出発前
都市ゲン・ドラゴン。
その大きな都の西門は今、知らせもなしに厳重に閉ざされていた。
これに対しての住民の反応はいかに……以外にも特に不満や異議などはないよう。
何か重要な理由があって門を閉鎖しているに違いない、と人々は認知しているからなのだ。
それだけ住民達が都市の行いに絶大な信用をよせていることが分かる、これだけ人々の信用を得られたのも安定した統治と生活があってこそだ。
領地の統治者であるエリンダの手腕がいかに優れ、人々から慕われているかが分かるだろう。
……そして、なぜ西門が閉ざされているのか。
なぜ、その理由が住民達に説明されないのか。
それは今現在、西門付近に現人類が接触してはならない存在が横たわっているからなのだ。
「……なんだこりゃあ」
はち切れそうな筋肉量を纏った四メートル半以上の熊の大男が、その接触してはならない存在の肩の付近でそいつを見上げていた。
「ムラト程ではないにしても、とんでもねぇデカさだぜ、こいつは」
オボロが驚愕の表情で見つめるそれは、余りにも巨大なため寝かされていても見上げるしかないのだ。
「こいつが超獣ディノギレイド、てわけか」
その体高は百メートル近くあったが、今はムラトに頭部をもぎ取られたため多少なり小さくなって、質量も減っている。
しかしこんな朱色の竜人のごとき化け物と釣り合う奴はムラトしかいないため、少しばかりの欠損で小さくなったなどとは、とても感じられやしない。
ムラトから見れば、自分よりやや小さく細身な奴。
しかしオボロ達から見れば、桁外れの巨大な怪物である。
「ん、お! いたいた」
オボロは視線を下ろすと数十メートル先、ちょうど横たわる超獣の手の付近で何かをしている美青年の姿をとらえた。
体重二十トンを越える筋肉の要塞が青年に向かって歩みだし、大地を小刻みに震わせる。
「……今までにない程の脅威としか言えませんでした」
地の揺れでオボロが近づいて来たのを理解していたらしく、先に口を開いたのはニオンであった。
「ムラト殿がいなかったら、私達は終わりだったかもしれません」
ディノギレイドの脅威を直に見ていた、その青年の口調はやや暗めであった。
超獣の戦闘能力を脅威に思ってのことか、あるいはムラトに頼らなければ勝つことができなかったことへの情けなさか、また再び超獣が現れたさいの対処への困惑ゆえにか。
……いずれにしても、それだけ超獣が危険極まりない怪物だと言うことなのだ。
「ああ、ムラトから聞いたぜ。かなり苦戦したってな」
そう言ってオボロはニオンの傍らに佇む。
体高約九十八メートル、推定五万トン、そんな巨体が
ましてや虫けら程度でしかない自分達から見れば、そんな巨大な怪物が俊敏に動き回ってるだけで地獄絵図にしか見えんだろう。
「……まったく、奴等の脅威性には予測がつけられないものです。いきなりにムラト殿の表皮が切り裂かれた時は驚愕しましたよ」
そう言ってニオンは、ディノギレイドの手から伸びる手甲鉤のような鋭い爪に目を向ける。
ムラトの肉体は戦略魔術にも耐えられると言うのに、にもかかわらずあの爪は鮮やかに切り裂いた。
「可変式の超振動と爪の鋭利さも合わさって、単位面積の破壊力が戦略兵器をも上回ると言うことか」
考察を一人言のように述べると、ニオンは手にしていた小さなコンピューターのような機材を操作してピッピッと電子音を鳴らした。
「爪は未知のセラミックのような物質で構成され、やはり肉体も同様に通常の物質ではない」
そもそも、これはディノギレイドに限ったことではない。
星外魔獣も超獣も、その肉体は通常の物質では構成されていない。ゆえに通常の攻撃で負傷させることは困難と言える。
そう言った理由で、これほどまでに巨大かつ大質量でありながら自重で潰れず、さらには俊敏に動き回れるのだろう。
だが、これは神秘でもなければ奇跡ましてや法則を塗り替える神の技でもない。
