超人の反撃

 最初に見えたのは歪んだ夜景であった。

 しかし真っ暗ではなく、月明かりが少しばかりさしているようだ。

 視界が歪んでいるせいで周囲の状況が明確には分からないが、前方の闇夜の中に巨大な何かが佇んでいるのが理解できる。


「……あででで」


 視覚の次に感じたのは全身の激痛と両目の違和感であった。

 そして徐々にあらゆる感覚が頭の中に押し寄せてきた。

 浮遊感はないが両足が地面に接していないようであった。

 そして次に感じたのはガラガラと瓦礫か石が崩れるような音。

 それが聞こえたと思ったら落下するような感覚に襲われて視界が暗くなり顔面に痛みと衝撃が走った。

 どうやら高所から落ちて、顔から地面に激突したらしい。

 その落下した巨体がムクリと起きあがった。


「痛ってえぇぇ! さっきから何なんだぁ? ……ぬおっ! 眼球めんたまが、とび出てんじゃねぇか」


 さっきから感じていた両目の痛みと違和感の原因が分かったオボロは、突出した両眼球を指で眼窩の中に押し戻す。

 そして拳で軽く頭を三、四度叩いた。

 痛みは残るが視力が正常に戻っていく。

 だがしかし、いったいなぜ自分がこんな負傷状態ありさまになっているのか思い出せない。


「……壁に食い込んでいたのか」


 振り返るとクレーターのようにへこんだ防壁が写った。

 目で捉えたその情報により、オボロは少しずつ記憶を取り戻し始める。

 都市の防壁は特殊合金を用いた特別製の鉄筋コンクリート。

 それが破損するほどの威力で自分は壁に激突したのが理解できた。

 致命傷に至るほどではないが、何か強力な一撃を食らって吹っ飛ばされたのだろう。


(オボロ! 動けるか? 来るぞ!)


 頭の中に誰かの言葉が走り抜けた。

 そしてこの刺激が最大の気付けとなり、オボロは飛んでいた記憶を取り戻すと現状況を把握した。


「ちっ! オレとしたことが意識を失っていたぜぇ! だが目玉とび出て、脳味噌が揺れて、おかげで吹っ切れた」


 身体中から血を滲み出させながらもオボロは気力に満ちた目で、数百メートル先に佇むゴドルザーを睨みつけた。

 強力な一撃を食らったが、この超人は負傷や痛みごときで戦意など削がれはしない。

 むしろ彼のように底無しに強靭な精神を持つ者は、過酷な状況こそかえってその闘志を揺さぶるもの。

 追い詰められれば、追い詰められただけこの男は強くなるのだ。


(あんな攻撃を受けて約六秒位の意識混濁で済むとは相変わらずとんでもねぇ奴だな、お前は)


 そんな生命力と強靭さを称賛する言葉がオボロの頭の中に響き渡る。


(生体素子で構成された俺の演算脳ずのうを持ってしても、お前の持つ可能性は計り知れんものだ)

「みくびるんじゃねぇ。あんくれぇの一撃ことで、くたばるかよ!」


 明らかに常識を逸脱した不死身っぷりであろう。

 あらゆる攻撃を阻む魔術による防壁、何よりも頑強な防具、神が与えし奇跡、そんな物は不用としか言いようがない肉体である。


「ギュアァァオォォォン!」


 そんな超人の強靭さに、苛立ちを覚えたのか暴獣は咆哮しながら駆け出した。

 真っ直ぐに敵である超人に突っ込んでいく。


(オボロ、もう少し凌げるか? まもなく助けが到着するぞ)

