冷酷なる砲撃

 ……腕をもとに戻せる。

 チャベックの何気ないその言葉に、ミアナは驚き目を大きく見開く。


「それって、どう言うこと!」

「そのままの意味でございますよ、ミアナ様」


 いきなりに立ち上がったレッサーパンダの少女に対し、頭足類のような異星人は事も無げな様子で焼き菓子をサクサクと食べながら答えた。


「うぅぅん、これは素晴らしいものです」


 焼き菓子がよほどに旨かったのだろう、チャベックは感心したような声をあげると目元を垂れさせる。

 そして、またお茶をすすると甲高い声で話を続けた。


「自慢する気はございませんが、我々チブラスの医療技術は銀河一。欠損した臓器や器官をクローニングで作製するなど、今や初歩中の初歩なことなのです」

「……内容はよくわからないけど、あなた達の医療なら私の腕を治せるってことなの?」


 傷を癒すことなら魔術でも可能だ。

 しかし失われた器官を元に戻すなど、それこそ随一の治療魔術を持つアサムにも不可能だろう。


「そんなことが……本当に」


 魔術を利用せず、魔術以上のことを可能とする。

 元魔導士である彼女から見れば、神秘の奇跡であると同時に得体の知れないものに感じることだろう。

 そして、ミアナは右腕の縫合された部分に左手をそっと置いた。


「元に、戻るの」


 親友、仲間、国王、魔術、そして右腕。それら全てを失った。

 死んだ者達と失った力は、もう帰ってこない。

 しかし無くした腕は蘇らせることができる。

 と、その時であった。

 いきなりに、チャベックから電子音が鳴り響いたのだ。


「おっ! 失礼いたします」


 するとチャベックはカップをテーブルに置くと、どこからか携帯端末を取りだして、その小型機器のスイッチを押した。


「はい、チャベックです」


 そしてその機器に語りかける。

 どうやら無線通信のようだが、アサムもミアナもそれがどういうものか分からないらしく目を丸くすることしかできなかった。

 周囲に通信の声が漏れてないあたり、おそらく指向性音なのだろう。


「……ええ……はい……な、なんですと!」


 と、いきなりに通信に応じていたチャベックは甲高い声を響かせ、アサムとミアナを驚かせる。

 そして「……はい……はい」と繰り返し、通信を終えて携帯端末をどこかにしまった。


「メルガロスの辺境地域に宇宙生物、それも超獣が襲来した、とのことです」


 チャベックは顔に皺を寄せながら、通信の内容を二人に伝える。


「えっ!」

「な……なんですって!」


 あまりの驚愕ゆえに、アサムは声をあげ、ミアナは思わず音をたてながら椅子から立ち上がる。

 そして少女は血相を変え喫茶店を出ようとするように後方を振り向いた。

 ……しかし。


「待ってください、ミアナさん。落ち着いてください」

「さようでございますよ、ミアナ様。超獣が出現したのは隣国、とても駆けつけられる距離ではありません。何より、今の私達にどうこうできる戦力など……」


 アサムとチャベックは、荒ぶる少女を制止させんと声をあげた。


「……そ、そうよね。ごめんなさい、また感情に流されてしまったわ」


 そしてミアナは大きく息を吐き、静かに椅子に腰を降ろす。

 危うく、また愚行をしてしまうところであった。

 オボロに「無謀なことはするな。見極めて行動しろ」と言われていたにも関わらず。

 あれほどに宇宙生物の恐ろしさを実感し、そして多くのことを知ったのに、また感情的になってしまう。今だに未熟であることが思い知らされる。


「きっと大丈夫よね。メルガロスは英雄の国、彼等には英力と言う奇跡の御業みわざがあるんだから」


 落ち着きを取り戻したミアナは、静かにそう言葉を溢す。

 しかしそれを聞いて、アサムとチャベックは深刻そうに目を見合わせた。

 彼女はまだ多くを知らないのだから仕方なかろうが、宇宙生物はそんな生易しいものではないのだ。


