強者の遺書
「最強」と言う言葉がある。
言うまでもなく簡単なことだ、つまり最も強いこと。
その称号を得たいと思う者は古今東西多く存在しているだろう。
なぜ、それを求めるのだろうか?
全能感を味わいたいから。
どんな外敵からも愛する人を守るため。
大衆に注目されたい。
女性にモテたい。
世のため人のため。
歴史に名を残したい。
伝説になりたい。
英雄や王者になりたい。
夢やロマン。
最強を目指す理由は人それぞれなのだ。
そして『最も強い』と言う異名が欲しく、多くの戦士達は肉体を鍛え、戦闘技術を磨き、魔術を学び、優れた職人に武具の製作を依頼する、そういった努力と根性と金額で成り上がっていく。
そして、ほとんどの者はいつしか気付くのだ。
強くはなれたが……最強とまではいかなかった。やはり自分には物語になれるほどの才能や神の寵愛がなかったのだ、と。
して、才に恵まれ寵愛を受けた者達は最強になれたのか?
……たしかに語り継がれる存在にはなれただろう。
でも、やはり圧倒的強さとは言えず比肩しそう者はいたのだ。
あの剣士こそは、あの魔導士こそは、あの戦士は、この騎士は……。
議論はあがるが、やはり決着はつかない。
絶対的最強はありえないのか。
だがしかしだ。そんな中で限りなく最強に近いと言うのであれば多くの者達は、とある二人の名をあげるだろう。
メルガロスの剣聖アルフォンス。
バイナルの大賢者ムデロ、と。
「崖近くでの戦い。その男……いなその巨大な少年は千の兵士の突撃を単純明白な野性的剛力で迎え撃った」
アサムの手作りサンドイッチを片手に、レッサーパンダの少女は囁くように言った。
語られているのは、大賢者ムデロが残した遺書の一部。
大賢者はかつて大戦で少年時のオボロと共に戦っていたのだ。
そして彼の戦いぶりを密かに観測していた。
ならば大戦の真実は知っていよう。……歴史から抹消され、公にはされなかった、英雄譚ではなく怪奇譚を。
その全容が遺書には綴られていたのだ。
「前列の兵士達は、世界の
それは、まだオボロが西方世界大戦に参加して間もないころにおきた一つの戦いであった。
五百近い兵士が子供一人に力負けすると言う内容。
……だが、それでも序の口。
ミアナは言葉を続けた。
「敵軍拠点への攻撃作戦。その少年は山を挟んで遠距離から巨岩を投擲して敵拠点を攻めた。投じられた岩の質量は
少年による巨岩の砲撃が終わって、その敵拠点に突入した別部隊のレジスタンスの話によると、そこは地獄絵図だったそうな。
建築物のほとんどは倒壊し、地面にはいくつものクレーターが穿たれ、岩に潰された兵士達の肉片やら血やらちぎれた臓物やらが飛散していた。
敵兵の総数は約三百だったらしいが、辛うじて砲撃の洗礼を免れ生き延びた者は十にも満たなかったらしい。
そんな生き残り達は糞尿で股を濡らして泣きわめいていた。
……そして、大賢者ムデロの運命を決める一大決戦が勃発する。
「戦場で孤立してしまった少年への総攻撃。動員されたのは西方で名だたる魔導士が百余名。強力な魔術による絶え間なき砲火、それがたった一人の少年に浴びせられた。……本当なら、このことは語りたくない。だがしかし、真実を知っているのだから記録に残しておかなければならない。……私が死を選ばなければならなかった戦いを」
さすがは賢明なミアナだろう。
ムデロの遺書を一字一句記憶していたのだから。
……だが語られる内容は常軌を逸脱した戦慄そのもの。
「強力な魔術に加え、戦略魔術も三度利用された。……都市規模も壊滅させる程の魔術が三度もだ。……しかしだ、それでも少年に傷付け流血させるのがやっとだったのだ。致命傷など負っていなかったのだ。もはや腕力だけでなく、その耐久力も
強力な魔術の乱射と戦略魔術の使用により優秀な魔導士達は疲弊し、動きが鈍くなっていた。
オボロの攻撃を避けるのは無理な程に消耗している、ならやることは撤退するが利口だ。
考えられたのは転移魔術で
魔導士達は一ヶ所に集まり協力して強固な魔術防壁を形成した。
転移魔術が発動するまでの足止めのために。
ああ……だがしかしだ、あろうことか少年はその魔術の壁を鉄拳の連撃で粉砕してしまったのだ。
防壁を形成したことにより、もはや余力がない魔導士達の運命は決まった。
魔力消費による疲弊と追い詰められた恐怖。
逃げることも反撃もできない。
あるのは現実、奇跡など起こるはずもない。
魔導士達は一人一人と荒々しい怪力と言う攻撃で息の根が止められていく。
「響き渡るは阿鼻叫喚だったでしょうね。敵である魔導士達は百人以上いるのだから全てを片付けるのに時間がかかる……最初に殺された魔導士が一番の幸せ者だったのかもしれない、だって一人ずつ順番にオボロに殺されたらしいから」
ミアナが言う……一人ずつ殺されるということ。
つまりそれは後々殺される者達は、先に殺される仲間達の絶叫と悲鳴を聞き、死に様を目に焼き付けねばならないのだ、自分の番が来るまで。
そして少年の素手と言う凶器がふるわれた。
頭部を握り潰され、脳髄と目玉が飛び散る。
力任せに体を半分にちぎられ血飛沫とささくれた肉片がまう。
そして、一番酷かったのは若い女が殺された時だった。彼女は胴体を踏み潰された。
うら若き乙女の細い
やがて、ブリュブリュッと湿った音を伴いながら若い女魔導士の口と肛門から血と一緒に
それを見ていた死をまつ魔導士達の一部は失神したらしい。
……失神したのは幸運だっただろう。もう惨いものを見ずに死ねるのだから。
「あの
ミアナが言うその語りは、大戦の最中に大賢者ムデロは秘密裏にレジスタンスを裏切りオボロを謀殺しようとしていたことを意味していた。
それほどまでに、ムデロはオボロを危険すぎる存在と見なしていたのだろう。
「……そして終戦を迎え、ムデロは帰国すると今までの魔術の研究資料を全て焼き払って、自宅の地下室で首をくくったの」
そう言ってミアナはサンドイッチをパクリ、そして一息ついた。
自分もムデロような賢者になりたかった。でもやはり才がなく挫折した。
……それが遺書を読む前の彼女の心境だった。
だが今はどうだろうか?
誰しも最強になりたいと思ってしまうものだ。
だけど神と世界の思惑を越えて誕生してしまった超人から見れば、自分達の最強を目指す行為、誰が一番なのかと言う議論、などただのドングリの背比べでしかないのではないか?
有能であれ天才であれ伝説であれ英雄であれ、自分達はあくまでも普通の生き物。
だがオボロは超生物なのだ。
その壁は才能や努力や根性ではどうしようもない。
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