戦人の一撃

 その出力パワーは、いったいどれ程のものか。

 二本の角を持った五千トン以上の巨体が夜の大地を高速で駆ける。


「グオォォォン!」


 そんなシキシマは咆哮のごとき音を轟かせた。

 墜落したヴァナルガンまでの距離は、おおよそ一キロ。

 シキシマの走力なら十秒とかからずに駆け抜けられるだろう。

 ハクラが開発した動力源と駆動系による機動力は、まるで神の身技のようであった。





「……す、すっごい速度」


 遠くから疾走してくる建造魔人を眺めながらナルミは唖然と口を開く。

 無論のこと、クサマの飛行速度には及ばないだろうが単純な二足での走力ならあの二本角の魔人の方が上であった。

 そして、その機体はクサマ以上に大きく、重量も倍以上。

 それであの機動力なのだから必然とクサマ以上の出力であることが理解できる。


(海洋戦人かいようせんじんシキシマ。基礎設計はニオンだが、俺が開発した魔人だ。独自に色々と機能も追加してある)


 そして、やはりハクラの声が頭の中に響き渡った。

 あの戦人こそが、彼が向かわせた加勢なのだから。


「……海洋戦人シキシマ。水中戦特化型なの?」

(ああ、そうだ。だが安心しろ、シキシマは水陸両用の魔人。陸上でも十分な性能を発揮できる)


 ハクラの説明に偽りはないだろう。

 実際にシキシマは大地をもの凄い速さで駆けているのだから。

 そして、そうこう会話している間に墜落した白銀の超獣が起き上がり、臨戦態勢に入っていた。


「ジュオ!」


 ヴァナルガンの両肩部装甲に備わる計六つ砲口から青い閃光が漏れだしている。


「熱プラズマの光弾が来るよ!」

(狼狽えるな)


 ナルミの注意に、ハクラは落ち着いた様子で応じる。

 今にも複数の電離体破壊光弾が発射されようと言うのに、シキシマに回避するような素振りはない。

 ただ超獣に向かって、突っ込もうとしているだけである。


「ジュオォォォ!」


 そして咆哮を合図としたがごとく、ヴァナルガンは破壊光弾を投射した。

 夜の空間を照らすいくつもの青白い高熱のエネルギー弾が、超高速でシキシマ目掛け直進する。


「グオォォォン!」


 すると一直線に走るシキシマは胸の前で両腕を交差させる。防御のつもりなのか。

 そして致命的な程の破壊力を誇る光弾がシキシマに着弾する寸前、エネルギー弾が見えない何かに弾かれ拡散した。

 拡散したプラズマの大部分は大気中で四散し、一部は地面に降り注ぎ土壌を融解させる。

 そしてシキシマは何事もなかったかのように交差させていた腕をおろした。


「プラズマ光弾を弾いたの?」


 さっきのは装甲の強度で破壊光弾を防いだのではない。

 ナルミが捉えていた光景は、エネルギー弾がシキシマに着弾する直前で不可視の何かに干渉され拡散した、と言うものである。

 そして、そんな彼女に応じるようにハクラの言葉が頭の中に響き渡る。


(シキシマには指向性エネルギー兵装が搭載されている。その投射に必要となる荷電粒子イオン化した微粒子の圧縮や収束を制御する電磁力場形成装置を応用した防御機能だ。それによって機体前面に一種のバリアーである電磁障壁を展開し、光弾を弾いたんだ)

「……す、すごいけど、指向性エネルギー兵器なんて大仙でも実用化できていないはずなのに……いったいどうやって?」

(そう言った質問は後回しだ。今は戦闘に集中するぞ)





