超人が燃え尽きる

 ヴァナルガンの飛行能力は到底普通の生物はおろか兵器でも考えられないものであろう。

 体内の融合炉から生み出される膨大な熱エネルギーと大出力のプラズマジェットにより垂直離着陸および超音速巡航能力を実現している。

 さらに吸引した大気を推進材と使用することで大気圏内であれば無制限に近い飛行が可能。

 それほどの飛行能力を持つ白銀の超獣にとって、大気圏離脱などあまりにも容易なことなのだろう。

 白銀の人型機動兵器のごとき巨体が青白いエネルギーを噴射しながら、もの凄い速さで高度をあげていく。

 ……そして、その超獣の頭部付近でオボロは凄まじい加速と三百度以上の空力加熱に耐えていた。

 振り落とされないように、両手の強靭な爪をヴァナルガンの装甲に食い込ませる。

 オゾン層を抜け、やがてオボロの目の前に広がったのは不気味ながらも幻想的な光景であった。

 宇宙空間と言う暗闇に無数の星々が輝き、そして自分達が暮らす場所が球体であることが分かる。

 ……初めての景色、そして信じがたいことばかりの場景であった。

 自分達はけして平面世界の陸地を歩いているのではない、惑星と言う球体状の表面を歩いているのだ。

 それが理解できる光景だった。

 しかし、その幻想の余韻に浸ることはできなかった。

 目と口の中に鋭い痛みが走る、涙液と唾液の沸騰であった。 

 ここは真空、体液が煮える空間なのだ。

 即死はせずとも到底人類が生きていられる環境ではないのである。

 ……と言うよりも、こんな領域まで全裸まるごしでやってこれたこと事態が驚愕であろう。

 それはオボロが超人だからこそできたこと、だろうが。

 そんな超人をしとめるのは困難だから、ヴァナルガンはこのような手段にでたのだろうか?

 宇宙空間と言う過酷な環境に追いやって、オボロの息の根を止めると言う考えなのか。

 しかしヴァナルガンは背面と足底のスラスターを噴射して体の向きを変えると、離脱したばかりの惑星の方向に向かって急加速した。

 それは地表に向かって進むのではなく、落下することを意味していた。

 ……して超人と超獣は約マッハ三十で惑星へと落下しいく。

 断熱圧縮により周囲が光輝くプラズマに包まれ、数千度以上の高温に晒される。

 生身での大気圏突入であった。





(……大気圏内に再突入したか、オボロを燃え尽きさせるつもりか)

「ねぇ、隊長はどうなっちゃったの?」


 頭の中に語りかけてくるハクラにナルミは問いかけた。

 オボロを密着させたヴァナルガンが天空に姿を消してから、すでに数分経過している。


(ヴァナルガンに引っ付いたまま、大気圏を通過している)

「それって、まさか……」


 ハクラの言葉を聞いてナルミが驚くのも無理はない。

 つまり隊長は今、なんの装備もつけずに超獣と一緒に宇宙に出て大気圏への再突入に至っている。

 ナルミだって知っている、宇宙空間から大気圏への突入がどれ程危険か。

 超高温と超高圧が発生するフェーズなのだ。

 隕石のような岩石だって流星となり砕けて散ってしまうのだ、生身で耐えらるものではない。

 そんなことになれば、オボロの肉体は原子未満までバラバラになり大気中を漂うことになるだろう。


「うわぁ!」


 すると出し抜けに天空が青白く輝き、ナルミは思わず目を瞑り、両手で顔を覆った。

 しばらくして閃光がおさまったことを感じると、ゆっくりと目を開け、顔から両手を離した。


「……ジュオ」


 不気味な無機質な声らしき音が鳴り響く。

 さきほどの強烈な閃光のせいでまだ視力がおぼつかないが、その鳴き声でヴァナルガンが宇宙から帰還してきたのが理解できる。

 さっきの閃光は大気圏突入によって発生したプラズマによるものだろう。

 そして空気抵抗と逆噴射で減速して大地への激突を防いだ、と思われる。

 徐々に視力が回復するにつれ、白銀の超獣が足底スラスターを響かせながら滞空する姿がハッキリと見えてきた。


「……隊長は?」


 ナルミは白銀の超獣の体を見渡した。

 離陸する前、オボロはヴァナルガンの後頭部付近を攻撃していたが……。

 しかし目を向けたそこに人影はなく、装甲が剥がれて内部のメカニズム感あふれる器官が剥き出しとなり火花を上げているだけであった。

 破損した状態だったため、大気圏突破に耐えきれずに装甲が剥がれ落ちたのだろう。


「隊長がどこにもいない……」


 青ざめながらナルミは目をこらす。

 ヴァナルガンの頭部にも、胴体部にも、どこにもオボロの姿がなかった。


(……大気圏で燃え尽きたのかもしれない)


