クソ野郎
難民の毛玉人達が不安そうに見上げてくる。
仕方ない事だろう、彼等はここに来て短いのだから。俺の存在に、慣れてなどいないのだ。
体高一〇五メートルにもなる巨体が、間近に佇んでいるのだ。誰だって、恐ろしくもなる。
「待たせたな、アサム」
北門までやって来た俺は、白獅子の赤ん坊を優しげに抱くアサムを見下ろした。
「お迎え、ありがとうごさいます」
そうお礼を述べてくる彼の隣に立つ少女に目をやる。
彼女は、レッサーパンダの毛玉人。
ヨーグンで初めて出会い、サンダウロで知らぬうちに交戦した少女だ。
そして彼女の右腕の辺りに目を向ける。虚しく、ヒラヒラと袖が風に揺られているだけだった。
……おそらく、俺の攻撃で腕を欠損したのだろう。
そして彼女の仲間達を皆殺しにした。
「……ミアナ様」
俺は苦しげに呟く。
彼女がオログに殺されそうになった時、俺は魔物の腕を切断して彼女を助けた。
しかし、今度はミアナ様の右腕を奪った。
何と言えばいいのか、分からない。
「いいのよ、ムラト。……わたしは、もう騎士じゃないから。ただのミアナ、そう呼んで」
「ミアナ……」
彼女も、俺と同じく何と言えばいいのか分からないのだろうか?
ただただ俺の桁外れの巨体を見上げてくるだけだ。
「ムラトさん、お願いします」
「ああ、分かった」
アサムの頼みに頷き、右手を地面につけて掌を広げる。レオ王子を抱いたアサムと、ミアナの三人を乗せるために。
「それでは、いきます」
するとアサムが無詠唱の浮遊魔術を行使し、自分とミアナを浮かび上がらせ、俺の手の中に降り立つ。
俺の手が分厚すぎるため、魔術を使ってのぼるしかないのだ。
何せ、指の太さだけでも成人男性の平均身長を軽々とこえている。
……隊長や副長なんかは跳躍するだけで上れる、しかしそれは常人を上回る肉体があってこそ、なせることだ。
「それじゃ、いくぞ」
三人が乗った手をあげ、もと来た道を振り返り足を踏み出す。多少なり抑えてはいるが、巨体ゆえに大地は結構震動する。
石カブト本部がある南門向けて、俺は歩きだした。
都市を半周するため人の脚ではそれなりに時間がかかるだろうが、俺の移動速度なら短時間で移動できる。
移動を開始してから数分。
みな、無言である。まあ状況が状況ゆえに、言うことなど思い付かないのだろうが……。
だがやはり、俺は彼女と向き合わなければならない。
(ミアナ、聞こえるか?)
決心して彼女に思考の言葉を送った。
(……む、ムラトなの? これは思念の言葉? でもこんなこと魔術でなければ、でもあなたは魔力など持ってないはず!)
案の定、聴覚では認識できないミアナの驚愕する言葉が頭の中に流れ込んできた。
(新たに身に付けた、ある種の精神感応のようなものだ。けして魔術ではない)
(……やはり、あなたは怪物ね。魔術もなしにこんなことが、できるんだから)
怪物か……。
それは、そうだろうな。
俺は最高とされていた魔導騎士達の魔術を物ともせず、逆にそれ以上の凶悪な力で彼等を惨たらしく蹂躙したのだから。
それを目の前で見ていたミアナから怪物と呼ばれても仕方ないこと。
(ミアナ、俺は分からない。お前に何を言っていいのか、ただやはりお前は俺達を憎んではいるのか?)
そう伝えると、少し間をおいてから彼女の返事が帰ってきた。
(確かに、あなたのせいで
今にも泣き出しそうな返事であった。
(俺は、お前に謝るべきなのだろうか? だが、それだけで許されるのかどうかだ……)
(あなた達の事情も陛下から聞いたわ、この国を牛耳っていた偽者の国王が仕組んだことだって。……それに先に攻撃を加えたのは、わたし達。こちらにも非がある、あの時もし冷静に対応できていればこんなことにはならなかったのに……)
(ミアナ、俺達は……)
(やめよう、ムラト。今は何も話したくない)
そこで精神感応をやめて、俺は歩くことに専念することにした。
彼女がそう言うのだから、これ以上は何も言わない方がいいだろう。
……本来なら、避けられたかもしれない戦い。こうなっては、何が正しかったのかも悪かったのかも、誰にも分からない。
……なんて、おぞましいものを。
石カブト本部までたどり着いた俺は、そのあまりの光景にイライラしていた。
「見てみろよベーン、こいつなかなか離さねぇぞ」
「ンゲエェェ」
本部の近間でオボロ隊長とベーンが、一匹の虫を観察していたのだ。
その虫はダイオウスカラベと言う、体長一メートル近いフンコロガシのような昆虫。
……うん、虫の観察だけなら問題ないのだ。
問題なのは、隊長が
俺の足下には客人であるミアナやレオ王子がいると言うのに、この熊はいったい何をやっているんだ。
「隊長、あんたいったい何やってんです」
俺はキレ気味に問う。
「おう、ムラトか! ダイオウスカラベは珍しい昆虫でな、んなわけでウ○コを持ち運ぶ様子を見てるんだ」
楽しげに変態熊野郎が俺を見上げてきた。
そのあまりの下劣さゆえか、ミアナは困惑したような表情をうかべ、アサムはレオ王子にその光景を見せまいと背中を見せている。
「このウ○コはオレのなんだけど、
えーと、この人がなぜ虫相手に
しかし……。
「隊長! あんたこんなとこで野糞したんすかぁ!」
「おう、そうだぜ。
ミチミチ言うな!
数々の変態行為を忘れかけた頃に、毎度毎度この人はとんでもないことをしでかしてくれる。
だいたい排便するために服を脱いだのではなく、脱いだついでに排便したとは、どういう了見だ。
こう言うのを、本物のクソッタレと言うのかもしれない。
「あ痛てててて!
……また何か
「くそ! オレの大事な
「オギョオォォ」
「ようし
――バアァン!! ビダビダビダ! ドベチャア!!
「やったぞぉ、奴は逃げていったぞぉ!」
……もはや、発想と行動がクソガキ未満である。
「隊長、爆散した大便はしっかり片付けてくださいよ。ここいらも人が通ることがあるんですから」
ほんと、この人はいったい何をやってんだろうか。
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