焼かれる辺境の街

 メルガロスの南方にある辺境の街。

 王都から離れた地域とは言え、人々は多く喧騒が響く。

 夜とは言え、太陽が沈んで早々に時は経過していないのだ。

 ゆえに物々しい武装を携えた冒険者、大荷物を背負う旅人や行商人、など人々でごった返している。

 そして、そこにいるのは人間だけでなく、毛玉人、エルフ、ドワーフ、ホビットなど諸々である。

 この街より更に南方にあるのは、かつて亜人と総称されていた多種族達の領域、ゆえにこの辺境の街に多くの種族が出入りしていても不思議なことではない。

 そのためか、この街の人間達は国の中央に住まう輩とは違い、元々彼等に偏見の目を向ける者は少なかった。

 前々から唯一、多種族達が気楽に人間と交流できていた場所でもある。


「明日は、魔族の残党狩りだ」

「遺跡にトロールが住み着いた、そうだ」


 そう冒険者ギルドからの依頼内容を語りながら歩くは冒険者達だ。

 魔王軍が崩壊したことでメルガロスの脅威はなくなったが、今だに魔族の生き残りが度々現れたりもするし、なにより魔物と言う存在がいなくなったわけではない。

 国の宿敵がいなくなっても、冒険者達に舞い込んでくる仕事は多いもの。

 いつもどおり、それは変わりないのだ。

 魔物を倒して、銭を稼いで、旨い飯を食い、明日に備え寝る。

 生死の危険はあれど、これがこの世界の普遍の日常。


「……おや?」


 と、そんな時に遥か遠くの空を見やって声をあげたのは一人のホビットであった。

 肉眼がとらえたのは、不思議な何かである。

 所々から青白い閃光を発しながら、飛翔しているものを発見したのだ。

 おそらく高度一千メートルの辺りを飛行していると思われ、それがかなりの高速でこの辺境の街に向かってきている。

 その姿を何と言えばよいか。……曇った銀色の重厚な甲冑と言えるか、あるいは無機質な人型の何かか。


「おい、なんだいありゃ?」

「……こっちに向かってきているぞ」


 そして、ついにそのホビットだけでなく、次々と道歩く人々がその向かってきている存在に気付き始め、足を止めた。

 その存在が接近してくるにつれ、あまりにも目だってきたからだ。

 青白い閃光を噴射していることもそうだが、何よりかなりデカイからである。

 そして近付いて来ている無機質な巨大な人型の肩部装甲から、何やら青く輝く光の球体が六発、七発、八発、と撃ち出された。


「……何か、光の球を出したぞ」


 太陽のように輝く複数の球は、それを発射した主以上の高速で街に向かってきた。

 ……誰も理解できなかったであろう。

 これが高密度エネルギーの砲弾であることを。

 空飛ぶ甲冑らしきものが砲撃してきたなどと。

 次の瞬間、破壊電離体光弾(高熱プラズマ弾)が街の至るところに着弾し、凄まじい爆炎があがった。





 メルガロス王都。

 その正門付近に、まるで守護者のごとき居座る機械仕掛けの巨人。

 灼熱の超獣から受けた損傷は、まだ完全には修復しきれていない。

 もちろん動くだけなら問題なかろうが、激しい戦闘などは難しいであろう。


「ふぅー、ある程度なら修理を手伝えるけど……」


 息を吐いて、そう言ったのは右手にレンチ左手にドライバーを持つ、くの一姿の少女。

 ナルミが修理を行っていたのは、三角座りをしているクサマの右膝の箇所であった。

 クサマには自動修復機能が備わってはいるが、やはりグランドドス戦時の破損が酷かったため、修復には時間がかかる。

 それゆえに微弱ながらも彼女は修復の手助けしていたのだ。

 ……もしまた、あの怪物達が現れてもいいようにと。

 だがしかし、いざやってみると難しいものであった。


