魔術の崩壊

 ……もう何がなんだか分からない。

 聡明な魔術士であるはずのミアナは内心それしか呟けなかった。

 彼女はオボロ以上に現状が理解できない有り様である。

 とは言え、それは仕方ないだろう。

 都市近辺にいきなり見たこともない巨大な怪物が出現、それに苦戦するオボロに加勢しようとしたら魔術が使えなくなる異常事態、結果足手まといとなった自分を庇いオボロは重症を負ってしまう、そして怪物に殺されそうになったとき突如として巨人が現れて助けてくれた。

 自分の知識が及ばない、そんな事態が立て続けに起きたのだ。困惑するのも当然であろう。

 ……そして今は、いきなり上空から現れた金属の外殻の乗り物から、得体の分からない者達が姿を見せて黙々と何かの作業を行っている場面。

 まるで自分だけ、置いてきぼりにされてるようであった。


「いい加減教えてよ、いったいこれは何なの?」


 我慢できなくなったミアナは、ついにオボロとチャベックのやり取りに横槍を入れた。


「かんたんに言いますと、オボロ様は我々のような通常生物を超越した超生物と言うことです。生身でありながら要塞以上の堅牢さに加え戦闘車両を凌ぐ打撃力と機動力に、それから……」


 彼女の言葉に応じたのは、分析した情報を見ながら目を爛々とさせるチャベックであった。

 しかし、それはミアナが求めていた答えではない。


「聞きたいのは、そんな事じゃないわ!」


 主旨が違う返答に少し苛ついたのか、問い質すかのようにミアナは目の前の異星人の頭を両手で挟むように掴んだ。

 チブラスは見た目通り軟体らしく、ブニュっと彼女の手がチャベックの頭部に沈みこむ。


「ひゃあっ!」


 いきなり掴まれたことに驚いたのか、チャベックは悲鳴のような声をあげた。


「おいおい、ミアナ止せ」


 彼女のやや乱暴な振る舞いに見かねたのか、オボロはミアナを制止させようとした。


「……まったく、どうしたもんか」


 しかしオボロは頭を悩ませた。今の彼女にどう説明して納得してもらうかで。

 ミアナはエリート学院を優秀な成績で卒業するほどに頭脳明晰だ。それこそ、この大陸でも有数の知識人と言っても過言ではないかもしれない。

 しかしそんな彼女でさえ宇宙や異星文明などと言った天上の世界については一切知らないのだ。

 それに納得させるにも惑星の枠を越えるような大事を、まだ子供であるミアナに伝えてもいいものだろうか?

 と、その時。


(お嬢ちゃん、止めるんだ。今の、お前が入ってきていいような領域の話じゃないんだ)


 頭の中に言葉が響き渡った。


「また声が……あなたは誰なの?」


 無論、言葉はミアナにも伝わっていた。


(俺は石カブトの協力者、とだけ今は言っておこう。よおく聞けよお嬢ちゃん、魔獣や異星人達を見てしまったのだから俺達の正体を隠す気はない。俺達や石カブトは本星の外に存在する脅威に対抗するための秘密裏の存在なんだ)

「……な、何を言ってるの? 外の脅威てっなんなの」


 ハクラは応じるが、だがやはり今の彼女にはとても理解も納得もできるような内容ではない。


(最初はなから分からないのなら、こちらの世界に関わらないことだ。今のお前が首を突っ込んでいいことじゃないんだ)


 だが返ってきたのは冷たく切り捨てるような男の言動だけ。

 もちろんミアナは受け入れることができなかった。


「そんな答えで納得なんてできない。あの怪物の正体はなに、それとこの見たこともないブヨブヨした生き物はなんなの?」


 ミアナは遠くで倒れ込むゴドルザーに目を向け、そしてチャベックの頭をブニブニと指でつついた。

 得体の知れない怪物の襲来、初めて見る知的生物との接触。それらに巻き込まれたのだ。

 ならば自分には、この現状の真実を知る権利があると思ったのだろう。


「あまり頭をいじらないでくださいまし。記憶がとんでしまいますゆえに」


 頭をつつかれたチャベックは相変わらず甲高い声をあげる。

 そんな異星人の言葉は無視され、再びミアナの頭の中に言葉が響き渡った。


(……何のために知りたがる? 好奇心かそれとも今回のことを表沙汰にするためか。言っておくが、今のお前ではとても理解などできはせんぞ)

