与えられぬ決定打

 次々と繰り出されるシキシマの鉄拳。

 一撃でも当たれば、対核装甲でも大ダメージは免れまい。

 しかしヴァナルガンは巧みにその拳を避け、時には大きく後退して格闘攻撃が届かない位置へと離れる。


「でぇあぁぁぁ!」


 そして逃げ回りつつ、隙なくオボロに照準をつけて強化型電磁加速を射出して叫び声をあげさせる。

 ただ単に、そのパターンが繰り返されるだけ。

 ……撤退するための時間稼ぎのために。

 魔獣も超獣もバカではない。ゆえにヴァナルガンも分かっている。

 現状で戦闘を継続すれば確実に己は倒されると。

 ゆえに引き際なのだ。

 しかし魔人と超人から、飛行機能なしで安全圏まで撤退するのは不可能。

 熱核ジェット推進を再機能させるためには、破損した体内の核融合器官を修復して再稼働させなければならない。

 だからこそ現状の能力を逃避に集中させ、エネルギー生成系統が再生するまでの時間を稼いでいるのである。

 一部の武装と装甲を投棄した軽量化による機動力向上と、それに加え各機能を回避に充てればシキシマの攻撃を避け続けることも然程困難ではない。

 さらに、こちらから攻撃行動を一切しなければ、それによって反撃を食らうリスクも減らせるし、逃げ回ることだけに集中できる。

 つまり、もうヴァナルガンは戦ってなどいないのである。


「うぼあっ!」


 そして、また電磁加速をオボロに向けて撃ち出す。

 これは超人を殺傷するために攻撃しているのではなく、強力な運動エネルギー弾をぶつけることで動きを封じているのだろう。

 ある意味、砲撃で拘束していると言える。

 人類から見ればオボロは巨体だが、超獣から見れば虫けらのごとき。

 しかしその小ささゆえに、小回りが効き、すばしこっく、にも関わらず超獣に匹敵する場合によっては上回る程の筋力を持つ超人。

 そんな奴に接近されたり、取りつかれたり、懐に入られると危険極まりない。

 ゆえに継続的に射撃を加えて身動きが取れないようにしているのだ。





「クサマ! 超獣あいつの動きを止めて」


 ナルミが魔人に向けて出す司令は、とても大まかなもの。


「ン゙マッシ!」


 しかしそれで十分。

 具体的なことは全てクサマ自身が判断して実行するのだから。

 ただの機械は人の命令に服従して遂行する物。

 しかし魔人はナルミが戦友だからこそ、彼女の指令に応じるのである。

 そして、その巨体の両肩部装甲が展開し現状唯一の武装たる複数の誘導弾が発射された。

 制御された強力な弾が音速を越えて、逃げ回る超獣に迫る。


「ジュオッ!」


 しかし一鳴きしたヴァナルガンが迫り来ていた全ての誘導弾を、連続的射撃をせずに電磁加速砲で迎撃せしめ、虚しくも空間に黒煙をあげるだけとなる。


(くそっ! 全て撃ち落としたか。出力を向上させたことで電磁加速砲の発射速度が低下しているものだから、弾幕をはって誘導弾を迎撃するのは困難だろうと思っていたが……弾種を変更して、そこのところを補ってきたか)


 ハクラが忌々しげな言葉をあげる。

 けして超獣は超精密に計算して誘導弾に砲弾を命中させたわけではない。

 発射した電磁加速砲の弾が誘導弾の付近で爆散し、そこからぶちまけられた高速の金属ペレットによって撃墜されたのである。

 初速が上がったぶん電磁加速砲が掃射できなくなった、と言う弱点を弾種の変更によって補ってきたのである。


「ぐわいっ!」


 そして徹甲弾に弾種が変更された電磁加速砲が、オボロに向けて射出された。

 血飛沫をあげながら超人がゴロゴロと転がる。


「あいつめっ、どこまで用意周到なの! 誘導弾じゃ、超獣を止められないよぉ」


 電磁加速砲を食らい続けてる隊長の心配などせずに、ナルミは苛立たしげに動き回る超獣を見やる。


(どのみち奴の動きを止めないことには、神弓ごうがんを当てるのは無理な話だ。ここはオボロに頑張ってもらうか)