「……うむむ、未知の科学と高度な技術の集大成……いくら機械が得意なあたしでも手がつけられないよぉ」


 建造魔人とはオーバーテクノロジーの塊、だからこそナルミはお手上げ状態。

 クサマを操るのは彼女だが、開発したのはニオン。

 魔人の全てを理解しているわけではないのだ。

 それを見越してクサマには自動修復機能が備わっているのだろうが。


「ン゙マッ!」


 しかし現実は厳しいもの、修理を待ってくれるほど敵は甘くはなかった。

 少しでも自動修復にエネルギーを割り当てるためにも、稼動を停止していた魔人が目を覚ましたのだ。

 目が発光し声のごとき音が鳴り響く。魔人は何かを察知したのだろう。


「いきなりどうしたのクサマ!」

(ナルミ、聞こえるか!?)


 いきなりに動きだしたクサマに驚き目を丸くするナルミの頭の中に叫ぶような言葉が飛び込んできた。

 声も魔術にも頼らない通信、してこんなことができるのは限られている。

 ムラト、そして……。


「副長の先生、いきなりどうしたの?」

(超獣が出現した、すぐにクサマを発進させるんだ! モタモタしていたら百や千どころではない、万単位あるいはそれ以上の犠牲がでるぞ!)


 ハクラの焦りようから、ただ事でないことは十分理解できる。

 と言うか、超獣という言葉が話の中にあるだけで人類存亡クラスの事態がすでに起きていることを意味しているが。


「そんな! 無茶だよ」


 ナルミは、いまだ不完全な状態の魔人に目を向ける。

 とてもじゃないが戦える塩梅あんばいではない。

 しかし石カブトにそのような甘さは許されないのが事実。

 自分達が戦わなければ、待っているのは多くの犠牲と破滅しかないからだ。


「ン゙マッシ!」


 ややぎこちないがクサマは力強く立ち上がった。


(無理させてすまんな、ナルミ、クサマ。おそらく、オボロも超獣のもとへ向かってるはずだ。……出現したのはグランドドス以上の上位個体だ、俺達もすぐに増援を向かわせる!)





 撃ち出された破壊電離体光弾の威力たるや、建物も人々も粉々に粉砕するものであった。

 光弾の着弾地にあったものは一瞬で蒸発し、その周辺のものは凄まじい爆炎に飲み込まれ四散し、そこから発生した衝撃波は人々も瓦礫も音速で吹き飛ばし、その高速で飛び散った物は凶器となって建物を砕き人の肉体をズタズタに抉った。

 そして着弾地の土壌は融解し、あらゆる物が舞い上がり、あちこちで火災が巻き起こる。

 初撃で辺境の街は瞬く間に地獄と化したのだ。

 そして響くは恐怖と激痛の叫びであった。


「うわあぁぁぁん! お母さん!」


 泣くのは犬の毛玉人の子供、周辺が燃え盛るなか両脚がもぎれた母に抱きすがる。


「あうっ! いやぁっ! いやあぁぁぁ!!」


 錯乱したように走っているのは駆け出し冒険者の少女。

 彼女は仲間とおぼしき少年を引きずっている。助けようとしているのだろう。

 しかし彼は上半身だけになっており、断面からは生焼けの内臓があふれでていた。


「う……あ゙ぁぁぁぁ……あ゙ぁ」


 死にかけの老人のごとき呻き声。

 しかしそれを発しているのは顔が半分だけの美女。

 両脚と左腕、それと顔の半分を失った彼女はズルズルと地面を這う。

 そして無慈悲なことに、そんな彼等のもとに体高五十八メートル、質量推定六万二千トンの怪物が降り立った。

 瀕死の者や死体が巨大な足に押し潰され、大質量の着地の衝撃で建物が次々と倒壊する。


「ジュオォォォ!」


 はたして、それは鳴き声か?

 あまりにも重々しく、不気味で無機質な音。

 とても生き物が出すようには思えない地獄の響きであった。 

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