魔の化け物達

 こりゃあ、いったいどう言うことだ?

 俺は周囲を見渡した。だが見えるのは漂う赤い煙だけ。

 ……前も後ろも、全方向が血のように紅い。

 辺り一帯が紅色の濃い煙に覆われているのだ。おかげで、目視で周囲の状況を確認するのが困難な状況にある。

 おまけに超獣の反応も消失していた。触覚を研ぎ澄ませても敵を察知できないのだ。

 なぜ、こんな状況になったのかと言うと、超獣に反撃の当て身を叩き込んで避けられたと思った瞬間、いきなり超獣の体から紅い煙が発生し、それが物凄い勢いで大気中に拡散して辺りを包みこんだのだ。

 それと同時に超獣の気配も消え去った。


「……この紅い煙を撒き散らすのが、超獣の能力なのか?」


 敵の視界を遮るための煙幕……と言う訳ではないはずだ。

 ただの煙ごときで、怪獣の超感覚による探知から逃れることなどできない。

 言うなれば、百メートル近い巨体を誇る超獣の実体が消え去ったとしか説明ができないのだ。


「どうなっていやがる、野郎はどこに行きやがった?」


 集中しても、やはり超獣の反応がない。熱源、音波、共に反応が感じられない。

 そして紅い煙はさらに周囲に拡大する。それに合わせて周りの濃かった色が薄くなっていき、視界が開けてきた。肉眼でも十分に確認できるまでに。

 しかし、どこにも超獣の巨体が見当たらなかった。


「……いない、まさか逃げたのか?」


 いや、そんなわけ……。と、思った瞬間であった。激しい分子の流れを感じた。

 正確に言えば、気体状の物質が俺の背後で高速で集まり凝縮されていくのを感知したのだ。

 そして、いきなりに真後ろから超獣の反応を察知した


「キシャアァァ!」

「ぐぅあっ!」


 そして思わず振り返った途端、超獣の雄叫びと共に掬い上げるような鉤爪の一撃が俺の胴体に刻みつけられた。

 ……何だと!

 それはまさに気配が消えていた超獣が、いきなり背後に現れたとしか言いようがなかった。


「バカな! いつの間に俺の背後に周り込んでいたんだ?」


 刃物のような鋭利な爪により、左脇腹から右胸にかけて三つの切り傷がつけらた。そこからジワリと血が滲み出てくる。

 だが十分に耐えられる痛みだし、傷も深くはない。

 やはり、こいつの攻撃力はそれほど高くないようだ。

 だが、どうやって俺の背後に回り込んだんだ? それに、さっきまで気配が消失していたのに。


「チッ! 今は考えてる場合じゃない、食らいやがれぇ!!」


 受けた傷など気にせず、右手で超獣の顔面を引っ張ったこうとした。

 奴は今鉤爪を大きく振ったことで、すぐには回避行動の姿勢に移れないはずだ。

 俺の体重は十万トン以上、超獣はおおよそ五万トン程。

 肉弾戦ともなれば俺のほうが有利だ!

 渾身の力を叩き込んだ……かに思われたが、その一発は虚しくも空を切った。


「……こいつ」


 なぜ俺の攻撃が奴に当たらなかったのか、張り手が直撃しそうになった時に理由が分かった。


「肉体を気体化させられるのか……」


 俺の目の前に、さっきまで辺り一帯を包み込んでいた紅い煙と同じものと思える気体が漂っていた。

 ……そう、この煙の正体は超獣だ。

 俺の当て身が直撃する寸前、超獣の肉体が紅い煙に変貌したのだ。

 ともなれば、俺の攻撃など素通りしてしまうのも当然。気体を殴り倒すなど無理な話だ。

 つまり奴は攻撃を回避したのではなく、肉体をガス状に変化させることで俺の攻撃をすり抜けさせていたのだ。


「……いくらなんでも、生物にそこまでの能力が備わるものか?」


 とは言え、超獣は魔獣が変異してさらに強大になった存在。なら、何でもありと言っても過言ではないのだろう。

 そして紅い煙は再び拡散して周囲を埋めつくし、さらに範囲を拡大させ大気中に混じりあっていく。


「くっ! やはり反応が消失した。気体化している間は探知できないってわけか」

(聞こえるかね、ムラト殿?)


