魔術の限界

 誰も真似しない下品な鍛練法を終えたオボロは、焦げてしまった下腹部の体毛を撫でながら入念に自分の愛棒あいぼうの状態を確認する。


「ちぃーとばかし陰毛チンゲが燃えちまったが、巨恨やっこさんは元気ビンビンだぜ。これが強さの秘訣だぜ。まあ一般人には勧められんがな、ダーハッハッ!」


 オボロは品のないことを語りながら、ゲラゲラと笑う。

 それとは逆にミアナは息を呑む。

 自分の最大の魔術をまともに受けてもダメージというダメージを一切負わないオボロの強靭さに驚愕することしかできなかった。

 そして例えようのない、苛立ちと屈辱が沸き上がってくる。

 幼いときから魔術を極めるため懸命に努力してきた。学院でもそれは変わらず、他の生徒に負けぬように精進してきた。

 そして優秀な成績で卒業し、国家直属の精鋭たる大魔導騎士隊マジカル・ナイツに入ることができた。

 しかしその血と汗の結晶が、魔術も装備も持たね肉体に通用しない。

 今までの努力が嘲笑われているような気持ちだった。

 ……こんな現実離れした生物など、存在していいのだろうか?

 忌々しそうにミアナは心のなかで叫んだ。


「……く、くそぉ!」


 それでもミアナは止まらなかった。

 通用しないことは分かっているのに、また魔粒子を集束させる。彼女の目の前にバチバチと放電現象がおきた。また先程の雷撃の魔術を行使しようとしている。

 それはもはや、なすすべがなく自暴自棄に行ったとしか言えない見苦しい行動であった。


「まったく、しょうがねえ嬢ちゃんだぜ」


 また雷撃を仕掛けてこようとするミアナを見て、オボロは呆れたように頭を横に振る。


「仕方ねぇ。ベーン、あれを出せ」


 そしてベーンに指示をだすのであった。


「アイアイ!」


 了解と言わんばかり間抜け顔の陸竜は奇妙な声をあげると、首から下げてるポーチから奇っ怪な道具を取り出した。

 それは女性型のカットマネキンであった。

 もちろんのこと散髪の練習のための物ではない。ベーン独自の仕掛けと魔改造が施された秘密道具である。

 ……ただ、なぜカットマネキンの外装を用いたのかは不明である。


「アイ!」


 そして、その秘密道具マネキンの右の鼻の穴にベーンは指を突っ込んだ。

 どうやら鼻の中に道具の作動スイッチがあるようだ。

 するとマネキンからピロピロという電子音が響き、長い金髪が逆立ち始めた。


「そんなものが何だって言うの?」


 ミアナはベーンの持つマネキンを一瞥するが、興味無さげに呟き魔粒子の集束を続ける。

 しかし、それは突如としておきた。


「……な、なにぃ?」


 彼女の目の前で起きていた雷撃の魔術を放つための放電現象が乱れ始めたのだ。そして、ついには完全に消え去った。

 けして魔術の行使を中止した訳ではない。ただ、わけも分からずに停止してしまったのだ。

 そして彼女の体に限界が来た。急に酷い疲労感に襲われ、ミアナは息を荒げながらその場に座り込んだ。

 万全でない体で何度も強力な魔術を使用したのだ、当然の結果である。


「……はぁ……はぁ……どうして魔術が?」

「魔粒子の圧縮を妨害したんだ」


 荒い息をするミアナの前に、ズシリズシリとオボロが歩み寄ってきた。


「魔粒子の圧縮の妨害? そんなことできるわけ……まさか、その道具で……なんなのよ、それ」


 ミアナはベーンの持つカットマネキンに目を向ける。


「えーと、なんだっけ?」


 機械に弱いオボロは頭をボリボリと掻きながら、ベーンに問いかけた。


「魔術阻害装置・魔駄無マダムヤ~ン。ベーンが作った、魔術を無力化する機密道具」


 しかし、ベーンの変わりにムラトが答えた。


「そのマネキンから、魔粒子を拡散させる波動が放射されているんだ。それ一つで、このあたり一帯を魔術が使用できない領域にできる」

「……ま、魔術が使用できない」


 ムラトの説明を聞いて、ミアナは声を震わせた。

 この世界は、あらゆる分野で魔術が中心となっている。

 生活、労働、戦闘に至るまで諸々。しかし、それらから魔術と言うものを抜き取ったらどうなるだろう。

 それはつまり魔術に依存した現文明を崩壊させることを意味している。

 そして自分のように魔術を頼りにする者は、装備も何もかも剥ぎ取られて丸腰にされるようなもの。

 ミアナは凍りついた。あんな道具一つで魔導士達の命運が握られていることに。


「……魔術を使用不能にするなんて、ありえない。……わたし達、魔導士があんな玩具に……」

「残念ながら現実だぜ、お嬢ちゃん。この領地は色々と訳ありでな。本来ならあんな道具使っちゃあ不味いんだが、こうでもせんとお前さんは大人しく引き下がらんだろう」


 疲労で動けない少女をオボロは見下ろす。

 これ以上、無益な揉め事を続けさせないためにオボロは魔術阻害装置を使用したのだ。

 本当なら、こんな行きすぎた技術を人前に出していいものではない。


「……やっぱり、あなた達は悪魔だわ! 化け物よ!」


 オボロとムラトを見上げて、ミアナは叫んだ。


「生身で魔導士達を蹂躙して、それだけでなくそんな危険な呪物まで作りあげて。そんなことができるのは悪魔だけよ! お前達は魔導士達が積み重ねてきた歴史の全てを壊したのよ!」


 そう泣き叫ぶミアナを見てオボロは納得するかのように何度も頷く。


「ああ、お前に言われんでも分かってるよ。オレ達は他から見りゃあ化け物だし悪魔だろうぜ。だがな、そんな化け物でもやらなきゃあならねぇ仕事はあるんだぜ。それが分かったんなら、もういい加減にこんなことはやめるんだな」


 悪魔、化け物、怪物、どれだけそんな悪態をつかれてもオボロは動揺もしなければ怒りもわかない。

 そんな事、自分が一番理解しているからだ。

 自身が普通の生物でないことなど子供の時から分かりきっていること。

 そして、悪魔呼ばわりした巨体をミアナは鋭い目付きで睨みつける。


「どうして、お前達みたいな輩が理不尽なほどの力を持っているの。なんで、それほどの力を持っていながら正義のために使おうと思わないの……」

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