暴獣の猛攻

 ゴドルザーの額辺りから伸びる鋭い角から発せられた指向性振動波が、大地を削るように吹き飛ばしていく。

 この暴獣は高速振動する角を地面に押し当てて大地を掘り返しているのではない。

 進行する方向の地質に集束させた振動波を放射することで大地を掘削しているのだ。


「くそ! 潜らせるかよ」


 地面に穴を開けて地中に潜り込もうとする魔獣を制止するべくオボロは駆け出す。

 地底に潜られれば容易に手出しができなくなり、こちらの攻撃の機会が減ってしまうのは一目瞭然。

 こと闘いにおいて、かなり不利な状況になってしまう。


「うおあ!」


 しかし接近は許されなかった。

 掘削振動波によって吹き荒れる土壌をぶっかけられたせいで、オボロは思わず足を止めてしまう。

 それは土煙とかそんなレベルではない、それは土壌の津波と言えるものであった。

 ゴドルザーの大きさは五十メートルにもなるのだ。その巨体が潜り込めるほどの穴が高速で掘られているのだから、吹き飛ばされる土砂の量は半端ではないのだ。


「ギュアァァオォォォン!!」


 オボロを煽るような咆哮が徐々に地底へと消えていく。

 そして土の洪水が緩やかになったときには、魔獣の姿が消えていた。


「ちっ! 地中に潜伏しやがったか」


 体を揺すって、こびりついた土を払うとオボロは忌々しげに舌打ち。

 そして警戒するように辺りを見渡し、全神経を研ぎ澄ませた。わずかな音や地面の揺れを感じ漏らさないためにも。

 地中に潜るタイプの魔獣は大抵いきなり地面から飛び出して攻撃すると言う、突発的なことをしかけてくることが多い。

 ゴドルザーも、そのような攻撃をしかけてくる可能性は高いだろう。


「厄介だな、まだ目標がオレのままだといいんだが……」


 しかし、それでも魔獣の行動は予想できないのだ。

 ゴドルザーが、いきなりオボロから都市にへと攻撃目標を変更することも考えられる。


「オレがここから離れれば、奴を都市から引き離すこともできるかもしれんが。なんとも言えねぇ……」


 今だ攻撃対象が自分だと言うのなら囮になってゲン・ドラゴンから魔獣を遠ざけることもできるかもしれないだろう、しかし実行するにはリスクが大きい。

 と色々と思索したいところだが、そんな余裕も魔獣は与えてくれない。


「ぬっ……」


 危険を察知して低い声を漏らすと、オボロは横に跳躍する。感じたのは地面の揺れなどではなく、土壌の発熱。

 そしてオボロが先程まで立っていた地面が真っ赤に染まった瞬間、破裂するように融解した土砂が飛び散り青白い一直線の閃光が天空の彼方へと消えていった。


「地中から光線かよ」


 真下からの分子破砕光線によってドロドロに溶けた地面にオボロは険しい目を向ける。

 そして、また足下の地面の発熱を感じてすぐさま横に大きく飛び上がった。


「またか、ちきしょう!」


 その回避行動を裏切ることなく、集束されたガンマ線たる分子破砕光線が地面を爆裂させて大気中の微小な物質を焼き払いながら夜の大空へと向かっていった。

 そして光線を回避して着地したオボロが次に感じたのは揺れ。

 轟音と共に背後の地面が盛り上がり、飛び出してきたのは頑丈そうな爪が備わった巨大な魔獣の手と腕。

 それが超人を叩き潰さんと振り下ろされた。


「くそったれ!」


 またもや回避を余儀なくされオボロは横へと飛ぶ、そして叩きつけられたゴドルザーの巨大な手は大地に亀裂を刻み込んだ。

 獲物を外したことを理解したのか、巨大な腕は土煙を纏いながら引きずられるように大地の中へと帰っていく。


「どうなってやがる」


 魔獣の攻撃行動があまりにも速すぎるのだ。

 地中をそんな速度で移動できるものだろうか……。


(奴は地中を陸上とほぼ変わらない速度で移動できる)


 そんな思いを見計らうかのように、頭の中にあの男の声が響き渡る。


(掘削振動波によって、大地の中を空気のように通り抜けることができるんだ)