 破壊光弾を電磁障壁で防いだシキシマは、走りながら右手を前方に向けった。

 指向性エネルギー兵器たる原子熱線砲の照射である。その目標はヴァナルガン。


「ガァオォォォ!」


 咆哮するシキシマの五指の先端から荷電粒子の奔流が亜光速で突っ切る。

 荷電粒子線が大気を電離させ二体の巨体の間に閃光を生み出した。

 そのビームは細く鋭い、一見ひ弱そうにも見えるが……。


「ジュオッ!」


 海洋戦人が放ったビームは、白銀の超獣の左肩に着弾。

 照射点を中心にして装甲が一瞬発光すると、轟音とともに爆炎が上がり、ドロドロに融解した金属細胞が飛び散った。

 爆発による衝撃のためか、ヴァナルガンはバランスを崩したようにやや仰け反る。


「グオォォォン!」


 その隙を突くようにシキシマは走る速度をさらにあげ急接近。

 瞬時に懐に入り込み、その白銀の胴体に強烈な右鉄拳を叩き込んだ。

 それと同時に凄まじい大轟音が空気を揺らす。


「ジュオォォォ!」


 叫んだのはヴァナルガン。

 シキシマの一撃が強烈だったのだろう。

 胴体の装甲が大きくひしゃげ、緩和しきれなかった衝撃によって吹っ飛ぶようにその場から後退した。

 しかし、やはり核攻撃にも耐えた装甲である。超獣に致命傷を受けた様子は見られない。

 だが左肩部装甲の破損によって、しばらくは左肩の光弾砲は使用できないだろう。


「……ジュオ!」


 ヴァナルガンは足底部のプラズマ推進器を噴射させ地面から浮上すると、大きくシキシマから離れる。

 一度、態勢を立て直すのだろう。

 そしてシキシマは臨戦態勢はとらずに、ナルミとクサマのもとに歩みよった。


「グオォォ」


 シキシマは小さく音を鳴らすとナルミを見下ろした。

 彼女は呆気にとられた様子で無言のままシキシマを見上げてきた。

 そして今度は両腕と片脚を切り落とされたクサマに顔を向けた。

 黒き装甲の巨体は地面に這いつくばるような姿をしている。


「……ン゙マッ」


 そんな見下ろしてきた戦人に応じるかのようにクサマは残った上腕部を大地に押し当て、上半身をどうにか起こしシキシマを見上げた。


「グオォォォン」


 そしてシキシマはしゃがみこみ、クサマの肩を掴むと、そっと起こしあげた。

 倒れてしまわぬように支えながら、どうにか姿勢を整えてクサマを地面に座らせるような形にした。

 ……明らかに労っていることが分かる。


「そうか、二人は副長が設計したんだもんね。二人は兄弟なんだよね」


 その様子を見ていたナルミは感激するように呟いた。

 この二体の魔人には自分達が兄弟であると言う情報は入力されていない。

 本能なのか、あるいは現代科学では理解できないような心の働きのようなものなのか。

 理由はどうあれ、確かにこの機械仕掛けの魔人達は自分達が兄弟であることを認知し、そしてそこに絆や情を感じているのが分かる。

 ゆえに彼等は、意思を持たないただの機械装置でもなければ戦闘兵器でもないのだ。


「ジュオォォォ!!」


 そんな建造魔人達に横槍を刺すがごとく無機質な咆哮が轟く。

 指向性エネルギー攻撃はシキシマに通用しにくいと考えたのか、ヴァナルガンは両腕からプラズマを用いたビームサーベルを形成させた。


「ガァオ!」


 シキシマも立ち上がり臨戦態勢に移る。

 先程の原子熱線砲と鉄拳の一撃は超獣に多少のダメージを与えただけにしかすぎない。

 戦いの本番は、これからなのだ。


「ン゙マッ」


 そしてクサマも、最後の戦いに備えるかのように肩部装甲を展開した。いつでも誘導弾を発射できるように。

 両腕と片足を失い、もう格闘はおろか移動もままならない。

 固定砲台としてシキシマを援護するつもりなのだろう。

 そしてナルミは激闘が再開されることを感じて息を飲む。


「クサマとシキシマなら……やってくれるよね」


 今の彼女は祈ることしかできない。

 歯痒い思いだが相手は超獣。ただの人間である自分ではどうしようもできないことだから。


(ナルミ、安心しろ。クサマとシキシマの二体だけじゃない)


 緊張に包まれるそんなナルミの頭の中に言葉が走った。


(オボロが接近中だ。どうやら、あいつは不死身らしい。途中でヴァナルガンから剥がれおちて、別の場所に着陸していたようだ)

「……えっ! 本当? よかった」


 ハクラの吉報にナルミは思わず大きな声をあげ、安堵の涙を一粒。

 やはり隊長は無敵なのだ、そんな強い人がいなくなるわけがない、そう思って忍者少女は目を潤めつつも笑みを見せた。


(有利なのは俺達の方だ。なんとしても、この超獣を殲滅するぞ)

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