沈黙するヴァナルガン

 大型魚雷がまともに着弾したヴァナルガンの脇腹の破損部からは、モクモクと黒煙が上がり、そして壊れた機械のごとく火花が噴き出す。

 超獣の足下や周囲には、体内器官だったとおぼしき金属片や機械的な物が散らばっていた。

 装甲などにはこれと言ったダメージは殆どないようだが、内部機構はかなり損傷していることが理解できる。


「……ジュオッ……オッ……オオオ」


 そして重々しい鳴き声らしきものを響かせ、ギギギギと金属が擦れるような音を発しながら崩れ落ちるように方膝をついた。

 オボロに半数近くを破壊されたことで、残り少なくなっていた複眼からも凶悪げな赤い輝きが失せる。

 そして一気に静寂がやって来た。


(油断するな、完全に奴を破壊するまで気は抜けん)


 沈黙したヴァナルガンを見やる二機の魔人達の人工の脳髄にハクラの言葉が走る。


「ガァオォォォン!」

「ン゙マッシ!」


 気を引き締めた、がごとくシキシマとクサマが応じる。

 魔獣も超獣も、その生命力には計り知れないものがあるのだ。

 敵が確実に死滅したことを断定するまで、油断は許されない。

 





 そして遠くからその様子を眺めるナルミも、警戒しながら息を飲む。


「……死んだの?」

(まだ、分からん。今、分析している)


 彼女の不安げな囁きに、遥かどこかにいるであろうハクラの声に頼らない返答。

 さながら距離などに影響されない無線通信。

 戦いの場にいる者達に、瞬時に情報や指示を伝えることができる画期的な未知の通信技術と言えるだろう。


(……体内の核融合器官が停止。魚雷着弾による衝撃で破損したか、あるいは異常をきたしたのだろうな)


 ヴァナルガンの動力器官が停止したことをハクラは伝える。


(エネルギーの供給が断たれたがために、超獣は沈黙したのだろう。だが、この程度で死んだとはとても思えない。……ナルミ、クサマに大神弓ごうがんの用意をさせておけ。ヴァナルガンの体を完全に破砕しつくすぞ)


 それはクサマの機体内に収納されている一撃必殺の武装。

 一瞬にして地上から消し去るには最適な物である。


「でもクサマは腕が……」

(シキシマが射る、至急頼むぞ。いつ奴が復活しても、おかしくはないからな)






「あっ! おつむが治ったぁ」


 沈黙したヴァナルガンから、わずか数十メートル。

 クサマの誘導弾の余波で吹っ飛ばされて地面に転がっていたオボロは、ムクリとその筋肉の要塞のごとき肉体を起こした。

 どうやら誘導弾の爆破のショックで、混濁としていた意識と思考が正常に戻ったようである。

 そして、そんな血塗れのフルチンの超人にもハクラの思念の言葉が伝わる。


(問題はないな? オボロ)

「ああ、大丈夫だ。ちぃとばかし、頭と体が痛かったが」


 ハクラの心配なさげな言葉に、オボロは痛む頭をかきむしりながら事も無げな様子で応える。

 誘導弾の爆発に巻き込まれて「痛い」で済んでるのだから、まさに超人と言えるだろう。

 その頑丈さに絶対な信用を寄せていたがためにナルミもクサマも、躊躇わずにオボロもろとも超獣を爆撃したのだろうが……。


(さすがだな、と言いたい。お前の強靭性なら、やはり誘導弾ぐらいでは死なんか)

「えっ! 誘導弾アレって死ぬのか? てっきり少してぇぐれぇかと思ってた。……まあ実際に食らってみて、かなり痛かったけどよぉ」

(……そうか)


 オボロの脳筋を遥かに通り越した発言に、ハクラはそれ以上の言葉を述べることはなかった。

 しかし彼は内心でこう言った「お前は何を言っているんだ」と。

 ……そして。


「野郎は、どうしたぁ?」


 脳ミソの具合を確かめるかのように己の頭部を小突きながらオボロは立ち上がると、すぐ近くで沈黙した超獣を見上げる。

 体高五十八メートルの巨体と、体重六万トン以上の大質量。

 こうして改めて見ると、やはりその巨大さが実感できる。

 


(魚雷着弾により内部機構が相当な損傷を受けて、活動を停止したようだ。だが、まだ完全に倒したとは思えん。今から確実に消し飛ばす、オボロそこから離れてくれ。しかし警戒は怠るな、どんな事態にも備えておけ)

