予期せぬ乱入者

 巨大な怪物の注意を引き付けようとミアナは左腕を大きく振り、そして声を張り上げた。


「わたしが相手よ! 来なさい、この醜い化け物め」


 その行動と清らかな声質は、化け物と超人の気を引き付けるには十分。

 オボロが驚愕の表情で振り返ってくると、それより遅れて化け物はゆっくりと頭を下げ残された右目でギョロリとミアナを睨みつけた。


「……うぅ」


 眼光を向けられると、思わずミアナは小さな声を漏らした。

 その怪物の圧倒的な巨大さ、そして不気味さゆえにだ。

 眼前の巨体は五十メートルにもなり、尾を含めた全長は百メートルを軽々と越える。

 そして抉られた方の目からは大量の血と体液と破壊された脳髄が溢れている。

 ……常識外れにデカい、脳髄を潰されても動ける、そんな生物が現実に存在しているのだ、不気味この上ないだろう。


「わたしも多種多様な魔物は見てきたけど、こんな大きな個体がいるなんて知らなかったわ」


 彼女は、その怪物を魔物と誤認していた。

 ……無知ゆえに仕方ないと言えば、それまでだ。

 普通の人が今のミアナを見れば、勇敢に魔物と対峙しようとする毛玉人の可愛らしい少女と映るだろう。

 しかしある一部の者達から見ればそれは、何も知らぬ小娘が出しゃばって無謀にも人知を凌ぐ怪物に挑む愚行であった。


「ば、バカ野郎!! 何してやがる、早く逃げろおぉぉ!」


 オボロの怒号が響き渡るが、ミアナはそれを気にすることなく左手を突きだした。

 放とうとしているは、彼女の最大の攻撃魔術。


「以前のように闘うことはできないけど、魔術は健在。味方の援護や民間人を守ることぐらいはできる」


 利き腕を失ったことで、もう格闘戦や俊敏な動きはできない。しかし彼女には生来の魔術の才がある。

 けして今のミアナは弱くはない。むしろ並の冒険者なんかより遥かに強いだろう。


「狙うのは右目」


 ミアナは落ち着いて狙いを定める。

 相手は大武人とされるオボロでさえ手こずる程の存在だ。

 単調に魔術を放ったのでは有効打にはいたらないだろう。

 だからこそ彼女は視覚を潰そうと考えたのだ。視力さえ奪ってしまえば戦いは優勢になると。

 ……そう、たかが魔物相手なら良い判断だろう。……たかが魔物なら。


「ここの人達に指一本触れさせないわよ、食らえぇぇ!」


 今ミアナの心の中にあるのは都市を守ると言う純粋な思いだけ。

 石カブトとはまだ色々と揉めている、しかし現地の人達のおかげで自分も自国の人々も、何よりも王子は助かったのだ。

 そんな人達を助けようと思うのは当然であろう。ミアナは純情な少女なのだから。


「……えっ……どう言うこと?」


 だがしかし、ミアナが得意とする必殺の雷が放たれることはなかった。

 それもそのはずだ、魔術の要である魔粒子が集まらないのだから。


「オォォォン」


 何も知らぬレッサーパンダの少女をギョロリと眺めていたゴドルザーは、低い鳴き声を発すると顎を大きく広げた。


「まずい!」


 その口を開けると言う動きを見た瞬間オボロは駆け出した。


「な、何で……どうして?」


 ミアナは狼狽えることしかできなかった。

 これはいったいどうしたことか。魔術が放てないのだ。

 そんな混乱の最中、彼女の前方に閃光の柱が出現した。

 それはゴドルザーの放った分子破砕光線。

 暴獣は光線を照射したまま頭を持ち上げ始めた。

 分子破砕光線が大地を舐めるように進み土壌を気化させて行く。

 そして、その先にいるのは魔導士の少女。


「い……いやあぁぁ」


 ミアナは低い悲鳴をあげた。

 彼女が見ているのは、前方に現れた死の閃光が自分に迫って来る光景。

 恐怖で両脚が震え動けなかった。

 しかし光線は彼女に当たることはなかった。


「あうっ……!」


 死を悟った瞬間、ミアナは凄まじい衝撃で十メートル近くも吹っ飛んだ。


「ぐうおあぁぁぁぁ!!」


 かわり光線の直撃を受けたのは、ミアナを突き飛ばした超人であった。

 それは初めての痛みである。強力なエネルギーが超人の背中を焼いていく。

 そもそも文明的に考えて、現状に指向性エネルギーを照射する武器など有り得ない。

 だからこそ、この焼ける痛みは初めてなのだ。


「……ぐうおぉぉ」


 背面に分子破砕光線を浴びせられたオボロはズシリと両手を地面につけた。

 うなじ、背中、臀部、大腿部にかけて体毛も皮膚も焼き尽くされて真っ赤な筋繊維が剥き出しになっている。


「……くそぉ、一発いいのを貰った」


 苦痛をこらえてオボロは立ち上がると、振り返りゴドルザーを見上げた。

 それと同時に、「……ひぃ……やぁ!」と取り乱したような声が後ろから聞こえてきた。


「……お……オボロ……ケガを」


 起き上がったミアナが最初に見たのは、筋繊維剥き出しのオボロの背中。身の毛もよだつものであった。


「早く逃げろ! こいつは魔物なんがじゃねぇ、本物の化け物なんだ!」


 振り返らず発せられたオボロの一喝。

 それを聞いたミアナは緊張で息を荒げ、恐怖で瞳から涙を溢しながらも立ち去るように歩み出した。


「……あぁ……どうして……こんな」


 思考も安定しない状態でミアナは覚束ない足取りでその場から離れて行く。

 彼女は、まだまだ幼い少女。しかし未知の敵を前にし、さらに魔術が使用できないと言う理解不能の状況の中でどうにか動けるのだから、まだ大したものだろう。