……また魔獣や超獣達が保有している能力や武器も同様に、それら全ては人類が今だに至っていない物理法則や科学原理。
……だからこそ。
「分析と記憶が終わり次第、今まで通りすみやかに焼却しなければなりませんね」
そう静かに言ってニオンはコンピューターらしき機材の電源を落とすのであった。
言うなれば、この宇宙から飛来する戦闘生命体達は超科学と超技術の結晶体なのである。
であるならば、そのような科学知識に関する情報が漏洩しないためにも速やかに処理されなければならないのだ。
もし、それらの情報が流出しようものならこの大陸で何が起こるかなど分かったものではない。
これほどの科学技術を用いれば凄まじい繁栄を迎えることも夢ではないだろう、しかし同時に使いようによっては混沌と地獄に至る可能性とてあるのだ。
だからこそ、それはニオンが厳重に隔離しておくことこそが一番安全と言えるだろう。
「待たせて、もうしわけありませんでした隊長殿」
言うなりニオンはさっきまで使用していたコンピューターのような機材を懐にしまう。
「……相変わらず、難しいことだ」
オボロは首筋あたりをボリボリと掻きむしって頭を横にふるのであった。
「まあ、とりあえずオレはメルガロスにまた戻るぜ。ゲン・ドラゴンのことは任せたぞ。お前とムラトがいりゃあ問題はねぇとは思うが、ミアナと避難民の連中の面倒も頼むぞ」
「ええ、もちろんです」
いつも通り物静かな様子でニオンは頷く。
そして、その穏やかな目でオボロを見上げる。
「ただ出発の挨拶のためだけに私の下に来たわけでは、ありますまい」
「ああ、実はだなお前には伝えときゃならねぇと、思ってだな。お前の先生……いや、ハクラと色々と話してだな」
それを聞いてニオンは、やや驚いた様子で目を見開いた。
そして、わずかに頬を緩める。
「なるほど、それが先生の呼び名でしたか」
師とは十年以上も共に骨を軋ませながら鍛練と稽古をつけてもらっていたと言うのに、今になって何かしらの呼び名を知ろうとは何とも滑稽である。
一度も面と向かって先生に名前を聞かなかった、ためだろうか?
当時のことを思い出すと鍛練や剣術や学問以外で何かを語り合う機会は少なかった気もする。
余計な事を考えない程に強くなることに執着していたのだ、その結果ゆえに今となっては人類範疇内では無敵とも呼ばれる程の剣士になれたのだ。
なら、悔いることではない。
ただの滑稽な話だ。
それから二人は数十分程、何かを話していた。
「本当に先生が、そのようなことを?」
怪訝そうに言ったのはニオン。
「ああ、そうだ。今までに起きていた大抵の戦闘はギエイが仕組んだことらしい……だぁくそ、身体中が痒いなぁ」
オボロは両手で背中をボリボリと掻きながら答えた。……よほどに痒いのか削るかのような音をたてながら掻きむしる。
「……あなた一人に戦闘経験をつませるためだけにですか?」
「どうやら隠された邪悪な神様とやらは、オレ以外にあまり興味がねぇようだな。……お
またニオンに返答すると、オボロはまた体を掻き始める今度は尻であった。
「……どうする、おつもりですか?」
ニオンのその言葉を聞いてオボロは掻きむしる手を止めた。
そして横たわるディノギレイドの腕の部分に歩みよった。
「別にオレを利用しようとしているからと言って、神と敵対する気はない。……だがなぁ」
突如オボロは高速の鉄拳を超獣の腕目掛け放った。凄まじい鈍い音が響き渡り、わずかながらディノギレイドの巨体が揺れ動いた。
怒りを込めたオボロの拳は深々と食い込み、肘の辺りまで超獣の朱色の表皮に食い込んでいた。
「そのために、無益な血が流れ、オレ達は手を汚すはめになった。……ギエイには必ずけじめを付けさせる、必ずなぁ」
怒りで濁った声を発するとオボロは拳を抜き取るのであった。
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