膨れ上がる脅威

 それにしても、おかしなことだ。

 そう考えながら俺は目的地である異常な放射線が観測された領地の境界付近、つまり宇宙生物が潜伏している疑いがある地点に向かって歩いていた。

 時は真夜中、雲がややあるため月光が遮られ歩く平原は暗い。

 だが怪獣の超感覚により闇夜でも、鮮明に周囲の情報が分かる。ゆえに道に迷うなどはありえない。


「この調子なら、あと半刻程で到着するな」


 俺達が今目指しているのは、女王が統治している領域とペトロワ領の境目だ。

 領域の境界なだけにゲン・ドラゴンからかなり距離が離れてはいるが、大怪獣である俺の移動能力にかかればどうと言うことはない。

 二足歩行で毎時約九十キロで動けるのだから、どんな悪い地形でも高速で走破することができる。

 ……そしておかしなこととは、なぜそんな場所に星外魔獣が潜伏しているのかだ。


(ところで副長、おかしいとは思いませか? なぜ、工業どころかまともな機械が行き渡っていない地点に宇宙生物が潜んでいるのか)


 俺の頭の上に佇んでいるニオン副長に、そう問いかけた。声に頼らない思念の言葉で。


(ふむ、私も道中にそう思っていたよ。君の言うとおり、ここは以前までは別の領主が統治していた領域だ。だからこそ工学技術は普及していない)


 頭の中に穏やかな口調の言葉が返ってきた。

 副長の言うとおり、この一帯に機械の類いは一切存在していない。

 ゲン・ドラゴンから南下したこの地域は今でこそペトロワ領の一部となったが、元々は悪徳クズ領主が支配していたルゴアス領だった場所。

 だからこそ機械的な電磁波やエネルギーが存在しない。

 ……なのだが。


(奴等は機械文明に反応するのに、その類いが存在しない場所に出現するなど、おかしなことだと思いますが?)


 女王の意思で、この領地がペトロワ領に委ねられてから機械などは普及させてもいない、なのになぜこの場所に宇宙生物がいるのか疑問がつきないのだ。


(……奴等は常に自己的に成長、強化、変異、進化を続けている怪物だ。だからこそ、機械的な物に限らず、別の目的で活動するように変化してもおかしなことではない)


 険しげ副長の言葉が、俺の頭の中に響いた。

 つまり、機械文明以外の理由でもこの星に飛来してくる可能性があると言うことだろうか。

 それならば、今までの考えは捨てなければならないかもしれない。宇宙生物は機械文明に引き寄せらると言う考えを。

 となると星外魔獣どもの危険性は桁外れに上昇する。

 もしかすると、俺達……いやこの惑星は極めて危険な状況に陥っているのではなかろうか。


(つまり、機械が存在しない場所に奴等が出現してもおかしくはないと?)

(そのとおりだ。こうしている間にも、別の国に出現してもおかしくはないんだ。奴等は、神のような超常の存在から見ても制御がきかず理解も予測もできない得体の知れない正真正銘の怪物だ)


 神でも制御も理解もできない生物。

 それが、この世界に無数に存在して、常に成長している。そして、そんな得体の分からない化け物を相手に石カブトは戦っている。

 ……はたして、この戦いに終わりなどあるのだろうか?

 

(奴等の成長速度や外敵に対しての効率的な強化は脅威以外何でもない。その結果、魔術を無効にし神の干渉さえも阻害するほどになったのだから)


 そう冷静に副長は語るが、話の内容は苛烈だ。

 魔術の無効、神の力の妨害。星外魔獣は、これを生体レベルの機能でやってのける。

 こと、魔術や英力のような異能を操る者にとっては死活問題だ。

 一見、魔獣達の特殊な能力は物理法則の枠を越えた説明不可能な超常現象にしか見えないが全ては科学的な原理によるもの、つまり神秘にしか思えない超科学。

 それによって他力を当てにせず、そんな驚愕なことが可能なのだ。


(しかし、いかにしてその様な能力を発揮しているんですかね? 俺にはとても理解などできません)


 こんな会話ばかりをしていると、頭の中がこんがらがってくる。

 これではまるで超常神秘や神と言えども、自然科学の中の一つでしかないと言ってそうなものだ。


(私も詳しくは理解できていない、そして現状での原理解明は困難だ。しかし量子力学制御、高次元的操作、概念学、事象学、因果学など、本来なら神などの超越的存在ぐらいしか理解できていない自然科学を生体レベルで利用しているのかもしれない。それによって、世のことわりの改竄の妨害、神の干渉の遮蔽を行っているのだろう)


 ……もはや、まったくもって分からない。

 この人が天才であるのは分かる。しかし、ここまでになってくると、どんな頭脳をしているのだと言いたくなる。


(副長、申し訳ありませんが今の俺には内容が難しすぎます。とりあえず今は任務に集中することにします。まずは目の前のことに全力をつくしましょう)

(ふむ、君の言うとおりだ。余計な心配事は、仕事を終えてからにしよう。まもなく目的地だ)




 しばらくして、領地の境界線から数キロほど離れた位置である目的の地点に到着した。

 特に変わった様子はない。雲がなくなったため、平原が月の輝きに照らされている。

 何のへんてつもない、静かで綺麗な夜だ。


「今のところ、特に変わった様子はない。異常な放射線の数値もなしか」


 大地に降りたニオン副長は小型の測定器を手にして周囲を見渡している。

 俺も触覚を研ぎ澄ませ、周囲の情報収集を行う。副長の言うとおり、異常は観測されない。


「いずれにせよ位置は間違っていません。一帯の地中を調べてみますか?」

「うむ、頼む」


 地中を調べるため、爪を大地に突き刺した時だった。


「うっ! こ……これは」


 いきなりに俺の超感覚が異常の発生を観測した。それは放射線の察知、だがここではない。

 位置はゲン・ドラゴンの周辺だ。


「まさか!」


 副長も懐に忍ばせていた端末の警報音を聞いて、緊急事態を理解したようだ。

 ゲン・ドラゴンに星外魔獣が出現したことを。


「……副長、もしかすると」


 ここで俺は、ある結論にいたった。

 この一帯で観測された不自然な放射線の増加は、俺達を誘い出すための行動だったのではないか。

 そして俺達が、ここに到着した瞬間に都市近辺に魔獣が出現した。

 明らかに俺達が不在の時をつくような攻撃である。


「……ムラト殿、どうやら私達はまんまと策にはめられたようだ。ゲン・ドラゴンから離れるように陽動されたんだ」


 そう言って、ニオン副長は頬に汗を伝わせた。

 こうしてはいられない、すぐに都市に戻らないと。

 と、その時また別の異常を察知した。

 ……何かが来る!


「……副長、どうやら俺達にも相手がいるようです。外気圏から何かが降下してきます」


 そう言って夜空を見上げた時だった。

 周囲が昼間以上の輝きに包まれた。上空から現れたのた火球。しかし、隕石ではない。

 火球が生物であるのが理解できた。 

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