「お言葉ですがミアナ様、奴等にそのような都合のいいことは通用しません」


 甲高い声を、やや低くさせてチャベックは少女に目をむける。


「英力と言う異能、その原理は世界のことわりに干渉して超常現象を発現させるものです。そして今や多くの魔獣も超獣も、その原理を阻害することができるのですよ」

「……ど、どういうこと?」


 異星人の難解な言葉に、ミアナは表情をしかめる。

 そしてチャベックは重々しく答えた。


「神秘や奇跡、そのような神の御業のような手段は魔獣にも超獣にも一切通用しない、と言うことです」





 八発の電離体破壊光弾の着弾。

 その非情かつ冷徹な破壊力によって辺境の街は燃え盛る。

 そしてその最中さなか、曇った銀色の装甲を炎で照らす巨体が無機質な動作で街の状況を見やった。

 この惨状を作り上げた怪物である。

 敵意や悪意、ましてや快楽や残酷が目的で街を攻撃したのではない。

 もっと機械的かつ無機質なもの、ただ単に破壊と殺戮と言う機能、あるいは概念と言うべきか。

 それしかない化け物の全身からは、生物でありながら電子音らしきものがなっている。

 そして赤く発光する多数の複眼が一望するは木材や石で造られし建築物、砲撃の着弾と余波を免れて破損していないものや、半壊したものや、瓦礫と化したものなど様々。

 そして小さき二足歩行の知的生命体、悲鳴をあげて逃げ回るものや、命つきてるものや、バラバラになって血肉ぶちまけているものなど。


「ジュオォォォ」


 そして銀色の装甲の怪物は無機質な音を発して、周囲に殺戮の雨を降らせる。

 連続で破裂するような音の響きが、炎上する街に拡がった。

 建物がいきなりに粉々に吹き飛んで倒壊し、大地にはいくつもの陥没が刻まれ、土煙が大きく舞い、逃げ惑う人々も、か弱い女子供も弾けるように血煙に変貌する、しかも次々と。

 火を吹いたのは、銀色の巨体の頭部左右に備わっている生体機関砲。

 口径三十ミリ、初速約マッハ六以上、発射速度毎分九〇〇発で硬質徹甲弾をばらまく。

 それが左右に二門ずつ、計四門。

 両肩装甲部に備わる三連装の破壊光弾砲よりは、控え目に見えるだろうが、この街にそんな機関砲の掃射に耐えられる物があろうか。


「うあぁぁぁ!!」

「いやあぁぁぁ!」


 そんなものないからこそ住民は絶叫しながら逃げ惑い、建物は轟音をあげながら倒壊しているのだ。

 一見、牽制用の兵装のようだが対人には、あまりにも悪夢的な掃射である。

 それによって人々も家も施設も破裂するように粉砕されてゆく。

 ……だがどうも超獣の攻撃対象は妙であった。

 機関砲で粉微塵にされているのは、どれも民間人と建物、それとまだ駆け出しの少年少女の冒険者ばかりであった。

 なぜか装備の良い熟練の冒険者には、あまり攻撃を加えていなかった。


「ジュオォォォ」


 そして超獣が不気味な咆哮をあげると、一分半にも及ぶ機関砲の掃射が止んだ。

 すると今度は両腕を夜の上空へとかざした。

 天につきだされた超獣の掌から、毛髪のごとき黒く細い触手がワラワラとうねりながら無数に現れた。


「ジュオッ!」


 無機質な声とおぼしき音を轟かせると、無数の触手はもの凄い速さで四方八方に拡がり、街の中を駆け巡った。


「うわあぁ! やめろ……」

「離せぇ!」


 そして悲鳴を響かせたのは、逃げ惑っていたベテラン冒険者達であった。

 彼等は街中を高速で駆け巡る無数の触手に巻き付かれ、身動きがとれなくなっていた。

 そして触手の先端が彼等の鼻や耳や眼窩に潜り込み、頭蓋骨の内部に侵入した。


「……う……がぁ……がががが!」

「ぐっ……げえぇぇ!」


 街中からおぞましい悲鳴が響き渡る。

 ベテラン冒険者達は、白目を剥き、ビクビクと体を痙攣させる。

 頭蓋骨内に侵入した触手が、脳に電気パルスを連続で送り始めたのだ。

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