 これで、またオボロは戦いに専念できる。


「ギュアァァ!」


 ……だが、この魔獣は相当に邪悪な知性を有していた。

 ゴドルザーは眼前のオボロには目もくれず、ヨロヨロと離れていく少女に向かって走り出したのだ。


「なにっ!」


 予期せぬ事態であった。

 オボロは背中の激痛に耐えながら、また駆け出した。

 ゴドルザーよりも早くミアナの元に駆けつけねば、彼女は間違いなく肉塊に変えられてしまうだろう。


「いやあぁぁ!」


 こちら真っ直ぐ猛進してくる八千トンの巨体。その恐ろしい姿にミアナは悲鳴を響かせる。

 そして魔獣の巨大な手が少女の命を叩き潰そうと振り上げられた。


「ミアナあぁぁぁ!」


 すんでの所でまたもミアナは突き飛ばされる。

 超人が間に合ったのだ。

 しかしかわりにオボロが地面にめり込むこととなった。

 オボロに叩き落とされた一撃は大地に亀裂を発生させ周囲一帯を揺るがす。


「ギュアァァ!」


 ゴドルザーはその邪悪な知性で理解したのだろう。

 この忌々しい小さな敵は同族を庇うと言う、戦闘において非効率的なことを行うと。

 そして、その高い仲間意識と言う性質を利用すれば反撃されずに一方的になぶり殺せると。


「ギュアァァオォォォン!」


 ゴドルザーは腕を持ち上げると、めり込んだオボロ目掛け再び手を振り下ろした。


「……食らうかよ!」


 しかしオボロは直ぐ様に地面から脱出して、横に飛んで二撃目を回避する。


「……ぬぐぅ」


 着地したオボロは呻くような低い声をあげた。

 分子破砕光線と叩き潰しを、立て続けに食らったのだ。相当なダメージが蓄積されている。

 ちょとした動作で体に激しい痛みが走るのだ。そのため動きも鈍っている。

 裂傷、熱傷、骨折、もはや多すぎて負傷箇所の数など分かりはしない。

 ……それに。


「やあぁぁぁぁ!」


 また少女の悲鳴が響き渡る。

 尻餅をついているミアナにズシリズシリとゴドルザーが迫りつつあった。


「くそ、間に合え!」


 オボロは彼女を助けるために走り出す。

 何も知らずに戦場に現れたミアナの存在が彼の足を引っ張っていた。そのため反撃に出ることもできない。

 互角程度だった戦況が彼女の出現により傾いてしまったのだ。


「……はぁ……ひぃ」


 ミアナは尻を地につけたままズリズリと後ずさる。

 魔獣の巨大な顔がゆっくりと近づいてきた。

 すると、突如ゴドルザーは角から凄まじい閃光をはなったのだ。


「……うぐぅ……熱」


 光に飲まれたミアナは体内から燃えるような感覚に襲われた。

 だがしかし、それだけであった。負傷するわけでも死ぬでもない、何の作用があるのか分からない閃光であった。


「ギュアァァ!」


 そして今度こそ少女の命を奪おうと言うのか、ゴドルザーは右手をミアナに伸ばした。


「ミアナあぁぁぁ! 立て! 逃げろおぉぉ!」


 その光景を見てオボロはあらんかぎりの叫び声をあげた。

 全力で走ってはいるが、負傷のせいで動きが鈍くなっている。

 ミアナの救助は、もう間に合いそうになかった。

 少しでも彼女が助かる確率があるとすれば、自力で立ちあがり避けることだけだろう。

 しかし恐怖に支配された彼女に、それは無理そうであった。

 オボロが負傷さえしてなければ、十分に間に合ったのだが……。


(オボロ、よく凌いだな。間に合ったぞ)





 ミアナは涙を溢しながら、ギュッと目を閉じた。

 自分の命を奪おうとする魔獣の巨大な手が伸びてくる。

 恐らく押し潰されて死ぬのだろう。体の開口部から水分と言う水分を噴出させた無惨な死体に変わり果てる恐怖。


「……」


 もはやミアナは悲鳴すらあげられなかった。


(お嬢ちゃん、そこを動くなよ!)


 しかしそれは突然だった。頭の中に男の声が響きわたったのだ。

 

 ――ズムッ!


 それは非常に鈍い大音量であった。

 その音が聞こえたあと、ミアナは恐る恐ると目を開いた。

 そこに写ったのは腕を伸ばしたまま硬直する魔獣の姿。その巨大な胴体の真下から、これまた大きな金属の塊とおぼしき物が突きだしゴドルザーの腹部に食い込んでいたのだ。


「ギュアァァオォォォン!」


 ゴドルザーは苦痛の鳴き声を轟かせると、思わず後ろ足だけで立ち上がり後退した。

 どうやら地面から突出した金属の塊らしき物が魔獣の腹部に強烈な一発を決めていたようだ。

 そして突如大きな揺れが押し寄せてきた。

 大地から飛び出ている金属の塊が徐々に地上へと姿を現していく。

 そして、それは塊ではなく金属の拳であった。


「グオォォォン!」


 無機質な咆哮のような音を発しながら大地を引き裂いて、それはミアナの目の前に現れ始めた。

 土砂を撒き散らしながら立ち上がろうとしている。

 それは、あまりにも大きくミアナは見上げることしかできなかった。

 

 「……角を生やした金属の巨人?」


 両側頭部辺に巨大な角を持つ機械仕掛けの戦人せんじんは、土煙を纏いながら全身をあらわにするとズシンとミアナを守るように一歩前に踏み出た。


(シキシマ、ゴドルザーを殲滅しろ)

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