思索するミアナ

 野獣大戦……またの名を西方世界大戦。

 それは、十五年前に西方諸国と毛玉人達の間で勃発した大陸歴史上最大の戦争である。

 元より大陸の西方諸国は過激な人間至上主義で毛玉人は酷い偏見を受けていたが、こと大戦争の始まりはアルケス王国の王子が毛玉人達の集落を焼き払ったことが要因で起きたレジスタンス運動からであった。

 アルケス王国のその非道な虐殺により、我慢を強いられていた毛玉人達はついに激怒し、レジスタンスを結成してアルケス王国に反抗したのである。

 そして、これを制圧するため王国も正規軍を出陣させた。

 元より戦力には差があった、レジスタンスはアルケス王国の正規軍の物量の前に劣勢をしいられてしまう。

 だが、義勇兵としてレジスタンスにバイナル王国の大賢者たるムデロ・トートゥが加勢すると反攻に転じることができた。

 歴史上唯一大賢者の称号を持つ黒豹の毛玉人のムデロの強大な魔術は一国の軍隊に匹敵するとされ、その力によってレジスタンスは挽回することができたのだ。

 しかし、これを良しとしない西方の国々が相次いで交戦に武力介入したためレジスタンスと西方諸国の総戦力の戦いへと発展した。

 これにより小規模だったレジスタンス運動が、大陸西方全土を巻き込む大戦までに拡大することとなる。

 西方諸国の総戦力たる連合軍の規模は桁外れで、いかに大賢者ムデロの魔術を持ってしても、その数に物を言わせた勢いを止めることはできなかった。

 ムデロ一人が局地的に勝利しても、大局的には連合軍の圧倒的な戦力の前に多くの毛玉人が敗れ、レジスタンスはたちまちに追いつめられていった。

 ……しかしレジスタンスが大敗する寸前に、とある傭兵集団が戦闘に参加した。

 その『刀牙衆とうがしゅう』と呼ばれる、少数の傭兵達が戦場に馳せ参じると戦況は激変したのである。

 一転してレジスタンスは猛攻撃を開始して、連合軍のその圧倒的な戦力差を覆してしまい、連合軍に圧勝してしまったのだ。

 そして、この毛玉人達の大勝利の歴史が西方大陸史に刻まれることとなった。

 この大戦の最大の貢献者は、大賢者ムデロと傭兵達を率いていた大武人の異名をつけられた巨漢の二人とされている。

 ……しかし、ことこの戦後結果の内容には不可解な点があると訴える者も多いらしい。





 周囲から穏やかな芳香が溢れ心を癒してくれる。

 ミアナは良い香りがする湯に浸り、沸き上がる湯気を眺めていた。

 ここはゲン・ドラゴンの公衆浴場。

 普通の大きな浴槽から、秘伝の生薬を用いた薬湯、蒸し風呂もありその設備は非常に整っている。

 この都市では燃石ねんせきと言われる燃料が普及してるらしく、それから得られる火力で大量に湯を沸かすことができるため、これ程に大きな設備を維持することができるらしい。


「こんな大きな浴槽に浸かるのは初めて」


 ミアナは自分が浸かっている薬湯を左手でチャプッと、一すくいする。

 バイナル王国にも浴場はあったが、ここまで大きくも贅沢でもなかった。

 そのため周囲では多くの人達で賑わっている。

 日が沈み、時は夜を迎えていた。公衆浴場が混み合うのも当然。

 利用者の中には都市の人達だけでなく、難民の毛玉人達の姿もあった。

 領主が難民達も都市内施設を自由に利用することを許可してくれたためだ。

 豊富な食料に整った施設、偏見を持たない現地の人々、ここは飢えと渇きと過酷な旅を続けてきた難民達にとって楽園としか言いようがない場所であろう。

 ……しかし、いつまでもその至れり尽くせりを堪能してるわけにはいかない。


「……必ず、王国を取り戻す。そして、レオ様を偉大なる国王に」


 ミアナはそう囁くと、欠損した右腕の切り口の辺りを左手で強く掴んだ。ドクドクと脈をうっている感覚が伝わってくる。

 専門の薬師が調合した薬湯によって血行が良くなっているためだろう。

 そして左手をゆっくりと離し湯の中に沈め、全身を弛緩させて両目を閉じた。

 昼間の歩き疲れや、魔力の大量消費による疲弊を薬湯が癒してくる。


「でも、どうすれば……」


 ミアナは閉じていた目蓋をゆっくりと開き、そう呟く。

 アサムがレオ王子の世話をしてくれているため、こうやって自分一人で考えこむ余裕や自由行動ができる時間ができた、しかし王国を奪い返す算段はできていない。


「……やはり、彼等並の強さと力が欲しい」


 しかし、石カブトが協力してくれることは間違いなくない。

 魔導騎士達を虐殺した件を世論に公表すると脅しても、彼等には通用しないだろう。

 そもそも昼間にあんなことは言ったが、魔導騎士達が石カブトに全滅させられた情報は国家機密なのだ。国の統治者でもないミアナが、それを開示するなど最初はなから許されていないのだ。

 どう足掻いても、石カブトの力を利用することはできない。


「……力を手にいれるには……これしか」


 しかし彼等に近い戦力を手にいれる可能性はあった。……それは自分が女だからこそできること。

 ミアナは湯の中で、自分の下腹部の辺りに左手をあてがった。





 綺麗な月光で照らされた夜。

 オボロが住まう小屋の前に小さな人影が一つ。


「あなたの超人の力、この身に宿してみせる」


 小屋の前でミアナは呟く。

 四メートル半を越える超人が生活しているだけあって、その仮住まいのサイズはかなりデカい。高さは都市を包む防壁よりも大きかった。

 周囲にムラトがいないところを見ると、昼間に言っていた重要な任務にニオンと一緒に向かったのだろう。

 ミアナは仮住まいの入り口に目を向ける。

 出入り口に扉代わりの布が垂らされていて中は見えないが、うっすらと光が漏れているためオボロがいることは理解できる。

 ……それに、何かゴソゴソと音がしている。

 ミアナは深呼吸すると、布をめくって小屋の中に入り込んだ。


「オボロ、頼みがあるの!」

「ん? どうしたんだ」

 

 中に入るなりミアナは呼びかける、そして直ぐ様オボロは陽気そうな返事をした。


「……ひうぅっ」


 しかし、今のオボロの様子を見てミアナは思わず小さな奇声をあげた。

 なんと彼は全裸で座り込んでいたのだ。しかも、右手で自分の巨根マラボウをいじくっている。

 そしてミアナは、オボロが座り込んでいる布団の近くに何冊もの本が重ねられていることに気づく。

 その本のタイトルを見ると『モフモフ妻の過ち』『熊奥様の誘惑』『淫らな狼さん』となっていた。

 明らかに官能小説であることが分かる。しかも人妻物が多い。

 そして『人妻粘膜ひとづまねんまく』『スケベ脳髄製作所』などといった、危なそうなタイトルも見受けられる。


「……ご、ごめんなさい。入る前に、声をかけるべきだったわ」


 並ぶ官能小説の傍らで、自分の男根ものを触っているのだ。オボロが何をしているかなど、ミアナはある程度理解できた。

 オボロは官能小説をネタにして手淫中まっさいちゅうだったのだ。


「まあ、気にするな」


 しかし当のオボロは平然として、右手の動きを継続している。

 ……誰かに見られても、全く気にしない奴なのだろう。

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