産み出された魔導士

 彼女が何を目論んでいるかなど、オボロはお見通しであった。

 ミアナが異様かつ唐突に色目を使って来た時点で、そのことを理解していのだ。


「オレの子供を孕み、そいつを使って国を奪い返す算段だな。違うか」


 オボロは声を濁らせながら、ミアナを見下ろす。

 超人に犯されそうになった恐怖の感覚がまだ抜けないのか、そんな彼女は座りこんだまま震えていた。


「……こ、こんなことしか……思いつかなかったの」


 ミアナは涙を溢れさせながら、とぎれとぎれに答えた。


「あなたの……超人的な力をえるには……」


 彼女の企てはオボロの子供を自分の身に宿し、産まれた超人の子を育て、その圧倒的な戦闘力を持ってして帝国から王国を奪還することであったのだ。

 かなり回りくどい手段ではあろうが石カブトの協力が得られないと分かった以上、彼女にはこんなやり方しか残されていなかったのだろう。

 自分が女だからこそできる、最後の方法であったのだ。


「まったく、自分の子供を戦いの道具になんかするな。それに、そんなことのために好きでもない奴に股座を許すようなこともやめろ」


 オボロは巨大な右手を器用に操り、人差し指でへたれ込むミアナの頬に触れ、優しく涙を拭う。


「戦場に出向く魔導士とは言え、お前は女だろう。だったら好きになった男と家族をつくれ。自分の身を汚すようなことはするな、泣くほど怖かったんなら二度とこんなことはやるんじゃねぇ」


 涙を拭う指を離し、その指でミアナの頭をなでまわした。

 オボロの膂力にかかれば指一本で容易く人の頸椎を砕きかねないが、少女の頭を繊細に触れられるあたり極めて精密に力を制御できていることが理解できる。


「すまなかったな、怖がらせて。だが、お前のことだ、こうでもせんと分からないだろう」


 昼間の態度や先程の行動を考慮すれば、ミアナは相当に諦めが悪いことが理解できる。

 だからこそオボロは、好きでもない男に犯されるとはどういうことなのか、それを教えるためにも過激なことをしたのだ。手段を選ばず自分の身を汚そうとする彼女を止めるためにも。


「まったく、何だってこんな真似を思い付いたんだ」

「……別に不思議なことじゃない」


 オボロの問いにミアナは弱々しく答えた。


「強い子孫を残すために、強い者と子供をもうけることは不思議なことじゃない。それによって種族しゅそのものを強くしようとしている価値観だってある」

「……まあ、たしかにそう言った考えはあるとは思うが……お前自身の意思はどうなんだ」


 一部の生物的な本能や文化から見れば、彼女の言うとおり強い子孫を残すためにも強い異姓とまぐわうのは、けして間違いではないだろう。

 しかし彼女は、本心からそれを望んでいるのだろうか。

 すると、ある程度落ち着いたのかミアナは立ち上がるとオボロの真横に座り込み両膝を抱えた。


「わたしも、そうやって産まれたの」

「どういうことだ?」


 傍らに座り込む少女をオボロは横目で見下ろした。


「なぜ、わたし達の国には優れた魔導士が多いと思う?」

「世界中から魔力の優れた毛玉人をかき集めたからじゃあねえのか」


 そのオボロの言葉にミアナは頭を横にふった。


「もちろん、それもあるわ。でも最大の要因は、一部の優秀な魔導士達は人為的に産まれたから、いや産み出されたからなの。つまり優れた魔術士達を選抜して、その選ばれた者達に子供を産ませていたから。ある意味、品種改良みたいなものね……わたしは、そうやって産まれた魔導士の一人。そして産まれた子は、すぐに養成施設に引き取られて育てられる」


 ミアナの幼い頃の記憶に両親の顔はない。

 思いでの中にあるのは、施設の仲間達とそこで働く職員達の顔だけであった。

 そしてミアナはポツリポツリと施設での生活を語りだした。

 両親の顔も分からず、ミアナは優秀な魔導士となるべく施設で引き取られ教育を受け続けていた。

 その施設にいた子供達は全員人同士の愛情で産まれたのではなく国や社会の利益となるべくして人為的に産みだされた子達であり、彼女同様に親の顔を知る者はいなかった。

 そして数年の教育を得て魔術の才がある者は専門の学院に入れられ、才を開花できなかった者達は養子として普通の住民になるのである。

 それによって、バイナル王国は優れた魔術士達が多くなったのだ。

 ……だが、これは果たして許されることなのだろうか。


「おいおい人道的にどうなんだ? 国家のために、人にそんな家畜の交配みてぇなことを施して」


 ミアナの話を聞いて、オボロは不快な表情を見せた。


「もちろん許されるわけがない。これは国の一部の上層部が秘密裏に進めていた軍事力を強化するための計画だったの。でもその情報が漏洩し、このことを知った国王様は激怒して施設を解体して上層部の奴等も処罰された。そして計画的に産み出された、子供達は普通の生活に戻ったの。そんな中、わたしは学院に入って大魔導騎士隊マジカル・ナイツになったの」

「……そうか。人為的に産まれたからって、偏見はなかったんだろ」

「もちろん。毛玉人はそう言ったことには無関心だからね」

「……うらやましいものだ」


 ミアナの話を静かに聞いていたオボロは囁いた。


「オレはこの体に変異した時に集落から追放されたんだ」

「……追い出された?」

「そうだ、そして……うんっ!」


 オボロは突如会話を中断し外の方に顔を向けた。

 それは突然だった。異様な気配を感じたのだ。音や臭いではない。

 五感では感じ取れない何かを察知したのだ。

 オボロは立ち上がると、小屋の出入り口に垂らされた布をめくり全裸のまま外に飛び出した。


「いきなりどうしたのオボロ!」


 何事かと思いミアナも彼の後を追うように外にでた。


「何か来る」


 小屋の外に出たオボロは跳躍して防壁の上にズシンと着地すると南の方へと目を向ける。

 体が巨大化したことで五感以外の感覚に目覚めたのだろうか……。

 とにかく今言えることは、何か不吉なものが近付きつつあると言うことだけ。

 そして、いきなり都市ゲン・ドラゴンに腹の奥にまで浸透するようなサイレン音が鳴り響いた。それは、まるで根元的な恐怖を思いおこされそうな音であった。

 本来、都市の警報音は魔物の群れの襲来や別の国からの武力攻撃を意味するのだが、ここでは宇宙からの怪物が都市の近辺に出現したことを知らせるものであった。





 ゲン・ドラゴンより南に約三キロの地点。

 その大地が突如に盛り上がり、そして轟音とともに弾けとんだ。


「ギュアァァァオオォォォン!!」


 空気を揺るがす大咆哮。

 それは黒茶色の表皮をした爬虫類と言えそうな見た目で、頭の両脇にヒレのような突起があり、額からは鋭いトゲのごとき一角が生えていた。

 それは、まさに地底の魔獣と言えそうな宇宙生物であった。

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