時の乱れ
二人が北門に到着したのは、丁度正午に至った時であった。
そこにいたのは、多種多様な毛玉人達。全員がバイナル王国からの難民である。
当初は百人程であったが、最初の難民達が到着してから、いくつもの集団がこの地域に流れ着き、今では推定四百人になったのだ。
そのため、北門近くには無数のテントがはられている。
「ミアナ様!」
「……ミアナ様」
「ご無事に再会できて、なによりです」
ミアナの姿を確認するやいなや、数十人もの毛玉人達が彼女のもとに殺到した。
ミアナは国家最高の魔導士であることは、多くの人々に知れ渡っている。
当然、ここにいる難民達もそれは理解している。
「みんな無事でよかった」
ミアナは、元気そうな彼等の様子を見て安堵するかのように微笑んだ。
だがしかし、ここにいる難民はごくわずかであろう。
国一つが崩壊したのだから、この程度の人数な訳がない。
「他の難民達については、何か知らないか?」
と、ミアナが問うと現状を説明するため一人の猫の毛玉人が語りだした。
「いくつかの集団がこの領内の各街にたどり着き、現地で保護されていると、ここの領主様にお聞きしております。……分かっているのはそれだけです」
そう言って猫の毛玉人は、もの悲しげに頭を下げるのであった。
「そう、分かったわ」
ミアナはそう言って考え込んだ。
おそらく別の国に流れ着いている者達もいるだろうし、国に取り残されてる人達もいるだろう。
もちろん、過酷な旅や魔物の襲撃などにより道中で犠牲になっている人々もいるはずだ。
……これから、どうすればいいのか。
自分には多くの魔術はあるが、人々を導くための指導力もなければ見識があるわけでもない。元魔導騎士と言うだけの、ただの小娘でしかないのだ。
ミアナは困惑することしかできなかった。
だが考えが一つもないわけではない、しかしそれを成し遂げるためには、ある者達の協力が必要になるが……。
「ところでミアナ様、国は今どうなっているのです? 国王様はどうされたのですか?」
と、いきなり犬の毛玉人が問いかけてきた。
それを聞いてミアナは苦しげな表情を見せる。……言いたくはない、しかし本当のことを彼等に伝えなければならない。
そして、声を震わせながら答えるのであった。
「……く、国はおそらく帝国軍に占領された。……国王様は、レオ様とわたしを逃がすために最後まで……ご、ごめんさない」
辛い口調でいい終えたミアナは泣き崩れた。
「……ごめんさない……また、わたしだけが生き延びたの……また何も守れなかったの」
そうだ、また何も守れなかったのだ。そんな思いが、再びミアナの心を打ちのめす。
思い返すだけで、何度死にたい死にたいと考えただろうか。自分の無力さをどれ程に呪ったか。
『守れなかった』その言葉が、彼女の精神に深く突き刺さっているのだ。
すると、後ろから赤ん坊の笑い声が聞こえてきた。
笑っているのは、アサムに優しく抱かれている白き王子である。
「……レオ様」
王子の声を耳にしてミアナはハッとした様子で呟く、そしてアサムの方に振り返った。
「ミアナさん、あなたは身を削ってレオ様を守ったではありませんか。あなたがいたからこそ、レオ様はこうやって笑っていられるのですよ。レオ様には、あなたが必要なんです」
アサムは王子を優しく揺すりながら、ミアナのもとに近づいてきた。そして彼女に白き王子の笑顔を見せるのであった。
「ごめん、アサム。また、あなたに助けられた。いえ、ここに来てからずっと助けられっぱなしだったわ」
王子の笑みを見つめると、ミアナは力強くたちあがった。
そうだ、こんなところで悲しんでいる場合ではないのだ。
何としても、
たとえ惨めであっても、前に進まねば。
「そう言えば」
と、ここでミアナはある疑問を思い出した。
それは、難民達がこの都にたどり着いていることをニオンから聞いた時から抱いていたものだが……。
「気になったんだけど、みんなどうやってここまで来たの?」
「えっ……もちろん徒歩でですが」
ミアナの問いに猫の毛玉人が返答する。
「……この地域にたどり着くのに、どのくらいかかったの?」
「そうですね、約一ヶ月ほどかと……とても、苦しい道のりでした」
バイナル王国とゲン・ドラゴンは地図的に近いとは言え、別の国同士であるためそれ相応の道のりはある。人の脚でなら、そのぐらいの長旅になるのは当然であろう。
しかし、それでミアナは確信を得た。
「やっぱり、妙だとは思っていたけど……転移魔術の際に座標特定を疎かにしたせいか」
ミアナは頭を抱える。
王国から脱出するとき転移先の観測をいいかげんにしてしまったため、とある現象がおきていたのだ。
自分達が転移したのと、人々が国から避難を開始したのは時間的にそんなに離れていないはず。
にも関わらず、転移して数日しか経過していない自分と、一ヶ月もの旅をしてこの領地にやって来た人達が、同じ場所にいるのは辻褄が合わない。
「やっぱり、時間の乱れがおきたのね」
ミアナは学院時代に教わった、転移魔術に関することを思い出した。
転移魔術を行使する際、正確に座標特定を行わないと目的地から外れた位置に転移してしまうことがある。さらに、極希にではあるが時間に差が生じることがあるのだ。
つまり座標への転移中に周囲が数時間または数日経過していた、と言う現象がおきる。
しかし、今回の場合は相当に特定を怠ったためだろうか、一ヶ月近くも経過していたのだ。
そのため、自分達の現状が悪化している可能性も考えられる。
「もう、王国が崩壊して一ヶ月も経過しているのね……」
「転移魔術は特殊な空間を通り抜けることで目的地に瞬時に移動する魔術。ただ、その特殊空間と通常空間とでは時間の流れに大きな差があり、精密な魔術行使をしないと魔粒子に誤作動が起きて時間差の影響を受けてしまうことが……そも魔粒子は異次元粒子を含有したナノマシンですから……」
ミアナが困惑していると、アサムが彼女の傍らで何かを呟く。
毛玉人の聴覚は鋭いためミアナには、その声はハッキリと聞き取れていた。
「アサム、いったい何を言っているの?」
だがしかし、その内容が理解できなかったらしくミアナは怪訝そうな顔になる。
「あっ! いえ、ちょっとした一人言ですよ」
そして、アサムは慌てたように作り笑いを見せるのであった。
ミアナはやや納得がいかない様子であったが、気持ちを切り換えて表情を引き締める。
そして、決心したように言うのであった。
「アサム、あなた達を指揮する男に会わせて。今は亡き大賢者ムデロと肩を並べるとされる、大武人オボロに」
……王国を奪還するとなると、ゲーダー帝国との武力衝突は間違いなく避けられないだろう。帝国は、この大陸随一の軍事国家なのだから。
しかし今の状態で、帝国から国を奪い返すなど不可能だ。
だが、唯一それができるとすれば……。
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