魔力を失いし少女魔導士

 ……えーと、はい。

 どこにでも食事のマナー、と言うものがある。

 クチャクチャ咀嚼音を出さないとか。

 口に物を入れた状態で喋らないとか。

 食器を正しく使用するとか。

 ……しかし、新しくこれを付け加えるべきだ。

 それは、食事中に男根まえをさらけ出さないである。

 まあ、常識的に考えて食事マナー以前の問題であろう。

 だがしかしだ、俺の足下にいる真っ赤なマンキニを着用している変態野郎なんかへんなのは、モロにハミチンさせながら飯を食っていたのだ。


「それじゃあ、さっそく試してみるか!」


 どうやら、この変態のクマ野郎は俺の予測を上回ることをしでかそうとしている。

 

「隊長……あんた、いったい何を?」

「ぬふふふっ。どれ程の物かさっそく、おチン○ン突っ込んで確かめてみるんだ。ムラト、そこで見ていろ、使った感想をいち早く教えてやるからな」


 ぬふふふっ、じゃねぇ。笑い事じゃねぇだろ!

 この人は正気か?

 ……言いたかないが、百歩譲って届いたばかりの吾妻型オナホの使い心地を早々に確かめたい、と言うのは良しとしよう。


「あんたは何を考えてんだ!? こんなところでやるんじゃない!!」


 しかし白昼堂々と、それも超人の公開オナニーを容認するわけにはいかない。

 つーか「そこで見ていろ」とか、俺は自慰んなもんなんぞ見たかねぇわ!


「……うーん、そうか。せっかく、オレの華麗なる自慰を見せてやろうと思ったんだが」


 そう言って、オボロ隊長は残念そうに吾妻型を足下に置いた。


「まあ、それもそうだな。今は飯を食ってる途中だ、食事中に自慰をするのはさすがにお行儀が悪いか」


 そして座り込むと、再び大皿に盛られた大量の食べ物をムシャムシャと頬張りだした。

 ……もはや、どこから突っ込んでいいのか。

 お行儀が悪いとか、そんなレベルの話じゃない。

 もう、オゲレツの極みだ。いったい、この人の脳細胞は何で構成できているんだ。

 下半身にも脳味噌が備わっていそうだ。


「んっ?」


 あまりのゲレツぶりに頭を抱えたくなった俺は、ふと隊長の小屋の上で膝を抱えて顔を伏せているレッサーパンダの少女を視界にとらえた。


「隊長、ミアナの奴どうかしたんですか?」


 そう問うと、オボロ隊長は咀嚼した物をゴクリ飲み込んで口を開く。


「魔獣との闘いに乱入しちまって、色々とあったんだ。……まあ、命が助かっただけ不幸中の幸だろうな」


 まさかミアナの奴、星外魔獣と戦おうとしたのか? 

 正義感や使命感に熱いあの子のことだから、やりかねない。

 まあ、その結果は聞くまでもないか。魔獣は魔術では太刀打ち不可能、それに今の彼女の様子を見たら散々であったことが理解できる。

 それと魔獣に接触したってことは……。


「じゃあ、ミアナに俺達の秘密を」


 すると隊長は、ゆっくりと頷いた。 

 それは、彼女が俺達石カブトの秘匿を知ってしまったことを意味している。

 そして、また隊長が語り出す。


「それだげじゃない、新たな建造魔人の参戦、異星人の出現とか、とんでもねぇことが立て続けにおきた。オレだって、今だに考えがまとまんねぇよ。ニオンの奴に聞くしかねぇぜ」


