何故に裸は強いのか

 超人と超獣が激戦を繰り広げる夜の戦場から数百メートル離れた中空にそれは浮かんでいる。

 それは直径三センチ程の球体状の小型航空機。

 高性能なカメラやセンサーが搭載され、吸引した大気を噴射することで推力を得ている。

 これ程に小型軽量でありながら高機能な装置である。

 そして、この機械装置が収集した情報がリアルタイムで遠く離れた多目的用揚陸艇に送信されていた。


「三番艦の到着まで、あとどのくらいだ?」


 メインモニターを見ながらハクラは白肌の女異星人に問いかけた。

 モニターの映像には、踏みつけて地面に深々とオボロをメリ込ませた超獣が、ゆっくりとその足を退ける姿。


「……現状の三番艦の速度を考えて、あと十分程かと」


 リミールは慣れた手つきでコンソールを操作しながら返答した。

 シキシマを空輸する三番艦。それが戦場に到着まであとわずかである。


「こ……これは!」


 すると、いきなりにリミール以外の女の声がブリッジ内に響く。


「なんだ? リズエル」


 ハクラは声をあげた女性の傍らに歩み寄った。

 その青肌の女性もリミールと同じく座してコンソールを制御して何かを分析していた。


「戦闘中のオボロ様を分析して分かったのですが、あの方の金玉タマタマが異常に高温になってるのが分かりました」


 リズエルがそう言うと、別のモニターにオボロのサーモグラフィーが表示される。

 彼女の言うとおり、たしかに高温であることを告げるようにオボロのサーモグラフィー図の生殖器が白く輝いていた。

 ……別に彼女は、ふざけてるわけではない。

 超獣や魔獣と生身で渡り合えるオボロのその強さを解明するためにも、超人の肉体の状態を分析するのは重要なことであろう。


「……睾丸が?」


 ハクラは不気味なガスマスクで覆われた、その顔をサーモグラフィーに向けた。マスクの影響で声は濁っている。

 たしかに睾丸は精巣を一定の温度に保つため、冷却機能として放熱する働きはある。

 戦闘の影響で睾丸内温度が上昇したからだろうか?


「これでは、あまりにも高温すぎます。もはや生殖と排尿と言う機能の枠をこえているとしか……」


 リミールも手を止めて、映し出されるサーモグラフィーを食い入るように目をむけた。


「……そうか生殖や排泄だけでなく、戦闘中に発生した熱を体外に逃がす器官にもなっているのか」


 しばらく考えこんでいたハクラは、いきなり納得したかのように頷き腕を組んだ。

 オボロは全裸になると肉体機能が通常よりも向上することは前々から分かっていた。

 これなら辻褄があう。


「だから裸になると、放熱器官である睾丸が外気にさらされて熱の発散がより良くなり、それによって身体能力が向上していたのか」

 

 オボロは全裸になると強くなる理由、それはけして根性や精神論ではなく、しっかりとした理屈があってのことだった。


「リズエル、このままオボロの分析を続けてくれ。まだまだ解明することが多い」

「分かりました」


 ハクラは副司令に分析の継続を命じると、また思考する。

 今だに超人の謎は多い。

 あらゆる攻撃や環境にさらされても耐える頑強な肉体と生命力。

 どんな重傷からでも、すぐに復帰してしまう回復力。

 一五〇〇万馬力以上と言う馬鹿げた程の超怪力。

 兵器も武器も魔術も加護も不要と言わんばかりの存在。

 そして、それらを支えるエネルギー源はなんなのか。とてもじゃないが普通の食事などで、それほどのエネルギーを賄うことは無理である。

 なら他に別のエネルギー供給源がある、と考えられるのが当然だが……。





 ……そして、なぜ誰もが六万トンを越えるヴァナルガンに踏みつけられたオボロを心配しないのか。

 もう皆、感じているのだ。

 超人ヤツが、それしきのことで死んだりしないと。





「あたたたた! くっそ、よくも踏んずけやがったな」

 