 すると頭の中に言葉が響き渡った。

 どうやら副長からの精神感応テレパシーのようだ。

 無論のことニオン副長の力ではない。怪獣の能力によって可能な、脳間での高密度情報通信により副長側からでも俺に向けて思考を送れるのだ。


(これは、とても厄介な超獣のようだね)

(はい、肉体をガス化させるなど……これでは手の出しようがありません)


 厄介どころではない、こんな相手にどう攻撃していいのやらだ。


(奴は、ディノギレイドは分子間結合を緩めることで肉体を気体化させているようだ)


 ディノギレイド?


(奇煙竜魔きえんりゅうまディノギレイド。初めて見る宇宙生物だから、一応のこと名前をつけさせてもらったよ)

(何か、いい案はありませんかね?)

(……危険ではあるが、奴が攻撃を仕掛けてくる瞬間に反撃すると言う手段もある)


 つまりカウンター攻撃と言うわけか。

 実体化しなければ奴も俺には攻撃ができんだろうからな。そこを狙えば……。

 と、その時また激しい分子の動きを察知した。周囲に拡散していた紅い気体が俺の頭上で凝縮されていくのが分かった。


「……くそ、真上か!」


 とっさに後ろにさがる、と同時に超獣は頭上で実体化し鉤爪を降り下ろしてきた。

 避けきることができず、また体を刻まれる。

 とは言え、奴の攻撃力は低い。……そう高を括った瞬間、強烈な激痛に襲われた。


「ぬがぁぁぁ!!」


 胸から下腹部にかけて下ろすように、ザックリと深く切り裂かれていた。大量の血が皮膚を伝って地面にながれおちる。

 ……おかしい、超獣の爪の切れ味は俺の表皮をわずかに傷付ける程度だったはず。

 なのになぜ、いきなり攻撃力が増したんだ。

 痛みをこらえて、俺は超獣を睨み付けた。


「キシャアァァ!」


 そして、ディノギレイドは咆哮を轟かせると百メートル近い巨体にも関わらず、音速を越える速さで突っ込んできた。



× × ×



 どれ程の静寂が続いた、だろうか。

 超人の鉄拳を喰らって活動を停止したゴドルザーは、眼球が飛び出して空っぽになった右眼窩から赤黒い体液をドロドロと溢れさせている。

 ゴドルザーが動かなくなってから、十分程経過していた。


「死んだのか?」


 星外魔獣は通常生物とは比較にならない生命力を持っている。にも関わらず、これ程巨大な魔獣がたった一撃で倒れるのも疑わしいものである。

 オボロは魔獣の死亡を確認するため、ゴドルザーの背中に飛び乗った。

 そして、背中の真ん中で拳を降り下ろした。

 ズドン! と、鈍い音が鳴り響く。

 しかし、ゴドルザーには何の反応もなかった。


「やはり、死んだか。何だか、思ったよりも呆気なかったな」


 宇宙生物が死んだことで都市は救われたのだ。なら勝利を喜び、危険が去ったことに安堵すべきだろうが、どうもオボロは腑に落ちない様子であった。


(生命反応が著しく低下している。恐らく絶命寸前なのかもしれない)


 オボロがゴドルザーの体から飛び降りると、ニオンの師を語る男の言葉が頭の中に響いてきた。


「このままくたばるんなら、それでいいが何とも言えんなぁ」


 そう言ってオボロが絶命寸前のゴドルザーに背を向けた時だった。


(……んっ、生命反応急上昇! いかん、そいつは死んでいないぞ!!)


 頭の中に男の叫ぶような言葉が反響するが、それと同時にオボロは激しい痛みと浮遊感に襲われた。


「ぐあっ!」


 それは巨大な角による殴打であった。突如息を吹き返したゴドルザーの凪ぎ払うような一撃。

 八千トンの怪物から攻撃は、二十トンを越えるオボロの肉体を数百メートルも吹き飛ばす程に強力であった。

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