正義を語りたければ
……正義。
ミアナのその言葉を聞いたとたん、オボロは表情を厳しいものにさせた。
「正義だと」
濁った声で言うと、疲弊したミアナに軽蔑でもするかのような視線を向ける。
「一度凶器を手にして戦場に立ち、あまつさえ他者の命を絶つ奴が、そんな事をほざくのか?」
それに対し、震えながらもミアナは言い返した。
「わたし達は、今まで私利私欲で戦ったことはなかった。国民の命と自由を脅かす存在が現れた時だけ戦ってきた。……戦えない人達を暴虐から助ける、それは正義のはずでしょ」
ミアナは一点の曇りもないような視線でオボロを見上げる。
強大な邪悪な存在から、弱者を守るのは正義以外の何ものでもない。そう内心で呟いた。
……義は我等にありと。
「……つまり弱者を守る自分達は紛れもない正義だと、そう言いたいのか?」
真っ直ぐで偽りのない目を向けてくる彼女に、オボロは低い声でそう言った。
そして、ミアナは頷く。
「サンダウロでの戦いも、そう。創造の女神リズエルが亡くなられた聖地をギルゲスの奴等から守るためだった。あいつらは資源が目的で、あの地を荒らそうとしたのよ、とても容認なんてできない。あれは神の聖域を魔の手から守るための戦い、それは正しいことじゃないの」
その言葉に絶対の自信があるのか、ミアナは力強くオボロを見上げる。
しかし、オボロは呆れたように溜め息をつく。
「それで自分達は正義だから、オレ達石カブトもその正義の行いに力をかすべき。そう言いたいのだな?」
「あなた達は力を持ちすぎている、なら正しいことに使うべきよ。助けを求める人達に、手を差しのべるべきじゃない」
「……お前達に協力することが正しいことだと、いったい誰がそれを保証できる。お前は、自分達の理想こそが世の正義だと勘違いしてるだけじゃねぇのか?」
オボロは吐き捨てるように言うと、また立ち去るがごとく後ろを向き、ミアナにデカい背中とケツを見せる。
「どう言うこと。つまり、わたし達が正しくないってこと! 悪だ、とでも言うの」
ミアナは不満そうに叫ぶ。
自分達が今まで信じてきたものを、オボロは否定するような事を言ったのだ。
その言葉に彼女は顔をしかめた。
「正義だ悪だ、などと言うつもりはねぇ。ただし、お前達の考え方が絶対的な正義だと言うなら、この世の全人類を納得させてみろ! それができねぇなら、お前達の正義とやらは自分達の価値観を強制して他者を支配しようとしていることと、何ら変わりがねぇ」
オボロは断言するように声を張り上げた。
「何ですって……わたし達が支配だなんて……」
ミアナは更に表情を歪ませる。
「なら聞くぞ、お前等の理想とやらに不満を持たない奴は、絶対にこの世に存在しないと言いきれるか?」
「うっ……」
しかし、オボロのその一言を聞いて彼女は言葉をつまらせた。
理想とは、一人一人で違うもの。そんな中で、本当の理想など築けるものだろうか?
生きる者達全員が満足できる正義は存在しえるだろうか?
そんな葛藤を頭の中で繰り返す、しかし答えは出せずミアナは何も言うことができなかった。
そんな中で先に口を開いたのはオボロであった。
「お前はムラトの戦いを間近で見て、その力を目の当たりにしたのだろう。なら、どれ程に危険なものかは分かってるはずだ。それでも、お前はその力を用いて帝国の奴等を殲滅したいと言うのか。もしそうなら、お前はただの破壊者だ。願望のために絶対的な力を使って、一方的に敵を葬りたいと言う考えのな、それは容認できることか? それは正義か?」
「……そ、それは」
石カブトの圧倒的な戦力を使って帝国軍を殲滅する。
つまりそれは、本来使ってはならない力を人同士の争いに持ち込むこと。
はたして、それは許されることだろうか?
もはや返す言葉もなく、ミアナは項垂れた。
「まあ、いい。正義だ悪だの、そんな説教をするためにオレは話に応じたわけじゃねぇしな。いずれにせよ協力の要請は承諾できん、お喋りはここまでだ。オレ達は、暇じゃねぇんでな」
そう言って、オボロは小屋のような仮住まいに戻ろうとした。
……しかし。
「待ちなさい、話はまだ終わってない」
またミアナは、オボロを呼び止めた。
力も人格も精神も、全てにおいてオボロに完敗したミアナに残された気力の源は憎しみと怒りだけになっていた。仲間達を殺した石カブトへの。
もはや、どうしていいのか分からず、こんな幼稚な考えに至っていた。
「あなた達も、わたし達と同じ目にあいなさい。……お前達がどれ程に危険で恐ろしい存在か世界に公表するわ。もちろん、騎士達を虐殺した件も……これで、あなた達も終わりよ……世論から責められるわ」
うつむいたままミアナは、涙をポタポタと地面に落とす。
あまりにも聞き苦しい言葉であった。彼女自身も、それは分かりきっている。
しかし、もうどうしていいのか分からず、最後の仕返しとばかりにこんな馬鹿げたことを口にしてしまった。
「勝手にしてくれ。買いかぶりすぎたか、初めてお前を見たときは、どんなに傷ついても主君を守ろうとする立派な女だと思っていたんだがな。……それと最後に言っておく、レオ王子はアサムに任せておけ。今のお前じゃあ、とても世話などできんだろうしな」
面倒くささ、呆れ、それらが入り交じったようにオボロは返答し仮住まいの中に姿を消すのであった。
すると大地が揺れ出す。ムラトも動き始めたのだ。
「ムラトさん、どこへ?」
「この後、副長と重要な任務に向かわなければならん。
見上げてくるアサムにムラトは穏やかに返答する。
そしてミアナを見下ろした。
「ミアナ、あまり幻滅させてくれるな。時間はある、落ち着いて自分がどうするか考えるんだ」
そう言って、ムラトもその場を去るのであった。
そして残されたのは、アサムとレオ王子とミアナだけであった。
「ミアナさん、大丈夫ですか? 立てますか?」
「寄らないで!!」
心配そうに近づいてきたアサムに向かってミアナは大声をあげた。
自分の心配をしてくれるアサムにも八つ当たりするなど最低すぎる。
おまけに、さっきの大きな声で驚かせてしまったのかレオ王子が泣き出してしまった。
いったい自分は、何をやっているのだろう?
ミアナは自分の情けなさに憤りを感じるのであった。
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