逃げ回る超獣

 強化型電磁加速砲の一撃でオボロを転倒させた超獣ヴァナルガンは、いきなりに足底部から推進力たるプラズマを噴射させると地面から僅かに浮き上がった。

 超獣の体内の核融合器官は今だに停止中であり、この場合の推進は熱量や圧縮大気を用いた熱核ジェットではなく、予備電源からの電流と巨体に吸蔵した水素を燃料とする電気推進方式であろう。

 ……それゆえにか浮揚するだけで、さすがに飛行できる程の推力はないようである。


「あつつつつ……野郎!」


 そんな浮かび上がる超獣の足下から数十メートル程。

 あまりにも強力な運動エネルギー弾の激突で地面を転がったオボロは、被弾部である胸部を押さえながら立ち上がる。


「……胸骨が折れたようだ」


 そして胸の中央部に突き立つダーツのような砲弾を握ると、グリグリと捻りながら引き抜いた。

 撤甲弾を抜き取った胸の裂目から鮮血が吹き出る。

 が、そこはさすがに超人の回復力。損傷部こそ塞がりはしないが、一瞬にして流血が治まったのであった。

 弾速マッハ十近くの安定翼が備わる撤甲弾の直撃を受けてもなお、その超人は存命、どころか致命傷も負っていないとは……。


「ジュオッ!」


 ……だからこそだろう、ヴァナルガンは追撃を加えるのであった。

 轟音とともに、再び音速の十倍近い安定翼がついた撤甲弾が発射された。


「ぐへあっ!」


 こんどは腹部に直撃。しかし貫徹はしない。

 ゆえに、さながら腹に強力な打撃を食らったようなもの。

 内臓にダメージを受けたらしく血反吐を吹き出して、オボロは大地を転げた。


(シキシマ!)

「ガァオォォォン!」


 ハクラの指示を受け、オボロを援護するために海洋戦人は駆け出した。

 そして急接近してヴァナルガン目掛け、重い鉄拳の一撃。


「ジュオッ!」


 しかし超獣は迫り来るパンチの距離を十分に把握していたのか、足底部のスラスターを吹かして後退。

 シキシマの一撃を避けたのだ。


「ガァオォォォン!」


 そして来るであろう反撃に備え、シキシマは防御できるようにすぐさま体勢を整える。

 ……が、どうしたことか。

 ヴァナルガンはその場で浮遊するだけで、攻撃してくる様子を見せなかった。


「ガァオォ!?」


 訝しげに思いながらもシキシマは、右手を前方に向け五指から原子熱線砲を照射。

 大気を電離させる高エネルギーの青白い閃光が線を引く。


「ジュオッ!」


 だがこの攻撃も超獣は回避して見せた。

 熱線が照射されてから避けたのではなく、シキシマの腕の動きを読んで体を傾けたのだ。


「やってくれるぜぇ! だが電磁加速砲こんなんでオレは死なねぇぞぉ」


 そして地面をゴロゴロと転がった超人が、また立ち上がる。

 それと同時に、またもやヴァナルガンは電磁加速砲を射出。

 

「あたぁ!!」


 量子デバイスで射撃統制された砲弾が外れるはずもなく、超獣に背中を見せていた状態だったためオボロのその巨大な背に安定翼付きの砲弾が着弾。

 またも強烈な打撃となり、超毛玉人を転倒させる。


「グオォォォォン!」


 機械ではあるが建造魔人は自我を持つ。ゆえに明らかに妙であることに気づいていた。

 しかし今は、そんなことを考えてる場合ではない。

 仲間オボロが攻撃されてるのだ、助けなくては!

