異常の観測

 異常を察知したのは、二日ほど前のことであった。


(やはり一瞬ではありますが、地域の境界近くで放射線濃度が高まる現象がおきてますね)


 南門付近で佇む俺は、南の方角を見つめて足下にいる副長に語りかけた。

 しかし、それは声に頼らない言葉である。脳間で対話を可能とする、ある種のテレパシー能力だ。

 主に、あまり表沙汰にするのは不味い内容を話す時に使っている。


(ふむ、君も気づいていると思っていたよ)


 俺と同じように南方に顔を向けるニオン副長の言葉が頭の中に帰ってきた。

 二日前に王国とペトロワ領の境界付近で、異様な放射線濃度の上昇が起きていることを観測したのだ。


(境界付近での異様な放射線濃度の上昇。……しかもその反応が消失したり、いきなり現れたりなど、明らかに不自然なことだよ)


 いずれにせよ、何か対策をとらなければならないだろう。

 観測された放射線濃度は自然や人体に悪影響を与える程ではないが、魔物どもの変異源になりかねない。

 いや、もう実際のところ王国から変異性魔物が多く発生していると言う情報が送られてきている。

 すぐに行動を開始しなければならない。

 それに何より、こんな異常現象を引き起こせるのは奴等以外に見当がつかない。


(副長、やはり星外魔獣でしょうか? 活性化してきているために放射線を発してるのではないでしょうか)

(その可能性は高いだろうね。奴等は活性化してくると、なにかしらのエネルギーを放射するようになる。もしかすると、飛来して活動を停止していた個体が覚醒しようとしてるのかもしれない)


 そう言って副長は懐から端末のような装置を取りだし操作し始める。

 すると端末から地形図のホログラムが表示された。

 ……毎回思うが、この世界に不似合いすぎる装置だ。そもそも、俺のいた世界にだってこんなものはなかった。


(ムラト殿、準備ができしだい現場に向かおう。迅速に奴を殲滅するためにも。目覚めようものなら、どれ程の被害がでるか分かったものではないからね)


 俺も位置は把握済みだ。迷うことなく現場に向かえる。

 明日にはオボロ隊長はメルガロスに戻ってしまう、それを考えると本日中にケリを着けておいた方がいいだろう。


(それにしても、これまたとんでもない能力を獲得したものだ)


 また副長の言葉が頭の中に入ってくる。


(この声に頼らない、思考だけの会話のことですか?)

(ふむ、脳間での情報通信と言ったところだろうか。装置を持ち要らない無線機のようなものだね。私達人類は、魔術や機械を使用しなければこんなことはできない。それを考えると、君は生物として人類より遥かに進歩していると言えるだろう) 


 進歩した生物、か。

 確かに怪獣は人知を超越した生命体のため、人類よりも遥かに高位の存在と言えるだろう。

 ……この世界にやって来たからと言うもの、幾度もこの怪獣の力を利用した。

 この力によって、あらゆる状況を打破し続けることもできたし、周囲の人々を助けることもできた。

 だがやはり、怪獣は数えきれね程の生命を消し去ってきた破壊者。

 そんな奴の力を、たかが一人の人間であった俺なんかが安易に乱用してもいいものだろうか?

 度々、俺はそれについて悩むことがある。


(ムラト殿、私はこう考えているのだよ)


 思い暮れていると、ニオン副長の言葉が頭の中に響いた。


(高度に進歩して発達した生命体は、機械や魔術を必要としなくなるのではないかとね)


 どういう事だろうか?

 ……機械も魔術も必要ないとわ。

 すると、副長は言葉を続けた。


(君や隊長殿は機械も魔術も利用せずに、それらを凌ぐ能力を発揮するだろ)

(ええ、オボロ隊長の超人的な肉体も俺の巨体や保有する数多の超常的な能力も機械や魔術の類いではありませんからね)


 隊長の身体能力も、怪獣の力も機械や魔術を用いたものではない。

 全ては、自らの肉体を制御することで発現させているものだ。


(だからこそだ、君らは生体機能で多彩なことを可能としている。ゆえに、わざわざ機械を作る必要もなく、魔術を行使するための集中も詠唱も不要。君と比較すれば、それらは原始的かつ非効率的なものだよ)


 確かに、身一つでできることを別の物でやろうなどとは非効率的なことだろう。

 ……しかし原始的かどうかは分からないが。


(おそらく装置や魔術などに依存している間は、君らと肩を並べることはできないだろう。それらを必要としなくなったとき、人類は初めて君達のいる領域の入口に立つことができるのかもしれない。しかし、そこに至るまでには気の遠くなるような進化や入念な準備が必要となる)


 相変わらず、難しいことを語る人だ。

 と、その時だった。


(……ムラトさん、聞こえますか?)

(ん? アサムか)


 頭の中にアサムの声が響き渡った。


(通じてよかったです。もしかしたら、僕からもムラトさんに思考の言葉を送れるのではないかと思い、試してみたんです)


 思考が発せられているのが、北門の辺りからだと言うのが理解できる。

 つまりアサムは今北門にいると言うことか。


(お前今、北門の辺りにいるのか?)

(えっ! よく分かりましたね。たのみがあるんです、迎えに来てくれませんか? ミアナさんがオボロさんにお会いしたいそうなので)


 ……ミアナ様か。

 まさか、こんな再開になろうとはな。

 今の彼女に何と声をかければいいのか。


(よし、分かった。今そっちに向かう)  

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