「……隊長に?」


 頭の中に響き渡るハクラの言葉にナルミは首を傾げながら応じる。


(オボロを奴の体に取りつかせ、超獣の動きを妨害してもらう。そして奴の中枢部を損傷させ、動きを止めた後に神弓ごうがんでとどめだ)

「中枢部?」

(奴の後頭部の周辺を見ろ)


 言われてナルミはその部位を注視する。

 装甲の一部がなくなり内部が露出していた。


「たしか隊長が剥ぎ取った部位だよね?」


 あれ以降から装甲が修復されてないところを見ると、戦闘行為や現在進行中の逃避に必要ないと判断したからだろうか。


(そうだ。解析して分かったが、中枢部、つまり奴の電脳のうは頭部にある、人と同じだな。あそこに強力な攻撃を与えることができれば中枢部にダメージを浸透させられる、そうすれば奴の機能を更に大きく削ぐことができるはずだ)


 だがしかし、肝心の要である超人は……。


ぃぃぃぃたいたいたいたい!」


 今だに電磁加速の砲撃によって身動きとれない状態である。





「ガァオォォォォン!」


 鉄拳が唸る。

 しかしヴァナルガンが大きく後退したことで、悔しくも空振りに終わった。

 攻撃も防御も捨て去った超獣の動きは、とても速く、そしてこちらの攻撃を良く見極めてくる。


「ガァオッ!」


 掴みかかろうとしても、足底部スラスターによる急加速による瞬間的な横移動により捕らえようとした腕が空を切る。

 けしてシキシマが遅いわけではない。ヴァナルガンが完全に戦闘を放棄して、全ての機能を回避に回しているからなのである。

 ……このまま逃げ回られていたら、いずれ動力系を修復されたのちに撤退を許してしまうだろう。

 それは何としても許してはならない。


「グエーッ!」


 が、唯一今のヴァナルガンの機動に対応できるであろうオボロは電磁加速砲の継続攻撃により身動きが取れず叫び声を響かせている。


(シキシマ)


 と、そのとき自分の開発者であり指令役である男の言葉が人工頭脳に響き渡る。


(一旦攻撃を止めて、オボロの盾になれ。ヴァナルガンの動きを抑え込むには、あいつが必要になる)

「ガァオォォォォン!」


 絶対の信用を寄せるハクラの指示に海洋戦人が躊躇せず従うのは、言うまでもなく。

 けしてロボットは人に与えられた命令に服従しなければならないではない。

 クサマと同じく彼も自分の意思で指令通りに動くのである。

 シキシマは推定五千トンもの巨体で高々と跳躍すると、転がるオボロの付近に着陸し電磁加速砲の盾となるべく射線上で方膝をついた。

 それにも構わずヴァナルガンは砲撃を加える。

 マッハ十近い砲弾がシキシマの巨体に何発か被弾するが、やはりその超装甲にダメージを与えることはできなかった。


「おぉ! すまん、助かったぜ!」


 立ち上がったオボロは砲撃がこなくなったことに気付くなり、盾役になってくれたシキシマを見上げて礼を告げた。


「ちぃっ! だけどよ、どうしたもんか」


 マッハ十近い砲弾を幾度も浴びたせいで血塗れかつ徹甲弾が複数突き刺さる肉体のままオボロは歯痒く舌打ちをする。

 オボロに攻撃が来なくなったからと言って、別に戦況が改善したわけではないのだ。

 このままではヴァナルガンに攻撃ができず逃げられてしまうだろう。

 

(オボロ! 聞こえるな?)

「おっ! お前か」


 そして声を用いない言葉が突如として超人の頭の中に響いた。


(奴の体にもう一度取りついて、動きを妨害してくれ)

「そいつぁ、やまやまだがだいぶ難しいかもな。今シキシマの陰からでたら、野郎は精密射撃ぶっぱしてくるだろうからな。十分に耐えられはするが、体がぶっ飛んで動きを抑え込まれちまうぜぇ」

(一応の考えはある、まあお前が超人だからこそできることではあろうが……)

「そうか。ならやってやるぜぇ、痛みだけじゃあオレは死なねぇからよぉ」


 ハクラの提案にそう言ってオボロは好戦的な笑みをみせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る