封をきられし悪夢の品
白い雲よりも更に上空。
二つの巨大な船が飛行していた。
その全長はおおよそ七十メートルにも達すると言うのに軽々とした様子で飛行し、あげくにはその二隻は協力してワイヤーで吊るした八千トン近い怪物を空輸している。
明らかに、現代の科学技術を超越したものであることが分かる。
太陽光によって輝く船体は特殊なチタン合金製で軽量でありながら高強度、さらに各所に備わる高出力プラズマ推進装置、それらが揃ってこそ可能な高速空中輸送であろう。
活動を停止したゴドルザーを運ぶそれらは、この銀河系で生きる数多の種族によって発足された『アズマ銀河連合』が運用している多目的揚陸艇の一番艇と二番艇。
……そして、そんな重要な仕事の最中に一番艇内で事件が発生していた。
「……ご先祖様バンザーイ! うがぁ!!」
艇内通路でレプガンド(爬虫類型異星人の種族名)の船員が奇声を響かせながら壁に向かって疾走し激突した。
その衝撃で気絶した彼は床に転がり動かなくなった。
そして、この通路にいるのは彼だけではない。
床をガリガリと掻く者、頭痛がするのか頭部を押さえて転がる者、「くっころ、くっころ……」といううわ言を続ける猫耳のような器官を持った少女。
多くの船員達がもがき苦しんでいたのだ。
さながら、集団での何かによる中毒症状か幻覚を思わせる地獄絵図である。
「……ふぅむ、有害物質漏れの警報は鳴っていないな。やはり有毒ガスなどではないか」
そんな通路に姿を現したのは、ガスマスクを被った渡世人風の男であった。
やや不気味な姿ではあるが、その背後では美しい純白の九つの尾が揺れる。
「くっさあぁぁぁぁ!
そう言って鼻を押さえながら男の後に続くのは、軍服を着た青い肌と桃色の髪が特徴的な美女であった。
「リズエル、お前は
ガスマスクの影響かくぐもった声で副司令の品のない発言に注意をのべ、ハクラは通路内を歩き出した。
……約十分程前だろうか。
ハクラの下に、この異常事態の報告が来たのは。
突如この区画で異臭騒動がおき、それによってその場にいた船員達が倒れたり、苦しみ出すと言う症状を見せたのだ。
当初は有害物質の漏れが疑われたが、今だに原因は不明。
この事態を終息させるべく、司令官と副司令官は現場にやって来たのだ。
そして二人が至るまでの間に、鼻が曲がりそうな悪臭が通路を覆いつくしていた。
「異臭はすれど、けして有害物質ではないようだ」
そう言ってハクラはガスマスクに備わる分析器で調べた大気中成分を確認しながら、倒れこむ船員達を一瞥する。
苦しんではいるが命に関わる状態ではない。
……そして。
「わずかながら、アルコールが含まれているな」
強烈な臭いとアルコール、その二つの作用によって船員達はこのような事態になってしまったのだろう、とハクラは考えた。
異星人達のほとんどは酒、つまりアルコールなどの向精神物質を摂取して楽しむ習慣は持っておらず、それゆえに耐性がないため微量でも酷く泥酔することがある。
作物を発酵熟成させたアルコール飲料など生命活動において必要な物ではないため、不合理な物と見られているのだ。
……だからこそ。
「妙だな、工業用アルコールはこの区画に置いてない。それに酒なんぞも積んでないが……」
「アルコールなんかよりも、この臭いで脳ミソがやられそうです」
訝しげにハクラは足を進め、その後を副司令の女は鼻を押さえて追う。
「……うぅ」
そして、しばらく歩き続けると呻き声が聞こえた。
声をあげていたのは壁の手摺に体重をあずけながらズルズルと重々しく歩く色白で異様に手足が長い金髪の青年であった。無論のこと彼も異星人である。
「大丈夫か? 何があった」
ハクラは足早に青年に近付き体を支えてやった。
「……し、司令……来てくれたのですね。自分は、もうダメです……意識が持ちそうに……」
金髪の青年は意識が朦朧としているらしく、言葉はとぎれとぎれである。
そして両足は力が入らないかのように、ガクガクと震えている。
「しっかりしろ! 命に関わるようなことではない。この騒動の原因が何か分かるか?」
ハクラは彼の脱力した体を軽々と支えて座らせると、壁にもたれかからせた。
さすがにニオンの師である。強靭な肉体をしていることを裏付けている。
「……休息室に……ある……あれが」