 シキシマの右鉄拳が、またも超獣に繰り出されるが……。


「ジュオ!」


 ヴァナルガンは足底スラスターを強く吹かし、大地を滑るように高速で移動してシキシマの拳を避ける。

 そして、またも立ち上がりかけてるオボロに向けて電磁加速砲を発射した。


「またかよ、ちっくしょおぉぉぉぉ!」


 マッハ十近い打撃を食らい、ゴロゴロと転がるのは四度目。

 地面に幾度も叩きつけられながらオボロは叫ぶのであった。





 その戦いの場景は観測衛星とドローンによって、遠く離れた銀河連合軍の多目的揚陸艇のブリッジでも映像として確認することができる。


「なんだ? 逃げ回っている……のか」


 無数のコンソールとモニターが並ぶブリッジ中央部、立体映像で表現される怪物達の戦場。

 映し出されるのは猛攻を仕掛けるシキシマと、反撃など一切せずに逃避に走るヴァナルガン。

 その情けない姿の超獣を見て、ハクラは小さく呟く。


「……あのヴァナルガンが逃げ惑っている」


 同じく映像を眺める白肌の女性異星人は驚愕の表情を見せる。

 自分達が手も足もでなかった怪物が追い詰められてる姿、ゆえに驚きを隠せない。

 そして、そいつは文明と生活と仲間達を奪った怨敵。


「いよし、そこが貴様の処刑場だ! 今度こそくたばれ」


 それが今まさに倒せそうな状況なのだ。

 仲間達の無念、全てを失った憎悪。それが晴らされようとしている。

 ならリミールが凶暴そうな笑みを隠せないのは、仕方ないことであろう。


「……万策つきて無様に逃げ回っているだけか? あるいは生存本能による猛烈な抵抗として闇雲に足掻き回っているのか?」


 狂喜するリミールを尻目にすると、ハクラは考え込む。

 魔獣も超獣もバカではない、なのにそんな愚かしい行動などにいたるだろうか。

 奴等の恐ろしさは戦闘能力だけではない、時には何かを考えて企む。

 そしてまた立体映像内の戦場に視線をむける。

 シキシマは次々と拳を繰り出すが、逃げ回りながらヴァナルガンはその攻撃を見事に避け続けた。

 そしてオボロが立ち上がると、彼に砲撃を加えて転倒させる。

 ……映像の内容は、それの繰り返しだ。


「装甲と砲口を投棄しての軽量化と被弾面積の減少。攻撃を避けることを主目的としたから、そうしたのだろう」


 ガスマスクの中で誰にも聞こえないように、ハクラは囁く。


「……だが奴はいったい、何をしようとしているんだ?」


 今のヴァナルガンの行動は妙である。

 反撃など一切せずにシキシマから逃げ回るだけ。

 そして発射速度を下げ、初速を著しく高めた強化型電磁加速砲で継続的にオボロを狙い撃つ。


「……オボロに動かれると厄介だから、それを抑制するため執拗に砲撃しているのか?」


 だがこれではダラダラと無意味な長期戦闘になるだけになってしまう。

 まるで悪足掻きにしか……。


「奴は、いったい何を?」

「司令! ヴァナルガンの損傷した融合器官にエネルギー配分が集中しています。急速に器官の修復が行われているようです」


 と、いきなりにそう言ったのはコンソールを操作しながらモニターを見やる副司令であるリズエル。 


「なに……まさか」


 そしてようやくハクラは結論に達したようであった。





「くっそぉ! あいつ目、ウロチョロとぉ」


 その何とも歯痒い戦闘を遠くから眺めるナルミは我慢ならず声をあげた。

 反撃もせずにシキシマから逃げ回る超獣。

 そんな悪足掻きで決着がつかない、苛立たしい場景である。


「よおし、こうなったらクサマに援護射撃を……」

(ナルミ! すぐにクサマに援護を呼び掛けてくれ!)


 と、いきなり彼女の頭の中にハクラの言葉が響き渡る。

 やや慌てていることが分かる。


「ちょうど今、クサマに伝えるところだよ。超獣のヤツが動き回ってるせいで決着がつかないから。あいつ死にたくないから逃げ回っているんだろうけど……」

(いや違う、奴は体内の核融合器官が再生するまでの時間を稼いでいるんだ! 融合器官が再稼働しだい奴は恐らく飛行用スラスターを点火させて逃亡するだろう)

「えっ! それって、ヤバイんじゃ……」


 敵が逃亡する、撤退する。

 即ちそれは闘いに勝利したことを意味する。

 戦争、決闘、そう言った人の闘争の概念の中ではそう言うものだろう。

 ……だが星の外から来た、こいつらは違う。

 もし逃走を許したら、更なる災いとして再来することを意味している。

 奴等は成長と強化を繰り返す。

 その化け物達は情報を獲得することで肉体の強化、改善。(身体能力向上・肉体の強靭化や増幅・耐性の獲得)

 そして攻撃能力や特殊能力を発揮する生体武装や生体器官の構築や機能向上を行うのだ。(能力獲得・能力強化)

 ……もしここでヴァナルガンを取り逃がしたら、奴は今回の戦闘データを基に自己改良を施して、更なる強さと能力を獲得した姿で現れるだろう。

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