破滅再来

 きらめく星空の下、限り無く続くような広野。

 そんな真ん中で、四メートル半を軽々越える大男……いや超人が座っていた。

 その超人の前で焚かれた炎から煙がモクモクと昇る。

 ……一応焚き火ではあるのだが、その超人のサイズに身合ったものになっており、普通の人から見れば井桁を組んだキャンプファイア規模であろう。

 ここはサハク王国とメルガロスの国境線を少しばかりすぎた位置である。

 一回の跳躍で五キロ近く移動できるオボロの脚力なら、すでにメルガロスの王都に到着していても良いはずだが……。


「どおれ、そろそろ焼けたか」


 巨大な焚き火で炙られているのは、枝に刺された大きな肉塊。香辛料をまぶして焼き上げたもの。


「任務も大事だが、腹が減っちゃあ良い仕事はできねぇからな」


 そう言って、脂が滴る香ばしい肉の塊にかぶりつく。


「うむ、こいつは旨い!」


 現在、敵もいないし、緊急事態でもないのだ。ならば、そのあいだに食えるだけ食っておくのは間違いではないだろう。

 けして、現状の楽観や気を緩めてすぎて呑気なことをしているわけではないのだから。

 次なる戦闘に備えて力を蓄える、言うなれば食事とて立派な仕事の一つなのだ。

 今晩の夕食は、道中で仕止めた獣の肉である。

 体長五メートル、体重三トンの大物。

 扁平に潰れたような鼻と鋭い牙と真っ黒な体毛が特徴なクロベモスと言う獣である。

 食用としてエネルギーも蛋白質も豊富な肉が手にはいるが、気性が荒く家畜には到底向かない。

 そのため魔物でこそないのだが魔術無しでの狩猟は大変危なく、危険生物の一つに数えられる。

 ……だが、それは普通の人から言えばの話。

 オボロは、この凶暴な獣を素手で仕止めた。

 巨木のごとき獣の頚椎を、その超怪力で捻り折って。

 それで大量の肉が手にはいった、と言うわけである。


「旨い! それにしても身体中がむず痒いぜ」


 右手で肉を持ちながらガツガツと頬張り、左手で背中をボリボリとかきむしる。

 ゲン・ドラゴンを出発する前から全身に痒みを感じていたが、何かの影響で皮膚が刺激されているのだろうか?

 と、思いつつオボロは次々と炙り肉を口に運ぶのであった。


「まったく腹拵えの最中だってぇのに、痒くて飯に集中できねぇじゃねぇか」


 ……もうすでに数十人前の肉をたいらげているが、オボロの食欲がおさまる様子は見られない。

 超人なだけに、それだけのエネルギーが必要なのだろう。

 ましてや、ゴドルザーとの戦闘でそれ相応の消費があったのだから。


「……んっ?」


 ふと何かを感じたのか、オボロは肉を咀嚼しながら夜空を見上げた。

 目に映るは輝く月と、煌めく星久と言う絶景。

 すると偶然か、天文現象が起きたのだ。

 夜間の天空に閃光が現れ、それが地平線へと消えていったのである。

 ……流星ながれぼし

 まさに大自然がおこす美しき現象。

 それを見ていたオボロは少しばかり動きを止める。


「この感覚……まさか! くそ、いそがねぇと」


 だがしかしオボロはその流星が消え去るのを見て濁った声を発して立ち上がり、炙っていた肉全てを流し込むように胃におさめた。

 常人には備わっていない、超人の感覚が理解したのだろう、先程の流星は讚美されるような現象ではないことに。

 オボロからは、あの流星は美しき天文現象ではなく、破壊と殺戮の凶星まがつぼしに映ったに違いない。

 ……奴等は謎が多く、どのような行動をするのか、いつ現れるのか、予測が困難。

 ましてや、これほどまた早く現れようとは。

 不意を突くように現れては、大破壊と殺戮を巻き起こす怪物ども。

 そして、この事態を察知したのはオボロだけではなかった。





 はるか上空、月光に照らされし合金の空飛ぶ船舶が一つ。

 その艦内では警報音がけたたましく鳴り響いていた。

 