と、それだけ言って青年は意識を手離すのであった。
「ふむ、休息室か。行くぞ、リズエル」
「司令、大丈夫ですか? 危なくないですか」
ハクラは立ち上がるとまた歩き出し、やはりその後に副司令が続いた。
「有毒じゃないんだ、危険性は低い。急いで根本をたつぞ」
空気浄化システムを機動させるにしても、臭いやアルコールが発生している元凶をどうにかしなければ収拾はつかないだろう。
そして、その元凶が存在している場所は掴めた。
休息室兼食堂である。
通路に転がる船員達を踏まぬようにハクラとリズエルは足早に進む。
して、その現場は主に船員達が談笑したり食事をする場所であるが調理場などはない。
自動で固形の合成食料と飲料を生成する装置とテーブルとイスがあるだけと言うシンプルなもの。
高度な科学技術を持つ異星人と言う存在は合理主義な考えをする者が多く、ゆえに食事とは栄養素の摂取としか認知していない。
味や料理を楽しむと言う思考がないのである。
だからこそ、各栄養素の摂取量が標準値で設定された旨くもなければ不味くもない合成食料しか食べていないのである。
そしてその休息室に二人がたどり着くと、頭足類のような生物が瓶を前にして困ったように触手で己の頭を掻く姿があった。
「……チャベック、お前ここで何をしている?」
ハクラは休息室に踏みいるなり、頭足類のような生物に問いかけた。
「あ、これはこれは司令官。オボロ様からいただいた栄養剤を船員の皆様方にもと思いまして」
そう甲高い声をあげるのはチブラスと呼ばれる異星人で、個体としての名はチャベックであった。
そんな彼の目の前には、栓が抜かれた赤黒い液体で満たされた瓶が置いてあり、中には棒状の物体が漬け込まれている。
「ぐうあぁぁぁ!! くっさあぁぁぁぁ!」
室内に入るやいなやリズエルは悲鳴をあげた。
「司令官、原因はそれです! きっとそれチ○コエキスですよ!」
あまりの悪臭に思考をやられたのか、リズエルはかなり下品な言葉を発する。
「そいつは、どうしたんだ?」
と、ハクラはチャベックの隣で泡を吹いて昏倒している魚人のような異星人に目を向ける。
「はい、この栄養剤を静脈注射してさしあげましたところ、突然に倒れてしまったのです」
そう言ってチャベックは使用済みの注射器を見せた。
「……しかし、おかしいですね。薬品の栓をあけて、しばらくしたら皆様方が突然昏倒してしまったのです。使用法を間違えてしまったのでしょうか?」
それゆえにチャベックは、困りはてて頭を掻いていたのだろう。
「チャベック、これは注射するものじゃない。経口摂取するものだぞ」
ハクラは瓶のラベルを確認すると、それを手にとる。
「こりゃあ、薬酒の一種だ。滋養強壮のな」
そう言ってハクラは休息室の隅にある棚からショットグラスを持ってきて、テーブルの上に置くとトクトクと赤黒い薬酒を注いだ。
そして、どういう仕組みかガスマスクの口元がガシャガシャと音をたてながら左右に収納され、白い体毛で覆われた細長い口先が現れた。
「こうやるんだ」
ガスマスクの影響を受けてないハクラの地声は、若々しい青年のもの。
そして、その声を発した口に一気に赤黒い液体を流し込んだ。
「うむ、臭いも味もかなりキツイ品だな。だが、効能は随一だろう。お前達も、
「なるほど、飲むものだったのですね」
「……うぅぅ……ひいぃ」
ハクラにならい、チャベックもその酒を一気に流し込み、リズエルは鼻を摘まみながら嫌々そうな悲鳴をあげながら飲み干した。
「あぁぁ! なかなかに変わった味ですな」
「がはぁ!! ……さ、寒気がします」
やはり二人にもキツイ味であったのだろう。
チャベックは咳き込みはしなかったが甲高い奇声をあげ、大きな顔をしわくちゃにさせた。
ただし不評ではないようだ。
逆にリズエルは、エッホゲホと咳き込み鳥肌を立たせた。
「もう、なんなんですかこれは?」
そう言ってリズエルは表情をしかめながら、薬酒の瓶を手にとってラベルを黙読した。
商品名『秘伝超絶倫力・
製造元『性具専門店・
キャッチコピー『これぞ
それは薬酒、と言うよりかは精力酒であった。
……して、その原材料は。
蒸留酒。
森オットセイ生ぺニス。
ハーブ。
「チ○ポ
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