再び停止する魔獣

 通常、頭部がなくなった生物は絶命するだろう。

 しかし今、眼前に倒れている化け物は違うのだ。

 こいつは全宇宙と言う気の遠くなるような規模で破壊と殺戮を撒き散らす魔獣や超獣どもの一角なのだから。

 ゆえに超合金で作り上げられた戦人せんじんは、ゆっくりと警戒しながら頭部が粉砕されたゴドルザーに近寄った。

 推進装置ロケットを搭載した鉄拳パンチの一撃は相当なものであったのだろう、周囲には魔獣の体液だけでなく肉片や骨片や脳髄が散らばっている。


「グオォン」


 シキシマは倒れてピクリとも動かないゴドルザーを見下ろした。

 頭の中枢器官は粉微塵になった、しかしこの暴獣の体内にある無数の中枢は今だに健在。

 とても完全に死んだとは断言できない。

 それを確認するべく、シキシマは機体おのれに備わる各種センサーを作動させた。

 そして、やはり反応があった。微弱ではあるが生命反応が残っている。


「おーい! 死んだのか?」


 そう声が響いた方へとシキシマは視線を向けると、魔導士の少女を抱きかかえて駆け寄ってくるオボロの姿があった。


「うわぁ……きたねぇなぁ」


 倒れたゴドルザーに近寄るとオボロは不愉快そうに表情をしかめる。

 頭のなくなった魔獣の胴体から流れ出ている体液のせいで、広い範囲が泥沼のようになっているのだ。

 一歩一歩踏み出す度にグチャグチャと不快な水音がなり、魔獣の体液をたんまりと吸った泥が体にこびりついてきた。


「……うぅ」


 その場景にはミアナも堪らず小さな声をあげる。

 辺りには血濡れの骨や脳の残骸と思われるものが落ちていた。

 オボロは歩み緩めて、ゴドルザーを見上げる。

 倒れているとは言え、その大きさは圧倒的であった。

 そして頭部があった方へ回り込んだ。

 首の断面は引きちぎられたかの用にささくれており、動脈とおぼしき管からは大量の赤黒い液体がこぼれ落ちている。

 よく見ると頚椎と食道らしきものも見てとれた。

 白い頚椎の断面からは無数のミミズのような神経繊維が垂れ下がっており、食道の奥の方は真っ暗で何も見えない。


(……食道の先が気になるのか?)


 と、いきなり頭の中に言葉が浮かび上がる。あの男からだった。


「な! なんなの、声が……いえ、言葉が?」


 どうやらミアナの頭の中にも言葉が響いたらしく、彼女は驚愕してオボロの腕の中でビクッと体を弾ませた。


(恐らく先にあるのは胃袋じゃない。口から摂取した補助活動源となる放射性物質を純化して貯蔵する臓器と、光線を発生させる器官があるだろうな。まあ食道と言うよりかは、ある種の砲身とも言えるだろう。内壁から電磁放射線を収束させる特殊な力場を発生させて……)

「オレが知りてぇのは、そう言うことじゃねぇ」


 そう言ってオボロは、男の小難しい考察を遮った。

 今、重要なのはそこではないのだ。それに科学的な話しなどされても理解できない。


(……ああ、すまん。かなり弱いが今だに生命反応がある。頭を吹っ飛ばされたぐらいでは、死なないようだな)


 聞いてオボロは顔を歪めた。


「……こいつは、不死身か?」


 星外魔獣との戦いは幾度か経験し、そして勝利してきた。

 どのような個体も重要な器官を破壊さえしてしまえば絶命していたはずだ。

 なのに、なぜこのゴドルザーは死なないのか?

 そのあまりにも異常な生命力にオボロは嫌気を覚える。


(言っただろ、こいつの中枢は体の至るところにあると。その全部すべてを潰さなくては、こいつはくたばりはしないはずだ。恐らく多大なダメージを受けて、また活動停止に至ったたけだ。完全に回復すれば再び暴れだすだろうな)


 男の落ち着いたような口調が返ってきた。


(大型の魔獣や超獣は、いままでの小型ちんけな個体とはわけが違いすぎる。俺も分析してはいるが、今だに大型魔獣や超獣については情報が少ない。攻撃力、耐久力、生命力、移動力、特性も個体によって大きな差があるだろうな。……いずれにせよ、こいつらを放置しとけば間違いなくあらゆる生命が死滅する。それは超常存在とて、例外ではないかもしれん)


 あらゆる生命の死滅。その言葉がオボロにのし掛かる。

 戦い続けてきて色々とは自覚していたつもりではいたが……。

 国家や種族の問題に関わらないためにも傭兵を辞め、そしてニオンと一緒ともに星外魔獣を専門とする存在として石カブトを創設した。

 石カブトを結成した当初は、魔獣からの領地防衛と都市発展のための派遣労働を概要とした万屋よろずやを思い浮かべていた。

 ……しかし、戦いが激化することで徐々に気づき始めていたのだ。

 もはや領地の守りや国家存亡、惑星滅亡どころではない領域に踏み込んでいるのではないかと。


――ゴゴゴオォォォ!!


 と思いに浸っていると、邪魔するがごとく上空から轟音が響きわたった。


「な、なんだ!」


 見上げたオボロの視界にあったのは、縦長の飛翔する構造物であった。それも二機。

 その全長は約七十メートル程にもなり、銀色の外装に覆われ、後部には巡航用の大型推進器、それと姿勢制御用の小型推進器が機体各所に備わっている。

 そして、その各所に備わる推進器からプラズマを噴射しながらゆっくりと降下してきた。


(ひとまず、ゴドルザーの体は俺達が回収する)


 男の言葉がオボロとミアナの頭の中に響くと、シキシマがゴドルザーから離れていく。

 これから何かの作業をするようであった。


「これまた、わけの分からねぇもんが出てきたものだ」


 呆れたようにオボロは呟く。

 空飛ぶ巨大な揚陸艇など現状の技術で作るのは不可能だ。

 また何か、とんでもないテクノロジーが用いられてるのは言わずもがなであろう。


「……な、えっ」


 ミアナに至っては、もはや何が起きてるのかすらも分からないのだろう。ただただ、つぶらな瞳をパチパチさせるだけであった。

 二機の揚陸艇は地表から数十メートルの高さで空中停止し、ゴドルザーを挟みこむような位置につく。

 そして機体のハッチが開き、そこからワイヤーらしきものが垂れ下がる。

 そのワイヤーを使っていくつもの人影が懸垂下降で大地に降り立つ。

 彼等が地面に着地するたび、体液で緩んだ泥がはね上がった。

 そして、その中の三人組がオボロ達に近寄ってきた。


「……お前ら、何もんだ?」


 オボロが驚きながら、そう言ってしまうのは仕方のないことであった。

 その三人は今まで見たこともない容姿をしているのだから。

 真ん中に立つ男は、体こそ人の用ではあるが頭は蜥蜴のごとき爬虫類。

 左の小柄な女性は、頭髪も皮膚も真っ白で頭部から昆虫のような触覚がはえている。

 そして右にいるのは、丸々とした愛嬌がある双眸を持った体長一メートル程の頭足類のような生き物であった。


(魔獣や超獣どもによって母星を滅ぼされた者達の生き残り達だ。お前から見れば、異星人といえるな) 

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