「どうした!」


 叫ぶようなくぐもった声を発しながらブリッジに駆け込んできたのはガスマスクで顔を覆った男。

 活動停止したゴドルザーの空輸を終えて、まだ数時間しか経過していないにも関わらず、またも緊急事態の発生であった。


「司令官! 観測衛星が何かを捉えたようです。何かもの凄い高エネルギーを持った存在が本星に侵入したもよう」


 ブリッジにやって来たハクラの叫びに返答したのは、爬虫類のごとき姿をした女性管制官であった。

 レプガンド、と言う異星人である。


「魔獣、または超獣ではないかと。ただ今、衛星が捉えた映像を出します」


 そう言って管制官はなれた手つきでコンソールを操作し、メインモニターに衛星が捉えし存在を映し出した。


「……なんだ、こいつは?」


 映し出された、その姿にハクラは驚きの声をあげる。

 生物、とは言いがたい見た目であった。

 灰色と銀色を基調とした鎧を纏った巨人と比喩すべきか、あるいは人型の機動兵器と言えばよいだろうか。

 その形は、まさに人のような形をした戦闘ロボットを思わせるような無機質なものである。

 それが高速で本星に突入していく。

 肩部と下腿部と腰背部の装甲は巨大で凄まじく重厚な容姿をしおり、背部と足底部には推進器官が備わっているのかエネルギー噴射とおぼしき青白い閃光が見てとれる。

 頭部には真っ赤に輝く複眼のごとき目が左右に四つずつ。

 こんな姿でも生物、なのだから宇宙生物であることには間違いなかろう。


「ガンダロスやマグネゴドムに近い性質の個体なのか? いずれに……」

「こ、こいつは……まさか」


 すると、いきなりハクラの声を遮るように呻くような言葉がブリッジに響いた。

 それを言ったのは、この艦の操舵士である女性。

 無論、彼女も異星人で肌も頭髪も白く、目は白黒が反転し、頭から触角のようなものが生えている。

 蛾のような特徴を持った種族である。

 そして彼女は、怒り、恐怖、不安、それらをぶつけるかのように表情をひきつらせ映像を睨み付ける。


「……ヴァナルガン……私達の文明を滅ぼした超獣」





 そこは喫茶店であった。

 煉瓦造りのその店はそれほど広くはないが、その分ゆったりと茶と会話が楽しめそうである。

 だがしかし夜のためか人はいない。と言うよりも巨大な怪物が現れたばかりなのだから、住民達は安堵して茶など飲める心境ではなかろう。

 そんな中で唯一の客は四人である。


「これは、素晴らしいですな」


 と店内に甲高い声が響く。

 そう言ったのは頭足類のごとき異星人である。

 彼のかけるテーブルには茶と焼き菓子、そしてゼリーとケーキが並んでいる。


「食べる、味わう、これは素晴らしいものです。たしかに必要以上の栄養素を摂取してしまいますが、これほどの幸福感が得られるのですから」


 チャベックは触手を器用に操り、ファークでケーキを少し切り取り口に運ぶ。

 そして静かにお茶を啜るのであった。


「それでチャベックさん、どうしていきなり医療技術の提供を」


 そう言ったのは異星人の向かい側に座る、白獅子の王子を優しく抱く少女のように愛らしい褐色肌の男性であった。

 彼の傍らにはレッサーパンダの元魔導士少女も腰かけている。

 チャベックと出合ったのは診療所であるが、そんな場所での立ち話は医師や看護婦達の邪魔になるため都内の喫茶店にやって来たのだ。


「もちろんのこと人々を助けるためですよ、アサム様。しかし一番の理由はオボロ様に恩を返したくです」


 茶を味わうと、チャベックはゆっくりとした様子で言った。


「今後、わたくしはこの領地で生活するつもりです。もうすでに領主様には話を通してあります、医療技術の提供を条件に住民になることを、あっさりと承諾してくれました。もちろんのこと領主様には、わたくしが異星人であることを伝えてあります」

「……い、いつの間に」

「ま、まあエリンダ様のことですから、好奇心でチャベックさんを迎え入れた、と言う考えもあるでしょうね」


 どこからともなくチャベックは羊皮紙を取り出すと、それをミアナとアサムに見せるのであった。

 そしてチャベックはミアナに顔を向ける。


「ミアナ様、わたくし達の医療を用いればあなた様の右腕を元に戻すことも容易いことです」

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