「わたしを馬鹿にしているの?」


 ミアナの幼い声に怒気が滲む。

 自分は学院で英才教育を受けた身、その経験を軽んじられているようで腹が立ったのだ。


(お前を馬鹿にしているわけではない。正確に言えば、お前はただ単に理解するための基礎がなっていないと言うことだ。……それでもと言うなら答えてやる。あの化け物は宇宙をさ迷い、発見した高度な知的生命体を滅ぼし回ることで際限なく自己強化を繰り返す超絶生命体だ。俺の言ったことは理解できたか?)

「……うっ」


 ハクラの言葉を聞いてミアナは声を詰まらせる。

 やはり理解できるものではない。

 水たまりしか知らぬ小娘が、宇宙と言う大海を理解できるはずがないのだ。


「う……うちゅう……ってなんなの?」


 困惑しながらミアナは尋ねた。

 

(お前から見れば天上の世界とでも言うべきか。とは言え、それも理解していないのであればこれ以上は話すだけ無駄だぞ)

「……でも、あんな怪物がいるなら隠してないで真実を公表すべきなんじゃないの」

(大陸中が混乱にいたるだけだ、それに何より現人類がこの事を信じるわけがないだろう。今のところ魔獣は特定の場所にしか出現していない、なら無闇に情報を公開するのは得策ではない。もう一度言うぞ、お前のような何も知らぬ奴が関わっていい案件じゃないんだ)


 ミアナは何も言うことができなくなった。

 確かに現状がどう言うことなかのかは知りたい。

 だが応じてくれたハクラの答えを結局のところまともに理解することはできなかった。

 明らかに彼の言う通り、今の自分ではどうしようもないことであったのだ。

 一から全てを教えて貰うと言う考えもよぎったが、さすがにそれは図々しすぎる。

 思い返せば、こうなったのはオボロの指示を無視してノコノコと戦いの場に自分が踏みいったからなのだ。

 ミアナは力なくうつむいた。


(お嬢ちゃん、いいか今回は運が良かったから命拾いしたんだ。もしまた魔獣に近づくようなことがあれば、次は魔力を失うだけでは済まんぞ)


 語られたのは彼女を咎めるハクラの言葉。

 しかし聞き捨てならない内容であった。


「それって、どう言うこと?」


 ミアナは思わず顔をあげて目を見開く。


「魔力を失うってぇのは、いったいどう言うことだ」


 これにはたまらずオボロも声をあげた。


(チャベック、二人に説明してやれ)

「はい、かしこまりました」


 ハクラの指示を受け、チャベックは頭を縦にふった。

 そして、その愛嬌ある両目でミアナを見つめた。


「実はミアナ様は先程の戦闘でゴドルザーが発した特殊な放射線に被爆しているのです」

「……なんだと」


 それを聞いてオボロは彼女の小さな体に目を向ける。被爆したと言うならミアナの体は……。

 と、チャベックは説明を続けた。


「あ、ご心配なく。ゴドルザーが発した放射線は遺伝子にあまり影響を与えるものではありません。……ただオド=ナトロム、お二人に分かりやすく伝えるのであれば魔力の根元、それを効率的に破壊する作用があるのです」


 だがやはり科学的説明は二人には難しいのか、オボロもミアナも困惑げな表情を見せる。


「……分かりにくいですかな。率直に言うとミアナ様は魔力そのものを破壊され二度と魔術が行使できなくなった、と言うわけです」


 チャベックの簡素化した内容の言葉を聞いても、ミアナはすぐには理解できなかった。

 魔力が破壊されるなど信じがたいことであったのだ。


「……そんな馬鹿なことが」 


 半信半疑で聞いていたミアナの表情がこわばっていく。

 魔力を失う、それを認めたくない彼女は意識を集中させ周囲の魔粒子を収束させようとした。

 試しに火球を生成しようとするが、何も起きなかった。いや、それ以前に魔粒子が集まらなかった。


「……ミアナ様の前で言いたくはありませんが、当銀河系において魔術を主体とした文明は、すでにほとんどが滅びております。超獣はおろか魔獣の前ではなす術がありませんからなぁ」


 チャベックの語る現実は魔術の終焉が近づきつつあることを告げているように思えた。

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