 ……何だか、とてつもない言葉だらけだが、こっちはこっちで相当なことがあったに違いない。

 それに関しては後で話されるだろう。


「それで彼女は混乱や恐怖で、あんな風にいじけてるんですか?」


 そう言って俺はまたミアナに視線を向けた。


「ああ、だが一番は魔力を失ったことが、こたえているんだろう」

「魔力を失った? どう言うことです」

「今回出現した魔獣のせいでな」


 魔粒子を拡散させる波動のことだろうか。


「体内の魔力を司る器官を全て破壊されたらしい」

「魔力を司る器官の破壊……」


 つまり魔術を根元から壊された、と言うことだろう。

 魔術を阻害する波動なら、その発生源さえ止めてしまえばまた問題なく魔術が使用可能になる。

 だが、今回のミアナの場合は魔術を使用するのに必要不可欠な器官を完全に破壊されて、もう二度と魔術は利用できないのだ。

 ……それは、つまるところ。


「もうミアナは、魔導士として終わりなんですね隊長」


 俺の発言に応じるように隊長は重々しい息を吐く。


「そうだ。あの子の今までの努力と経験は全部壊されたんだ、頑張ってきた結晶を失ったんだ。つれぇだろうなぁ」


 しかし、なんと言おうとも現実は変わらない。

 もう、大魔導士のミアナは死んだも同然なのだ。

 するとオボロ隊長は、ミアナの方へと目をむける。


「魔術なしの女戦士になるもよし、ただの女として生きるもよしだ。あとは、あいつ次第だな」


 この先のミアナのことなど俺達には分からない。

 今後のことは彼女自身が決めるべき、と言うことか。


「少しばかり融通は利かねぇが、絶世の可愛子ちゃんだ。それにスタイルも上々。すぐに、いい男ができるだろう。あと少々体毛がいたんでいるなぁ、今度オレが良いトリートメントを選んでやるか。手入れすりゃあ、もっといい女になるだろう」


 ……隊長はミアナの容姿を高く評価しているんだろうが、マンキニを着込んでる今のあんたが言うと、少女に変な目を向ける変質者にしか見えん。



× × ×



 少々離れた位置で巨大な竜のごとき生物と熊の超人が何かを喋っている。

 しかし、どんな会話をしていようと今はどうでもいい。

 他人のお喋りに興味をいだけるような心境ではないのだ。

 ……自分は、もう今度こそダメかもしれない。唯一の拠り所であった魔術、それを失ったのだから。

 未知の巨大な怪物の襲来。

 今の自分の知識では到底理解できない、あまりにも広大な領域。

 そして原因も分からずに、奪われた魔導士としての生命線。

 彼女はそれらを一度に知り、そして味わったのだ。

 襲い来る絶望感と無力感と挫折感に、オボロの小屋の上で膝を抱えるミアナは涙を落とす。


「……うぅ」


 そして小さな嗚咽をあげた。

 十年以上も懸命に磨きあげてきた全てを一瞬にして奪われたのだ。

 もはや精鋭たる魔導騎士どころではない、魔力を失いもう見習い以下の存在なのだ。

 母国を奪われ、国王を殺され、利き手をもがれ、そして今度はもっとも信用できる魔術を失った。


「……この先どうすれば、いいの。申し訳ありません、国王様、レオ様……わたしはもう」

「ミアナさん」


 心が完全に折れそうになったとき、彼女の傍らから優しげな声が響いた。

 ハッ、顔をあげるミアナ。そして横に目を向けると、佇んでいたのは褐色肌の少女……ではなく男性であった。

 ここはオボロの小屋の屋根の上だ。おそらく小さな彼は、浮遊魔術でここに登ってきたのだろう。


「アサム?」


 やはり不思議なものだ、と思いミアナは彼の名前を口にする。

 アサムの姿を視界に入れた瞬間、何故か少しばかり不安感が和らいだのだ。


「お腹空きませんか? よかったらどうです」


 優しげに微笑むアサムは、手にしていたバスケットを開けた。

 中には、ベーコン、ハム、チーズ、野菜、卵など色々な具材がふんだんに使われたサンドイッチがたくさん敷き詰められていた。


「……ごめん、アサム。今はそんな気分じゃないの」


 そう言ってミアナは、再び視線を下に向けた。

 アサムの手料理の絶品ぶりは、よく理解している。このような簡単なサンドイッチだって、きっと頬っぺたが落ちそうな程に旨いだろう。

 ……だけど今は、食事を楽しめる心境ではないのだ。


――ギュルギュルグウゥゥゥ!


 だがしかし、心とは違い肉体は素直に欲求を求めた。

 響き渡ったのは、空腹はらぺこを訴える響き。


「……」

「……あはは」


 これには、あまりの恥ずかしさにミアナは押し黙り、アサムは返答に困りただ苦笑いを見せる。


「や……やっぱり、頂くわ」


 結局ミアナは感情よりも体の欲求に身を任せ、アサムの手料理にありつくのであった。 

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