傷つき失いし者達
あの時から、たった五年しか経過していないのだ。
……初の星外魔獣マグネゴドムの襲来。
奴は通過経路にいた多くの命を奪い、そしてどうにか生き残れた者達に払拭できぬほどの恐怖を植えつけたのだ。
宇宙からやって来た化物を災害と呼ぶには、あまりにも物足りない。
……災害とは、犠牲こそでるが十分に防止や対策などができよう。だからこそ、歴史的に幾度も災いがあっても人々は懸命に今まで生き延びることができたのだ。
自然災害、戦争災害、魔物災害などから。
しかし、宇宙の化物は違う。あれは滅びそのものとしか、言いようがないのだ。
人々の知恵、国家の軍事力、それらでもどうすることもできない、人類が対処できる規格から逸脱した何か。
……仮にあの日、伝説上の英雄や勇者が一堂に駆け付けてくれたとしよう。
歴史に名を残した彼等にかかれば、勝てるか?
いな、勝ち負けにすらならない。
魔獣から見れば、単純に虫けらが虫けらを助けに来ただけの話だ。
魔術も神が与えし力も封じられ、逃げ惑う人々どうように踏み潰されるのが目に見える。
……魔術や神の力、与えられた物に依存しなければ我々は自身を守ることすらできない、ちんけな生き物。
まるで、それを裏付けるかのような光景がそこにある。
「こ……これは」
アサムと共にゲン・ドラゴンの大通りを歩くミアナは驚愕の声をあげると、やや虚ろな目で周囲を見渡した。
ゴドルザーが撃退され、都市は多少の落ち着きは取り戻した。
しかしながら、住民達の顔には今だに不安が色濃く残り、路上でしゃがみこみ頭を抱えて震えている者もいる。
都市は直接の攻撃を受けてないが、サイレン音や魔獣が発する地響きや咆哮は人々に五年前の悪夢を思い出させるには十分すぎたのだ。
「……いつも通りの生活に戻るには、もう少し時間がかかりそうですね」
おんぶ紐でレオ王子を背中に密着させたアサムも、そんな彼等を見つめた。
変貌ぶりが凄まじい。
あんなに賑やかで活気に満ち、繁盛していた様子はどこへやら。
まるで戦災後の廃墟の如く、都市は不安と混乱と恐怖で覆われていた。
「……ひどい、こんな」
「大丈夫ですか」
ミアナがその不安に満たされた光景に呆然としていたなか、アサムは近くで座り込んで怯えている若い女性に近寄る。
そして女性の手を優しく握り、慰めるように震える背中を擦るのであった。
「アサム……」
そんな優しげな彼の様子を見て、ミアナは小さく声を漏らした。
外出してくると聞いて何気に彼について来てしまったが、まさかあれほどに明るかったゲン・ドラゴンがこのようなことになっていようとは、思いもしなかった。
「そうだよね。あの怪物の恐ろしさを知ってるのは、わたしだけじゃない。……ここの人達だって、思い知っているんだ」
どちらの方が悲惨などと言うつもりはない。
お互いに魔獣に襲われた身。
ミアナは魔術を奪われたが、住民達は過去に生活を、なかには家族や知人を失った者もいる。
どちらの方が酷いかなど比較する気はない。
ただ、お互いに恐怖を植え付けられたことだけは同じ。
やがてアサムに慰められていた女性から身震いがなくなり、弱々しくも顔をあげる。
まだ、それほど顔色こそ良くないが、女性は落ち着きを取り戻しつつあった。
そして、またアサムは別の人のもとに向かうのだった。
「やっぱり、あなたはすごい。……わたし達は闘うことしかできなかった。でもあなたは、わたし達にできないことができる」
そう呟いて、ミアナは彼を目で追うのであった。
「……わたしは人を癒すことも、まともにできない。いえ、知らない。戦いかたしか、知らなかった。……そして、もう誰かを助けらる力もない」
自分はこの都市に逃げてきて、その後何かの役にたてただろうか?
負傷して危険なところを石カブトに助けられ、あげくにそんな彼等に助力を強制しようとしたり、そして星外魔獣との戦闘で足手まといになった。
その結果が空っぽになった今の自分だ。
「……五年前……私は恋人を失ったの」
と、その時に囁くような声が聞こえてきた。
言葉を紡いだのは、さっきまでうずくまっていた女性だった。
顔色も少し良くなり、作り物ではあろうが少しばかり笑みを見せている。
「……希望も夢もなくなって、どうやって生きていけばいいんだろうてっ思っていた。でもあの時アサムのおかげで、また生きていこうと思えるようになったの。……アサムがいるだけで、私は生きる糧が貰えるの。彼に依存している、とも言えるけど……」
それはミアナに向けって言った言葉なのだろうか、あるいは一人言だったのだろうか?