 六万トン以上の質量が落下したことで形成されしクレーターの中心部にメリ込んでいたオボロは痛む頭を押さえながら土中から這い上がった。

 致命傷こそないが、流血はあるし痛覚もあるので超人とて痛みは感じる。


「ジュオッ?」


 さすがの超獣もこれには驚きを隠せなかったのか、足下で蠢くオボロを見て小さな声をあげた。


「……ちっ! 腕が折れちまった」


 自分の左腕があらぬ方向に曲がっていることに気づいたオボロは舌打ちをし、その折れた腕を掴みゴキゴキと矯正すると、調子を確かめるように二、三回程手の開きと握りを繰り返す。


「よし、治った!」


 そして、それだけ言ってオボロは目の前に佇む無機質な白銀の化け物を見上げた。

 恐らく損傷していた肘関節の靭帯が瞬時に修復されたのだろう。

 そして、それだけでなく肉体の各軽症部が塞がり流血が止まっていく。

 ……電磁加速砲、高熱放射、六万トンを越える質量の押し潰し、それらを耐え凌いだこの男に死はあるのだろうか。


「ほらっ! 続きだぁ」


 叫ぶとオボロは跳躍して、ヴァナルガンの頭に飛び乗ろうとした。


「……ジュオォォォ!」


 しかしヴァナルガンは素早い挙動で顔面に向かって飛び上がってきたオボロを叩き落とす。


「てぇ!」


 再びオボロは地面に激突し、そこにまた超獣の巨大な足が迫ってきた。


「そう何度も踏まれてたまるかよ!」


 立ち上がったオボロはその脚力で疾走してヴァナルガンの股の間を通り抜け、白銀の巨体の背後に回り込んだ。

 後ろに回り込まれたことを理解したのか超獣は挙げていた足を地につけ後方に体を向けようとしたが、オボロの動きの方が速かった。


「もらった!」


 再び跳躍したオボロは容易く超獣の頭に飛び乗った。

 しかしヴァナルガンの装甲は強固で、さらに巨体によって衝撃を拡散させてしまう。

 超人の鉄拳を持ってしても、ダメージを与えるのは困難だが……。


「何も殴る蹴るだけが攻撃じゃねぇぜ!」


 そう言ってオボロは後頭部からうなじにかけての装甲の縁に両手の指を引っ掻ける。

 超獣の装甲とて隙間はある、そして隙間があればどんな装甲と言えど縁となる部分はあろう。


「おりゃあぁぁぁ!」


 雄叫びを響かせオボロは両腕、脚、背筋に力を込めた。

 すると巨大な装甲がひん曲がり、メリメリと音を立てて剥がれ始めた。

 殴る蹴るなどの打撃は体重に左右されるが、圧迫や牽引と言った手段は質量にはあまり左右されず馬力が物を言う攻撃である。

 装甲を壊すのが困難なら、剥ぎ取ってしまえば良いとオボロは考えたのだろう。

 これなら衝撃拡散効果も無視できると言うもの。


「ジュオォォォ!」


 痛みはなかろうがこれには堪らなかったのか、ヴァナルガンはすぐさまに装甲から高熱放射を行い迎撃した。


「ぐぅわっ!」


 超獣の全装甲が白熱化し閃光ととも強力な赤外線が放射される。

 オボロは約四千度もの高熱に晒されることになるが、それでも装甲から手を離さなかった。


「さっきは、たまげて滑り落ちちまったが、今度は離さねぇぞ。オレが焼け死ぬか、お前の装甲が剥ぎ取れるかだ!」


 全身の体毛が徐々に炭化していき肉が煮える。

 しかし、その灼熱に屈せずオボロは力を込めてヴァナルガンの装甲を引き剥がそうとする。


「ジュオォォォ!」


 するとヴァナルガンは突如雄叫びを響かせると、足底と背部のスラスターを点火した。

 白銀の巨体が高速で急上昇していく。


「うおっ! なんだ?」


 いきなり飛行を始めたヴァナルガンに驚きながらオボロは周囲を見渡した。無論、装甲を離さないようにしながら。

 彼の目に写ったのは、もの凄い速さで地面が遠く離れていく光景であった。





 ナルミ達も、その様子を見ていた。

 オボロを乗せたまま、ヴァナルガンが天空の彼方へ消えていくのを。


「た、隊長が!」


 オボロを張り付かせたまま超獣は、いったいどこへ向かって飛んでいってしまったのか?

 そして、ハクラが彼女の脳内に語りかけてきた。


(みるみる高度を上げている。……奴め、まさか大気圏外に出るつもりか)

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