超獣をしとめろ

 鋭利な爪が振るわれる度に鮮血が飛散し、蹴りや尻尾による殴打が叩き込まれると衝撃で体勢を崩しそうになる。

 そして、それらと同時に強烈な痛みが襲いくる。


えぇな……」


 流血、苦痛、それらが俺から冷静さを失わせようとしてくる。

 ディノギレイドは瞬間移動と言ってもいいようなレベルで俺の周りを動き回り、高速で攻撃をしかけてくるのだ。

 とてもじゃないが奴を捉えるのはかなり至難なことだろう。

 それに気体化能力を持っているのだからカウンター攻撃以外でこちらの有効打を与えるのも、また困難だ。


「……ぐうっ!」


 そう思考を巡らせてる間にも、高速の斬撃が俺の腹を深々と切り裂いた。

 ……どうすれば奴に触れることができる?

 いや、どうすれば倒せる。

 俺達、石カブトの戦いは絶対に勝たなければならないのだ。

 俺が負けるとは個としての死を意味してるのではない、全ての終わりを意味しているんだ。

 なら、苦痛や流血なんかで怯むな!

 俺はもう人間じゃない、大怪獣なんだ。これしきの攻撃で死んだりしない。

 人間だった頃から、戦いも、殺し合いも知っているんだぞ。そんな自分やつが今さら攻撃の痛みなんかに支配されるな。

 俺は自分に、そう言い聞かせる。

 もはや手段など選んでる時ではない、奴を殲滅する方法は……。


「やってみるか」


 そう決断して、ニオン副長に精神感応で話かける。あの人は今、俺と超獣が戦っている位置からそうそう離れた場所にはいない。


(副長、すぐにこの近辺から離れてください)

(……何か妙案でも思いついたのかね?)


 物静かな返答だった。

 仲間の俺が危機的状況にも関わらず冷静でいられるのは、けして副長が冷徹だからではない。

 戦う人間だからこそだ、常に何事も覚悟しているからこそ落ち着いていられるのだろう。

 精神面は俺なんかよりも数段上だ。


(いい思いつきなんかじゃありませんが、もう色々と配慮してる場合ではないので)

(……分かった。すぐに、この場を離れよう)


