉体は暗い青と紫を基調とした色をしており表皮は滑らか。

 その長大な首は軟体生物のごとくうねり、頭部は円盤状の乗り物のような独特な形状をしており、黄色の目が煌めき、さらに二つの触覚が生えている。

 そして、その怪物は機械に溢れた街を目指しながら巨大な目玉を輝かせた。




『作業を中断し、至急近くのシェルターに避難してください! 繰り返します。作業を中断し……』


 ほとんどが研究施設や開発施設などで構成された街に緊急放送が鳴り響いていた。

 そして白衣や作業服を着たスチームジャガーの人々は慌てた様子で走り回っている。


「不味いわね、発見するのが遅れちゃったわ。こんな大型の魔獣が襲来するのは初めてね」


 そんな機械に満たされた街のどこかにあろう施設の薄暗い一室で、ボサボサ髪で長身の女性がモニターを見上げていた。

 巨大な怪物が飛翔する映像が流れている。


「透明化したりセンサー等に引っ掛からないあたり、一種の熱光学迷彩のような能力を持ってるのかしら? 高い遮蔽能力を有してるようね」


 そしてその女性……この街の副局長のマエラはやや焦りぎみにコンソールを叩いた。


「石カブトに要請は入れたけど、彼が到着するまで時を稼がないと。各迎撃兵器を機動させて、と」


 そして、いきなりに彼女は顔をあげる。


「そうそう新種の個体だから名称をつけないと……妖電奇獣ようでんきじゅうエンボルゲイノ」

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