「冗談じゃねぇ! 言っただろ、甘える気はねぇと。それにもう、後がねぇんだよ」


 オボロの真後ろにあるのは防壁。つまり魔獣はもう都市の目の前までに迫って来ているのだ。

 悠長に助けが来るまでの時間稼ぎなど、やってる場合でない。

 これ以上、戦いを長引かせるのは不味い状態であろう。

 しかし、あれほどの巨大生物をどう葬るのか……。


「ちっとばかし汚ねぇが、やるか」


 魔獣は巨大ではあるが生物でもある。なら弱点の一つである、あれもあるかも知れない。

 そう考えオボロも駆け出した。


「ギュアァァ!」


 向かって来た超人を迎撃するため、ゴドルザーは速度を落とすと巨体を旋回させ長大な尾で凪ぎ払った。


「当たらねぇぞ!」


 オボロは跳躍して音速に達している尾の強打を回避する。そしてゴドルザーの背中に着地した。

 体に張り付かれたことを理解したのか、オボロを振り落とそうと闇雲に魔獣は暴れまわる。

 その影響で大量の土砂が巻き上がり、それにまぎれ草木が空中へと消し飛んでいく。


「落ちてたまるかよ!」


 強烈な揺れや遠心力の中をオボロは這いつくばるように進んでいく。

 落とされないためにも引っ掻けるように強固な爪を魔獣の表皮に突き入れて、肉を力強く握りしめた。

 そして、たどり着いたのはゴドルザーの頭である。やたらめったらに首を振るうため、特に加速度が凄まじい。


「食らえ!」


 そんな中をどうにか耐え凌ぎ、顔にまで到着したオボロは魔獣の左眼球に右腕を突きいれた。


「ギュアァァオォォォン!!」


 激痛の絶叫をゴドルザーは響かせた。

 鼓膜が破れるほどであろうがオボロの耳の耐久性は超人のもの、ゆえにこれしきで損傷することはない。


「この奥だ」


 そう言ってオボロは左腕も魔獣の眼球に叩き込んだ。

 そして怪力に任せてゴドルザーの眼球を引っ張り出した。重力に従いドロリと大きな目玉が流れ落ちる。


「玄関の完成だぜ!」


 目玉がなくなり空洞になった眼窩の中にオボロは上半身を潜り込ませた。

 魔獣の体液で全身が汚れることも気にせず、オボロは眼窩の内部から周囲の骨を拳骨で砕き割り軟組織を引きちぎり奥へと潜っていく。


「ギュアァァ!」


 眼窩の中で骨が砕ける度に魔獣の絶叫が響き渡る。

 オボロは更に奥へと潜り込むと腕を伸ばした。

 そして感じたのはブヨブヨとした非常に柔らかそうな手触りであった。


「これが魔獣の脳味噌か」


 眼窩の中から肉や骨を砕きながらたどり着いたのはゴドルザーの中枢。

 生物であるなら最大の弱点部位である。

 それを前にして、とる行動は一つだけであろう。


「くたばれぇ!」


 放たれたのは鉄拳による連撃。

 体重二十トン以上、一千五百万馬力、それから繰り出される一撃一撃は魔獣の中枢機能を破壊するには十分すぎた。

 中枢機能を破壊されたためかゴドルザーは全身を激しく痙攣させ、右目が高速でギョロギョロと動きまわり、口をパクパクと開閉させ続ける。

 脳を破壊されたことで秩序ある動きができなくなったのだろう。

 脳髄を破壊したオボロは身を捻りながら魔獣の眼窩からズルリと抜け出すと、飛び降りて大地に着地した。


「これでどうだぁ」


 そう言ってゴドルザーの顔を見上げた。

 魔獣の眼窩からはドロドロと脳髄が入り交じった血がこぼれ落ちている。

 しかし魔獣は倒れることなく、ただ激しく痙攣しているだけであった。

 そして一瞬ピタリと動きが停止したと思ったら、右目がギョロリと動きオボロを見据えた。


「ギュアァァオォォォン!」


 大咆哮が鳴り響いた。

 やはりただの生物ではない。脳髄を破壊されて活動し続けるなど、常識的にあり得ない。


「ちっ! この化け物が!」


 魔獣の異常性を目の当たりにして、オボロは舌打ちをする。

 今まで単独で何体か星外魔獣は殲滅してきた経験はあるが、ことこのゴドルザーは別格としか言いようがない。


(オボロ、こいつの中枢器官は全身に分散している。一つ潰しても、すぐに別の中枢が機能をとって変わるんだ)


 頭の中に男の声が響き渡る。


「……面倒くせぇが、一つ一つ潰していくしかねぇか」

(現状の手段では、それしか方法はないだろうな。ただ、あまり奴の体を穴だらけにするなよ。分析して分かったが、奴の体内には大量の放射性物質が貯蔵されている。下手すると放射性物質が漏れ出すぞ)

「くそ! 厄介極まりねぇな」


 男の説明を聞き終えると、苛立たしげにオボロは身構えた。

 破壊すべき中枢機能が複数、おまけに危険な物質が貯えられているしまつ。

 こんな厄介の塊を相手しなければならないのだから苛立つのも仕方ない。


「さあ、こっちよぉ! 魔物めぇ!」


 そして、それは突然に響き渡った。

 それは少女の声であった。


「なにっ!」


 声が聞こえたのは後方から。思わずオボロは振り返る。

 そこに佇んでいたのは、レッサーパンダの少女であった。 

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