「ああ、分かってらぁ。一度ひでぇ目に合ってるからな」


 ゴドルザーの死んだふりからの奇襲、数十時間前に受けたその痛みと苦汁の記憶を忘れるわけがない。


「このままおとなしく、くたばってくれるといいんだがよ」


 白銀の巨体を見上げたままオボロは腕を組み囁く。

 隙も油断もなく気は引き締めてはいるが、何気ないその言葉はまさにフラグと言えるだろう。

 電力を断たれた照明のように真っ暗だったヴァナルガンの複眼が突如として真っ赤な輝きを取り戻したのは、超人が囁いて二秒弱程してからだった。





「ジュオォォォン!!」


 闇夜に機械的怪物の咆哮が轟く。

 損傷して内部機構が剥き出しになった脇腹から、部品を溢しながらヴァナルガンはぎこちないながらも立ち上がった。


「な……なんて奴、エネルギーの生成は停止したんじゃ!」


 突如として活動を再開させた超獣にナルミは驚愕して目を見開いた。


(融合器官は、まだ再稼働していない。……量子蓄電器官予備電源が立ち上がったんだ!)


 超獣の分析を行っていたであろうハクラの言葉が、戦場にいる皆の頭の中に響き渡る。

 そして超獣の変化は、それだけではなかった。

 いきなり轟音とともに大地が揺れ動く。

 それはヴァナルガンの両肩部の装甲が落下した衝撃。超獣自らが装甲を投棄したようである。

 そして巨大な腰マントのごとき腰部装甲も外れ、大地にズズンと食い込んだ。


「……装甲を外した?」


 その超獣の行動を見つめながらナルミは囁く。

 一部の装甲を捨てたことでヴァナルガンの姿は、さっきまでの重厚な形とは違い、スマートで身軽そうな容姿であった。

 そして次に変化が起きたのは、頭部側面に備わる電磁加速機関砲。


(金属細胞を増殖・集合させて、機関砲を急改造しているのか?)


 ハクラの言葉どおり、ヴァナルガンの側頭部内に収まっていた電磁加速砲の砲身がはみ出る程に伸長して行く。

 まるで高速で植物が伸びるように。


「ジュオォォォ!」


 そして変化し終えると、再びヴァナルガンは咆哮を響かせた。


「いったい、何のつもりなの?」


 装甲も破壊光弾砲も投棄するなど、防御力と火力を著しく低下させるようなもの。

 その行為にナルミは訝しげに思うのであった。

 まだ戦闘は終わってない、と言うのにいったいどういう考えなのか?

 ……相手は星外超獣ゆえに、思考など読めたものではないが。





「野郎! やっぱり生きてやがったか」


 突如活動再開したヴァナルガンを睨みつけオボロは戦闘体勢に移る。


(オボロ、もう一度奴の行動を止められるか? 体内の融合器官は停止状態だ、ゆえに戦闘能力は著しく落ちているはずだ。今度こそ動きを止めて、確実にとどめをさす)


 そしてハクラの言葉が超人の頭に響き渡った。


「あたぼうよぉ!」


 オボロは力み、全身の筋肉をはち切れんばかり隆起させた。

 いつでも攻撃可能である。


「ジュオッ!」


 だがオボロが攻撃してくることを察知したのか、ヴァナルガンから超人目掛け一発の砲弾を発射された。

 凄まじい衝撃波を纏った弾心、その一撃を回避できずオボロは胸に被弾した。


「どへあぁぁぁぁ!!」


 叫びながら二十トン以上の肉体が十メートル程転がった。

 さっきまで電磁加速砲を食らってもオボロは怯みもしなかったのだが?


「痛っでぇ~! くそっ」


 大地を転げたオボロは身を起こして着弾部である胸に目を向ける。そこにはダーツ状の弾心が突き刺さっていた。

 よほどの威力だったのだろう、体毛もろとも胸部周辺の表皮が抉れ、大胸筋の筋繊維が剥き出しになっている。


(改造したことで初速が大幅に向上したんだ!)


 その初速は火砲の限界値を大きく凌駕しており、その初速は音速の十倍近いもの。

 肉体を貫けなかった分、その強烈な運動エネルギーが打撃となりオボロの巨体を転倒させたのである。

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