 特に詮索せず副長は頼みを聞いてくれた。

 それだけ俺に信用を寄せてくれているのだろう。

 副長が現在地から、もの凄い速さで遠ざかっていくのを触覚で感知できた。あの人の脚力にかかれば当然だろうが。


「ぐぬぅ!」


 今度は胸を斬りつけられた。


「さんざん、やってくれたな。……こっちも、もう手加減しねぇぞ」


 なぜ副長にここから離れてもらったかと言うと、思い付いた手段があまりにも危険だからだ。

 ハッキリ言って、手段とか戦術なんてものじゃあない。


「この野郎!」


 俺は触覚を前に向けるやいなやレーザーを周囲にばらまく、連続発射ではなくパルス照射で。

 それは、さながら機関銃による回避不可能な規模の弾幕とも言えるだろう。

 ……鉄砲も数撃ちゃ当たるだ。

 狙いなど定めずに無差別に照射したいくつもの光線が回りの木々や地面に着弾し、照射点が瞬時に蒸発して小規模な爆発がおき、至るところで破裂音が響き渡る。

 技巧も正確も何もない、ただの荒々しい火力を用いたごり押しだ。


「……キシャッ!」


 しかし手段はどうあれ、見事にいくつかのパルスレーザーが高速移動していたディノギレイドに命中した。

 鳴き声がした方に視線を向けると、そこには動きを止めた超獣の姿があった。

 ディノギレイドの上半身は、蓮コラのように焼け焦げた点状の熱傷だらけになっていた。

 いかに高速で動けても、奴は百メートル近い巨体だ。なら体の面積が大きく被弾率も高い。

 パルス照射のため、あまりダメージは負っていないだろう。

 だが怯んで動きが止まっちまえば、こっちのもんだ。


「うおぉぉぉ!」


 怯んだディノギレイドに駆け寄り、右手で頭部を殴打する。

 強烈な轟音が鳴り響いた。

 打撃力は質量に比して大きくなるもの。俺の体重は超獣の倍以上。

 その打撃はディノギレイドを半回転させて、大地に叩きつける程だった。


「くたばれぇ!」


 倒れたディノギレイドの頭を踏み潰すため、足を持ち上げ力を込めて落とす。

 しかし俺の足は地面を震わせ、クレーターを形成するだけであった。


「くそぉ!」


 周囲に紅い煙が充満している。

 気体化で俺の踏みつけを避けやがったか。


「これが一番厄介だな。煙となんて、どうやって戦えってんだ」


 異世界ここで言うのもなんだが、自己を気体に変えるなどまるで魔法としか言いようがない。

 それを自力でやってしまうから超獣と言われるのだが。

 ガス状の生物の攻略など俺は知らんし、そもそも煙と戦った奴などいるだろうか。


「……ぐあっ!」


 そうこう考えているうちに、背後で実体化したディノギレイドが背中を斬りつけてきた。

 俺が振り向く前に、ディノギレイドは肉体の分子結合を弱めて再び気体化する。


「くそがぁ……手だしができねぇ」


 どれだけ腕を力強く振っても触ることすらできない。

 ただただ虚しく、俺の打撃は紅い煙の中を通りすぎていくだけだ。

 おまけに実体化しないとディノギレイドの反応を感知することができないため、奴がどの位置で実体化するのか、そしてそのタイミングも掴みにくい。

 唯一、分子流で多少の動きを知ることはできるが、あまりにも実体化と気体化が速いため反応が間に合わないのだ。


「どうすりゃあ、いいんだ。……がぁっ!」


 今度は真横から斬りつけてきたか。

 そして、ディノギレイドはすぐさま気体化して姿を消した。

 一方的だな。また俺から冷静さを失わせようと、しているようだ。

 ……超獣にそこまでの知能があるかどうかは知らんが。


「奴に触れることはできないが、けして存在がなくなった訳ではない。気体と言う形で奴は存在している」


 周囲を漂う紅い煙を見渡す。

 そうだ、肉体で接触できないだけで奴の存在がなくなってる、と言うわけじゃないんだ。

 この紅い煙こそが奴。

 しかし気体を攻撃するなど可能か?

 ……もし気体をさらに分解できれば、そしてその手段があるとすれば。


「これだ!」


 俺は光線で漂う紅い煙を凪ぎ払った。

 さっきのとは違い高出力かつ連続発射。そのため太めの線状のレーザーが放たれる。

 無論レーザーは視覚で捉えられない。大気が瞬時に電離して目映く発光してるから、その軌道が見えるのだ。

 すると紅い煙もレーザーの経路に沿って青白く輝いた。

 紅い煙も大気と同じく電離してプラズマ化したのだ。


「キシャッアァァァァ!!」


 とたんに紅い煙の一部が凝縮していきディノギレイドの頭だけが形成され、悲鳴のような鳴き声を響かせた。

 どうやらダメージが入ったようだ。


「さすがにプラズマになるまで分解されたら、ダメージを負うようだな」


 漂っていた気体が一ヶ所に凝縮されていくのが分子流で感知できた。実体化しようとしているようだ。

 しかし、その速度はかなり遅い


「遅いな。ダメージを受けすぎて、体に異常がでているのか?」


 そして実体化した奴の姿は、何とも惨めなものになっていた。

 右脚と左腕が欠損し、体の所々もかじり取られたかのようにボロボロになっていたのだ。

 さっきの高出力のレーザー攻撃によって、体の各部位がプラズマ化してしまったのだろうな。


「どうやら、ここまでだな」


 俺は瀕死寸前のディノギレイドに歩み寄り、左手で頭を掴んだ。

 そして右手で喉を鷲掴みにする。俺の爪が超獣の皮膚を突き破り、深くめり込んでいく。


「……ギュア……キィ……シャア」


 喉を潰されてるため、うまく鳴き声があげられないようだ。

 かなり苦しいらしく尻尾がのたうち回り、残った腕と脚が激しく動いている。


「くたばれぇ!」


 そして握力と腕力に任せ、奴の喉元の肉を一気に抉り取る。

 ディノギレイドの首に大きな穴が開き、白い頚椎が露出した。

 そして開いた穴からゴボゴボと血の泡が吹き出した。


「まだ死なねぇのか……」


 さすが超獣だ。並の生命力じゃない。

 なら今度こそ、引導をくれてやる。

 ディノギレイドの首の穴に手を突っ込んで、頚椎を掴んだ。そして力を込めてへし折った。

 周囲に大木を折ったような乾いた音が鳴り響く。

 そして両手で頭部を掴み、勢いよく捻って胴体から引きちぎった。


「グガアァァァァァ!!」


 そして俺は引きちぎった超獣の頭を掲げ、勝利の咆哮を轟かせた。

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