女性はふらつきながらも、その場を去っていった。
大通りで住民達の恐怖と不安を癒しながら、三人が最後にたどり着いたのは大きな施設だった。
煉瓦造りの建物が、赤い光に照らされる。日が沈みかけてる証拠だ。
「ここって……」
ミアナはその建物を見上げる。覚えがある、いやここには相当に世話になった。
「診療所」
負傷していた彼女が運び込まれ、手当てをうけた場所。
ここにも、アサムの助けを必要としている人達がいるのだろうか?
「アサム様! 来てくださったのですね」
と、白衣を着た猫の毛玉人の女性が駆け寄ってきた。どうやら看護婦のようだ。
「はい、気になりまして。どんな様子ですか?」
やや慌ただしげな看護婦を見て、アサムは心配そうに問いかけた。
「はい、やはり昨夜の影響で……」
それを聞いてアサムは診療所の中へと向かった。
合わせてミアナも彼に続く。
診療所内の通路には負傷者と思われる包帯をまいた姿があった。
都市は攻撃を受けてない、しかし避難時に転倒したり物にぶつかったりして負傷する人がいても不思議ではない。
だがアサムの目当ては彼等ではない、してたどり着いたのはとある病床。
部屋の中にいたのは車椅子に乗った青年だった。
「う……あああ……ああ」
青年は脚をかきむしるようにしながら苦しげに呻いていた。
彼の両脚は膝から下がない。
「もう、大丈夫ですよ」
そう言ってアサムは青年に歩み寄ると、優しく脚や肩をなで始めた。
そして、しばらくすると青年は脚をかきむしるのを止め静かになるのであった。
「……まさか」
落ち着いた青年を見て、ミアナは何かに気付いたように声をあげた。
「はい、五年前のあの日に負傷したかたです」
そう言ってアサムは、ミアナに振り返る。その彼の目は悲しげに潤んでいた。
レールガン、殺人マイクロ波、そんな強力極まりない能力を備えた巨大な怪物から攻撃を受けたのだ。
襲われたほとんど人々は死んだ、しかし攻撃されてもどうにか生き延びた者もいたのだ。
……だが無傷などあり得ない、ある者は手足を失い、またある物は視力を失った。
そして、誰もが酷い心的外傷を受けるはめとなった。
ゆえに生き残れたことを、安易に幸運だったとは言えまい。
身も心も蝕まれたのだから。もしかすると死んだ方がいいような苦痛かもしれない。
この診療所には、そんな患者達も多い。
彼等を癒してやることは、けしてアサムの仕事ではないのだが、しかし彼は率先して患者達を癒していくのであった。
そして窓の外が暗くなってしばらくした時に、最後の病床にたどり着いた。
「あ……あうぅ……うあ」
部屋に入った瞬間、赤ん坊のような声が聞こえた。
だが声質は成人した女性の物。
「こ……こんな、なんて」
病床に入りベットに横たわる患者を見て、ミアナはたまらず声を漏らした。
寝ていたのは犬の毛玉人の女性。
彼女には左腕と両足がなく、顔の半分は焼けただれたような跡がありその部分には一切の毛髪がなかった。
唯一あるのは右腕だけ。自分とは正反対の負傷。
「あぁ……あぁ……うあぁ」
犬の女性は残された右腕で大事そうに、犬のぬいぐるみを抱えている。
「娘さんが大事にしていた、ぬいぐるみなんです」
犬の女性を見つめながら、アサムは苦しげに言った。
「目の前で旦那さんと娘さんが、マイクロ波で内部から破裂する様を見てしまい……心が崩壊してしまったんです。今はその、ぬいぐるみを実の娘と思い込んでいるのかもしれません」
それを聞いてミアナは言葉を失った。
自分もゴドルザーに襲われたのだから、星外魔獣の恐ろしさは分かる。
お互いにそれを知っているのだから、どちらが悲惨かなど問うつもりはないが……。
最後の病床を後にしたアサムとミアナは、もはや何の会話もできない程の心境であった。
「これはこれは、アサム様、ミアナ様、こんなに早く再開できて嬉しい限りです」
と、いきなり場にそぐわない陽気で甲高い声か響き渡った。
いつのまにやら、その声の主は傍らに佇んでいた。
それは眼鏡をつけタキシードを着込んだ男性。
「……えーと、あのぉ、どなたですか?」
場の空気を考えないような男性に叱責するようなことはせず、アサムは問いかけた。
男性は自分達を知っている言いかただが、逆に二人は彼を知らない。
「申し訳ございません、ただ今擬態をときますゆえ。ミラスパミラスパダダダダダー!」
男性が謎の声を発すると、その姿が歪みだし、頭足類のような形へと変貌した。
「……あなたは、たしかチャベックさん!」
アサムの言うとおり、二人の目の前に姿を現したのはチブラスと呼ばれる異星人であった。
「な、なんなの? 今のは魔術」
人間の姿から、いきなりに元の姿に戻る現象を見てミアナは目を丸くする。
「いえいえ、魔術ではございません。これは光学擬態装置『マクテクオヤマコン』でございます。さてさて、本題ですが医療技術の供給に来たのでございます」
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