激突の暴獣

 八千トンの巨体が、時速三百キロ以上で駆け抜ける。無茶苦茶としか言いようがないが、実際それが目の前で起きていた。


「ギュアァァ!!」


 咆哮を轟かせながら四足で猛進するゴドルザー。

 仮死状態中に、より戦闘的に強化された肉体は驚愕ものであった。

 その巨体に似つかわしくない移動速度で、叩き飛ばされて数百メートルも離れていたオボロとの距離をたちまちに縮めていく。

 防衛本能かあるいは闘争本能ゆえにか、ゴドルザーはオボロを葬り去るべき外敵と認識したようであった。


「……ちきしょう」


 一瞬だけ後ろを振り向くとオボロは苦し気に呟く。彼の後方には都市がある。

 角で殴打されたオボロは、ゲン・ドラゴンが位置する方角へと吹っ飛ばされていたのだ。

 せっかく力任せにゴドルザーを都市から引き離したのだが、また振り出しに戻されてしまったのだ。

 しかし悲観してる場合ではない。

 このまま都市に突っ込まれれば、どれ程の犠牲と被害がでようか。

 八千トンの塊が時速三百キロで突進してくるのだ、ひとたまりもない。


「へっ! 対象をオレに変えたか」


 だがしかし今や暴獣の攻撃目標はオボロと思われる。それなら都合が良いとも言えだろう。

 意識が都市ではなく自分に向いているなら、戦いやすくもなるものだ。


「来いやあぁぁ!」


 そして応戦するべくオボロも駆け出した。

 今の彼は丸腰。自慰の途中だったため服すら着てないのだ。

 しかしオボロに武器や装備は不要。超人の肉体があるゆえに。

 それを証明するかのようにオボロの走る速度も悠々に三百キロを越えている。

 互いに高速で接近しているため、たちまちオボロとゴドルザーの距離が縮まる。

 そしてぶつかり合う寸前にオボロは跳躍して魔獣の顔面にへばりついた……と言うよりかは速度が速度だっただけに激突したと言える。


「ぐうおあぁぁぁぁ!!」


 接触した衝撃は強烈であった。常人なら幾度も死にいたる威力であろう。

 全身に凄まじい衝撃が伝わり意識が飛びそうになるが、超人たるオボロはこれを強靭な肉体で耐え抜いた。


「ギュアァァオォォォン!」


 外敵が顔面に取りついてきた事を認知したのか、ゴドルザーは四肢で大地を抉りながら急制動をかけて停止した。

 そして左の目元あたりにへばりつくオボロを振り払おうと、頭を激しく全方向に振り回す。

 それはつまりオボロは高速であらゆる方向に振り回され、とんでもない遠心力を受ける事を意味している。

 両手だけでゴドルザーの顔にしがみつくオボロは呼吸困難と上半身から血液がなくなるような感覚に襲われていた。


「ぬおぉぉ!! 離さねぇぜ!」


 その凄まじい加速度の中、オボロは力強く魔獣の目元の肉を掴み振り飛ばされまいとこらえた。

 両手に力を込めたことで、強固な爪がゴドルザーの肉を突き破り超怪力による握力によって太い指がズブズブと食い込んでゆく。破れた表皮からは赤黒い体液が滲みでていた。


「ギュアァァ!」


 ゴドルザーの悲鳴のような鳴き声が響き渡る。

 目元辺りの肉が破れて、苦痛を感じているのだろう。

 ゴドルザーは我慢ならなくなったようで右前足で顔を擦るようにして、へばりつくオボロを叩き落とした。

 強靭な握力で掴まれていた魔獣の皮膚の一部がちぎり取れ、オボロは高速で大地に激突する。


「ぐうお! ちっ、あぶねぇ!」


 地面にめり込んだオボロは苦痛に耐えると、すかさず起き上がり一度舌打ちをして掴んでいた魔獣の皮膚を投げ捨てる。

 痛みで怯んでいる暇はないのだ。すぐに戦闘体勢を整えないと、次の攻撃を食らうはめになる。

 なぜなら、もうすでにゴドルザーは攻撃をしかけようとしていたからだ。


「ギュアァァ!」


 虫ケラのごとき外敵を潰そうと魔獣は左前足を高々と掲げ、もの凄いスピードで振り下ろした。

 オボロは真後ろに跳躍して、そのゴドルザーの叩き潰し攻撃を避ける。

 外れたゴドルザーの前足が地面に激突した。周囲一帯を揺さぶり、爆発したかのごとく土壌を巻き上げ、大地に亀裂を発生させた。

 ただの張り手による一撃だが、並の魔術や既存の武器など比較にもならない破壊力である。


「くそ、やってくれるぜ」


 攻撃を避けるため跳躍したオボロは着陸すると、顔の皮膚が抉れたゴドルザーを見上げた。

 

「デカイうえに動きもえ、厄介極まりねぇぜ!」


 密着すれば振り回され、距離をはなせば素手であるこちらには攻撃手段がなくなる。

 それだけでなく……。

 そう考えているうちに、その一番危険な攻撃が放たれたようとしていた。


「やっべぇ!」


 気づいたオボロは真横に駆け出した。

 ゴドルザーの開かれた口腔から直線の輝きが放たれたのだ。

 あらゆる物質を破壊せんとする分子破砕光線であった。

 走るオボロを追尾するようにゴドルザーは光線を照射して超人の踏みしめた地面を瞬時に昇華させていく。

 オボロが通過した地面は一瞬で気化して爆裂がおき溶けた土壌を巻きちらしてゆく。


「ちくしょう! いつまで吐いていやがる」


 光線から逃げながらオボロは忌々しげに顔を歪ませる。

 先程までこんな長時間の光線照射はしていなかった。せいぜい一~二秒程だったはずなのだが。

 なのに今は六秒以上も照射を続けている。

 そして十秒近くたって、やっと破壊のエネルギーの放射がおさまった。

 十秒がここまで長く感じられたのは人生初めてであろう。


「やはり距離を離すのは危険すぎる。あんな飛び道具があるんじゃあなぁ」


 ゴドルザーの分子破砕光線は照射の前動作などを見極めることで回避できるが、状況が状況なだけにちょっとした判断の誤りなどで回避に失敗する可能性もありえる。

 そうなれば大ダメージは確実。

 より安全性を考慮するなら、やはり振り回されるのは覚悟で奴の巨体に密着するしかないだろう。


「それにしても、あんな長い間光線を発射しやがって。さすがに危なかったぞ」

(おそらく体質強化によって、光線の照射時間が向上したんだろう)


 頭の中にあの男の言葉が飛び込んできた。


(とは言えエネルギーの充填は必要なはずだ、連続での使用はできないだろう。となれば今の内に接近するんだ)

「おう!」


 話を聞いたオボロは再び駆け出す、また厄介な分子破砕光線が発射される前に距離をつめて奴の肉体に取り付かなければ。

 と、いきなりゴドルザーは顔面を地面へと向けた。すると顔を向けた大地から、もの凄い勢いで土煙が巻き上がり、土壌に含まれていたであろう岩などが砕けて砂塵へと変わっていくではないか。


「な、なんだ!」


 オボロは脚を止めることなく、異常な行動を始めたゴドルザーに鋭い視線を送った。


(角から高指向性の振動……まずいぞ、奴は地中に潜り気だ! ゴドルザーの角から高指向の振動波が放射されてる、それで地面を掘削しているんだ)


 ゴドルザーが放射する掘削振動波はかなり強力なのだろう、地質が揺さぶられ瞬く間に大地が掘られていく。

 地面に潜られれば手出しができなくなってしまう。

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