 苦し気なハクラの言葉が頭の中に響き渡った。


「……そ、そんな……隊長が死ぬわけ」


 ナルミは声を震わせた。

 隊長は、どんな厳しい状況も痩せ我慢一つで打ち勝ってきた。

 どんな攻撃を受けても耐えきり、平然としていた。

 そんな無敵の人が死ぬわけがない。そう思いたいところだが……。

 だがしかしオボロの姿はどこにもない。

 いくら無敵の隊長と言えども大気圏突入には耐えきれなかった、と言うことだろうか。


(ナルミ、オボロの死を悲しんでる場合じゃないぞ)


 冷静を装ったようなハクラの言葉が響き渡る。彼も同じく動揺はしているのだろう。

 しかし今は仲間の死を悲観してる場合ではない。


「ジュオォォォ」


 ヴァナルガンがまた不気味な鳴き声をあげ、ナルミとクサマに紅く輝く複眼を向けた。

 奴等には破壊と殺戮しかないのだ。こちらの仲間が死んだという心境など察せず、攻撃してくるのは当然。


「……でも、どうすれば……クサマはもう」


 ナルミは溢れそうになった涙を拭い、滞空するヴァナルガンをみあげた。

 ハクラの言うとおり今泣いてる場合ではないのだ。

 オボロのことを思うのであれば、超獣を打ち倒すことだけ考えなければならない。


(オボロは十分に時間を稼いでくれた)

「ジュオッ!」


 そうハクラの言葉が聞こえると、何かを察知したのかヴァナルガンが東の方へと顔を向けた。

 そして、それと同時に凄まじい轟音が響き渡った。

 金属同士が激しくぶつかったような衝撃が周囲に広がる。

 ヴァナルガンの顔面に大質量の物体がぶちあたったのだ。

 白銀の金属で形成されている顔に亀裂が入り、いくつかの複眼が飛び出しバチバチと火花を散らす。


「ジュオォォォ!!」


 あまり衝撃に姿勢を崩して、滞空していた超獣は墜落。

 大地に激突して辺りを揺るがせた。


「な……なに?」


 いきなりのことに驚愕しながらもナルミは、ヴァナルガンにぶつかった巨大なものに顔を向けた。


「……鉄の拳?」


 紛れもない空中を舞うそれは、強固そうな金属の拳であった。

 そして、その巨大な拳は前腕部に備わる姿勢制御用噴射器アポジモーターを器用に噴射させ向きを変えると、やって来たであろう東の方へと飛び去った。


「あ……あれは。建造魔人?」


 拳が飛び去った方角を見てナルミは唖然と口を開く。

 およそ一キロ程離れた位置にそれがいたのだ。

 飛行する巨大な船舶に空輸されし戦人が。

 そして、その巨体を吊るしていたワイヤーが解かれ、青みをおびた灰色の装甲を持つ魔人が大地に降り立った。





「間に合ったか」


 ハクラはブリッジのスクリーンを見上げて声を溢した。

 そこにはナルミ達の元に向かって疾走するシキシマの姿が映し出されている。

 オボロがどうにか時間を稼いでくれたおかげで、どうにかシキシマの到着が間に合った。

 そんな彼のためにも今はその死を悲観して場合ではない。

 無駄にしないためにも、弔うためにも、ヴァナルガンはここで討たなければならない。


「……だが、本番はこれからだな」


 シキシマ一機で超獣と戦えるだろうか? クサマも援護くらいはできるだろうが。

 超獣は一体で星の文明を終わらせることができるほどに強い。

 今までのデータを見ても、最低で建造魔人二機相当の戦力は必要だろう。


「もしもの時は」


 ハクラは懐から黄金色の笛を取り出した。

 しかしその形は笛と言うよりも、ロケットのようである。


「それは?」


 ロケット状の笛を眺めるハクラにリミールが問いかける。

 そして一息おいて、ガスマスクで濁った声が発せられる。


「制空鉄人の起動装置……」

「し、司令!」


 しかしその言葉はリズエルの奇声のような言葉に遮られた。


「どうした?」


 奇っ怪な声を発した彼女にハクラは目を向けた。

 何かに驚いているのかリズエルは目を見開いている。


「……先程、観測衛星で捉えたのですが……今、映像を出します」


 驚愕しながらもリズエルはコンソールを制御して、捉えたものをスクリーンに表示した。


「……な、なにぃ!」

「う、うそでしょ!」


 それにはハクラもリミールも唖然の声を響かせた。

 ……もはや何と言えばよいのか。

 それはナルミ達がいる地点から南に約三十キロ地点の映像。

 全身に大火傷と重傷を負ったオボロが走り回る姿であった。

 ……オボロは死んでなどいなかったのだ。

 おそらく大気圏通過の途中で掴んでいたヴァナルガンの装甲が剥がれ、離れた位置に着地してしまったのだろう。

 大ケガはしたもののオボロは全裸フルチンで大気圏突入を成し遂げていたのだ。

 ……彼が生きていたことを喜ぶべきか、あるいはその恐るべき生命力と耐久力を称賛すべきか、それとも異常な不死性に戦慄するか、何とも言えないものであった。

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