 ゴドルザーの能力を解説してくれるのは良いが、状況が状況なだけに喜べたものではないのだ。


「説明はありがてぇが、どうしたものか……」


 魔獣の攻撃自体は避け続けられるだろうが、奴が地中にいる間こちらは手出しができない。

 しかしゴドルザーは地中から一方的に攻撃をしかけてくることができる。

 極めて戦況は不利。

 ……唯一攻撃できる機会があるとすれば、奴が体の一部を地上に出したときのみくらいだろう。


「チマチマしたことは好きじゃねぇが、やるしかねぇ!」


 そして、オボロは再び足下にわずかな揺れを感じるのであった。

 その瞬間オボロは真上に高く飛び上がり、地表に目を向ける。

 やはり大地が裂けて飛び出してきたのは魔獣の凶悪な手。


「一発、てぇのを食らわせてやる」


 着地するなりオボロは急いで駆け出す。

 魔獣の手が地中に消える前に、三つある指のうち真ん中の指に抱きつくように掴みかかった。


「せえぇぇのおぉぉぉ! おりゃあ!!」


 雄叫びをあげるとオボロは体を力づよく回転させる。

 そして、ビキビキとちぎれるような大音量が鳴り響いた。

 魔獣の指間接の組織が捻切れる音であった。

 巨大生物の指を捻り折るなど、オボロの巨体と怪力があってこそなせる芸当であろう。


「ギュアァァ!!」


 大地の中から聞こえたのは、ゴドルザーのくぐもった絶叫であった。

 そして捻折れた指に絡み付くオボロを振り払おうと、そのまま手を何度も地面に叩きつけた。


「痛で! 痛で! 痛でぇぇ!」


 大地に数度激突したのちオボロは魔獣の指から手を放した。

 振り飛ばされてゴロゴロと地面を転げたが、すぐさま立ち上がりのたうち回る魔獣の手に視線を向けた。


「どうだぁ!」


 捻り折ったゴドルザーの中指からは骨がとび出ており、裂けた皮膚から血であろう赤黒い体液が伝うように流れ落ちている。

 そして、のたうち暴れまわっていた手は逃げ帰るように地中へと姿を消した。

 するとオボロは再び地面に揺れを感じるのであった。


「また同じことを」


 発熱ではなく地面の揺れであるからして、分子破砕光線ではなく肉体を用いた攻撃であろう。

 そう読んでオボロは、また回避のため高く真上に跳躍する。


「手を出したら、また指をぶっ潰してやるぜ」


 上空でそう呟くとオボロは真下に目を向けた。

 だがしかし、そこには魔獣の手などはなかった。避けられると思い攻撃を中断したのだろうか。

 そして重力に支配されてオボロの落下が始まった瞬間、轟音と凄まじい量の土砂を纏いながらゴドルザーが大地から飛び出した。


「ギュアァァオォォォン!」


 咆哮を響かせながら魔獣は落ちてくるオボロをギョロリと睨みつけた。

 さきほどオボロが感じた足下の揺れはフェイントであったのだ。


「しまった!」


 超人とは言え重力から脱け出すことはできない。

中空では左にも右にも移動できない、ただただ重力に従って落ちるのみ。

 ゆえにその軌道は分かりきっている。


「ギュアァァオォォォン!」


 四足歩行の魔獣は二足で立ち上がると雄叫び響かせた。

 そして恨みと怒りを込めた一撃を落下してきたオボロに叩き込んだ。

 魔獣が放ったのは張り手。宙を舞っていた虫を叩き落とすかのような無造作な様に見える。

 しかし実際は八千トンの巨体が亜音速の一撃を放つと言うもの。


「ぐうあぁぁぁ!」


 それは超大規模な爆弾を間近で受けたような衝撃であった。

 オボロの飛び出しそうになった両眼球が次々と高速で移り変わる場景を捉える。

 そして巨大なゴドルザーが遠ざかっていくのが分かる。

 何が起きてるのかよく分からないが、ただ自分が高速で移動しているのは理解できた。

 そして背中に凄まじい衝撃が走しり、破壊音らしき轟音が響き渡った。





 「はぁ……はぁ……」


 その少女は息を切らしながら駆けていた。とは言え人間ではない。彼女の頭の上には獣のような耳があり、全身ふんわりとした体毛で覆われているのだから。

 少女のその足取りは遅くフラついていた。

 だが仕方ないことだろう、彼女には片腕がないのだから。


「オボロ……わたしも戦える。まってて」


 少女の視線の先には、ゲン・ドラゴンの防壁に背中からめり込んだ超人の姿があった。

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